3.紅茶で流してしまおう
「とんでもない目に遭ったわね」
グレーテがぽつりと零した言葉。それがあまりにも疲れた声音だったものだから、笑う事を堪えられなかった。
ここは王都に新しくできたカフェ。
情報通のグレーテがおすすめだという店内は、若い女性達で賑わっている。
わたし達についている侍女達も近くの席でお茶を楽しんでもらう事にした。彼女達に同席している侯爵家の護衛は、華やかな店内の雰囲気に圧倒されているようで、身を小さくしていた。
大きな花が描かれた壁の近く、衝立もあって少し静かな席を用意してもらったわたしとグレーテは、日替わりだというケーキセットを注文した。それから口にしたのは……やっぱり、学園であった先程の件について。
「あれはパウラさんもいただけないけれど、それを助長するような言動をしている周囲の方々にも問題があるわね。特にスヴェン殿下は、わたしの言葉を一切聞いてくれないもの」
「全くもってその通りだわ」
グレーテは眼鏡を外して、目頭を指で揉んでいる。
今まで、わたし達の側にああいった言動をする人はいなかったから、対峙するだけでも疲れるのだろう。正直、わたしも疲れてしまった。
それでも、少しだけレオシス様と言葉を交わせたのは僥倖だった。
顔を合わせても、声を聴けることはなかったから。甘やかな声と優しい微笑みを思い返すだけで、ささくれだっていた心が落ち着いていくのがわかる。
「お待たせしました」
ワゴンを押した店員がテーブルにやってくる。
店員は皆、おそろいのエプロンとヘッドドレスを着けている。そこにもカメリアの造花が飾られているから、このお店のモチーフはカメリアなのだろう。
統一性があってとても素敵。
店員はわたし達の前に、紅茶とケーキを用意して去っていく。
彼女が去ってから、グレーテが小さな声で魔法を詠唱した。このテーブルだけを囲う防音の魔法。
こういったカフェでよく使われる、一般的な魔法だ。
お皿の上には丸い形のチョコレートケーキ。
薄い層が重ねられた断面がとても美しいと思った。一番上にはクリームで絞った赤い花が飾られている。花弁が重なるこの花はカメリアだ。
「すごく綺麗ね」
「ええ、カメリアがとっても可愛いわ」
早速、手にしたフォークをケーキに沈める。
柔らかく、ふんわりとしたスポンジだった。口に運ぶと、プラリネの香りがいっぱいに広がってとても美味しい。
カメリアの花を崩すように、赤いクリームを一掬い。食べてみると、濃いラズベリーの味がする。爽やかな酸味が口の中をさっぱりさせてくれるようだ。
「美味しい」
「これは人気になるのも頷けるわね。グレーテの情報はやっぱり今回もあたりだったわ」
わたしの言葉に自慢げに胸を張るグレーテが可愛らしい。それを言うと照れてしまうから、胸の中に秘めておくけれど。
カメリアが描かれた白いカップを手に取って、口に寄せる。
深い赤色の紅茶からはスモーキーな香りがする。一口飲むとほんのりと甘さを感じさせるほどにコクが深い。
このチョコレートケーキに合わせた紅茶なのだろう。
とても美味しいし、紅茶にもこだわっているというのが感じられた。
もう一口紅茶を飲むと、吐息が漏れた。
知らずうちに強張っていたらしい体から、力が抜けていくのがわかる。
「エミリアはこれから、どうするつもり?」
「どう、とは?」
「パウラさんのこと。改善はされないだろうけど、また苦言を呈していくの?」
「そうねぇ……そうせざるを得ないでしょうね。エレオノーラ様の動き次第にはなるだろうけれど、きっとこのままにはしておかないでしょうね」
エレオノーラ様の姉は、スヴェン殿下の婚約者だ。
学園にアンネリーゼ様がいないとはいえ、パウラさんを侍らせるようなふるまいをエレオノーラ様は許さないだろう。
ううん、エレオノーラ様だけではない。きっとアンネリーゼ様も。
テーブルの上に頬杖をついたグレーテも、それに頷いている。
きっとわたし達の考えている事は同じだろう。
「第二王子のマリウス殿下は、隣国に留学しているのよね?」
「ええ。でもそろそろ帰国するっていう話を聞いているわ」
「あら、まだ留学期間は残っているはずよね」
「そうね。まぁそれだけの理由があるっていうことでしょうねぇ」
さすがグレーテだ。
第二王子の動向までしっかりと押さえている。
正妃様の子である第一王子のスヴェン殿下と、側妃様の子である第二王子のマリウス殿下。同じ年に生まれた二人の王子だけど、マリウス殿下は兄であるスヴェン殿下を支えるとして明言している。
それでも国王陛下がスヴェン殿下の立太子を宣言していないということは……まぁそういうことなのだろう。
「スヴェン殿下はレオシス様もローヴァイン公爵家も自分のものだと思っているんじゃないかしら。ということは婚約者であるあなたの家も、よね」
「ふふ、レオ様はスヴェン殿下のものではないわ。彼はわたしのものだもの」
「そうだけど、もう……あなた達って一緒に過ごす時間が減っても、何も変わらないわね」
呆れたようにグレーテは肩を竦めるけれど、その表情は柔らかい。
わたしとレオシス様が一緒に居るとお砂糖がいらないだとか、胸やけするだとかよく言っているけれど、今も同じ気持ちなのかもしれない。
「まぁ今のままでは未来をつかむことも難しいでしょうね。ローヴァイン公爵家も、それに連なる家も、フューラー侯爵家もスヴェン殿下の陣営だと思われているのかもしれないけれど、心外だわ」
「もう浸水している船に、何をしても無駄だものね」
わたし達は顔を見合わせて笑ってしまった。
気持ちを切り替えるように、またフォークを手にしてケーキを食べる。
ベリーのクリームと一緒に食べると、酸味が甘さを和らげてもっと美味しく感じる。
結局わたし達はケーキも紅茶もお代わりして、お喋りに更に花を咲かせてから大満足で帰宅したのだった。




