2.それが嫉妬だったとして
パウラさんが学園に通うようになって、一週間が経った。
わたしの目からは学園に慣れてきたように見えるのだけど、まだレオシス様のお世話係の任は解けないらしい。
学園でレオシス様と共に過ごすことは出来ないけれど、レオシス様はわたしの不安を知っているみたいで、こまめにお手紙やお花を送ってくれる。
もちろん直接会えるのが一番だけど、それが叶わない中でも出来る事をしようとしてくれる……その気持ちが嬉しいのだ。
そんな日々の中、わたしは友人達から相談を受けていた。
わたしやグレーテの属する魔法学科の友人だけでなく、淑女科や経営科の令嬢達もいる。皆一様に表情を曇らせていた。
「パウラさんと男子生徒との距離が近い?」
「そうなの。決まって高位貴族の令息か、見目のよい方達ばかりの側にいるように見えて……」
ここは学園の三階、魔法学科の教室だ。
中庭を見下ろせる位置にあり、そこには話の中心人物であるパウラさんの姿があった。少し離れたところにレオシス様が立っていて、友人である令息とお話をしているのが見える。
パウラさんを囲んでいるのは……見事に男子生徒ばかりだ。
その中に第一王子であるスヴェン殿下や、その側近候補である令息達もいる事に溜息が零れてしまった。
グレーテが窓を開けて、そっと風魔法を起動させた。
大きな魔法ではない。風の動きに少し干渉するだけの些細な魔法。
でもそれはパウラさんの高い声を、三階の教室まで届けるには充分なものだった。
『スヴェン様ってすごい! さすが未来の王様ですね!』
それに気をよくしたスヴェン殿下の笑い声も聞こえてくる。
パウラさんはスヴェン殿下の腕に抱きつくような姿勢をとっていて、スヴェン殿下はもちろん側にいる側近候補の彼ら達もそれを咎めていない。
わたし達は顔を見合わせて、お互いが気まずそうな顔をしている事に気づいて苦笑いを零した。
スヴェン殿下はまだ立太子していない。
婚約者であるアンネリーゼ・オリヴァ公爵令嬢が優秀だから、彼女の支えがあれば立太子できるだろう……という評価に留まっている。
だからスヴェン殿下はまだ、未来の王ではないのだ。
パウラさんも貴族教育を受けているはずなのに、それを理解していないのか……それとも、理解しながらもそんな事を口にしているのか。
「……エレオノーレ様は何か仰っている?」
エレオノーレ様はアンネリーゼ様の双子の妹だ。
アンネリーゼ様は既に学園の卒業資格を有しているために、いまは妃教育に集中すべく学園には通っていない。
だからこの学園内で一番位が高いのは、公爵令嬢であるエレオノーレ様。
「パウラさんに注意をしてくれているわ。でも……彼女はそれを真面目に取り合っていないみたいで」
「そうなの……。ではわたしもパウラさんとお話をしなくてはならないわね」
エレオノーレ様に次いで位が高いのがわたしだ。
他にも侯爵令嬢はいるけれど、家格はフューラー家が一番高い。
これは恥ずべき行為だと知らしめるためにも、わたしも動かなくてはならない。そうでなければ秩序が乱れてしまうもの。
他の令嬢達ではなく、わたし達高位貴族が先に動かなくてはいけないのだ。
また中庭へと目を向ける。
パウラさん達はまだ仲良くお喋りを楽しんでいるようだ。今度は側近候補の一人のほほを両手で包み込んでいる。
一体何を見せられているのだろう。
また深いため息が漏れてしまったのだけど、それはわたしだけではなかった。
グレーテも友人達も、うんざりしたような顔をしているから、わたしは少し笑ってしまった。
その日の放課後。
パウラさんの在籍する淑女科の先生に頼んで、パウラさんの時間を取ってもらうことにした。
場所は授業が終わった後の教室。
人目が欲しいから、先生にも同席していただいている。
パウラさんと向かい合うのは、わたしとグレーテ。
わたしだけでもいいと言ったのだけど、グレーテも一緒に来てくれたのだ。正直心強いので、そこは頼らせてもらった。
「……お話ってなんですか」
パウラさんはこちらをじっと見つめている。
なるほど、確かに可愛らしいお顔立ちをしている。顎下辺りで揃えられた薄茶の髪は波打って、お顔によく似合っている。ぱっちりとした青い瞳に、艶やかな唇、小柄な体躯。
庇護欲をそそられるらしいと、友人が零していたのを思い出す。
しかし、目の前のパウラさんは警戒するように刺々しい表情をしている。
おそらく、わたしが何を言うのかわかっているのだろう。エレオノーラ様にも注意された後だろうし、呼び出しを警戒するのも当然かもしれない。
でも、注意されたくないのなら、それをやらなければいいだけなのに。
「まずはご挨拶を。はじめまして、わたくしはフューラー侯爵家のエミリアと申します」
「わたしはメルヴィン伯爵家のグレーテと申します」
「……パウラです」
ぺこりと軽く頭を下げるパウラさんを見て、同席して下さっている先生の眉が跳ねた。挨拶は最初に習っているはずだから、それが身についていない事が不快なのだろう。
でも今はそれに触れず、わたし達の話を優先させて下さるようでありがたい。
「パウラさん、以前にオリヴァ公爵家のエレオノーレ様からも注意をされていると思うのだけど、わたくしからも申し上げさせてね。わたくし達貴族に名を連ねる令嬢は、婚約している男性以外との距離に気を配らなければなりません。不貞を疑われるようなことがあってはなりませんもの。それは理解していらして?」
「距離って……ただのお友達同士のお付き合いですけど」
パウラさんは機嫌の悪さを隠そうとしないで、そんな事を口にした。青い瞳にはわたしへの敵意が浮かんでいる。
わたしは持っていた扇を開いて、それで口元を隠した。そうでもしないと、また溜息が漏れてしまいそうだったから。
「お友達と思っているならそれでもいいわ。でも異性に触れるのはいけません。淑女のすることではなくてよ」
「でも私、今までこれで過ごしてきたんです。今更変えろと言われたって……」
「平民のままならよかったのでしょうね。でもあなたはこれから貴族として生きていくのだから、変わらなくてはならないのよ」
「私は貴族になったって変わりません!」
「あなたの気持ちはどうでもいいの。貴族として生きるならそれなりのふるまいをなさってと、そう言っているのよ。あなたが触れ合っている方には婚約者がいる場合もあるの。それもご留意なさって」
「それって、ただの嫉妬じゃないですか。貴族だなんだって言いながら、結局はそういうことですよね」
嫉妬。
まぁそういうこともあるだろう。
「婚約者に触れないでほしい。それが嫉妬だったとして、何か悪いのかしら」
わたしの言葉にパウラさんはさらに表情を険しくさせる。
隣に立つグレーテが舌打ちをしたのが聞こえたけれど、それを咎める気にもならなかった。
「お綺麗な物言いをして、ただの束縛でしょ」
話が通じないとはこういうことなのか。
貴族として節度ある行動を求めたいだけなのに、どうしてこうなってしまうのか。
どう話せば伝わるのか、言葉を選んでいると大きな音を立てて教室の扉が開いた。
「パウラ! 大丈夫か!」
「スヴェン様!」
大声でパウラさんの名前を呼びながら入ってきたのは、スヴェン殿下と側近候補一行。少し遅れてレオシス様も入ってくる。
レオシス様はわたしの姿を見て一瞬目を瞠ったけれど、すぐにいつもの笑みを浮かべてわたしの方へと近付いてきた。
「エミリア・フューラー、グレーテ・メルヴィン。パウラに一体何をしていた」
「ちょっとした注意ですわ」
「注意? パウラはまだ学園に慣れていないんだぞ」
「慣れる為の注意ですわ。先生にも同席していただいておりますし、問題はないかと」
扇で口元を隠しつつ、にっこりと微笑むとスヴェン殿下は盛大に眉を寄せる。
そんな殿下の様子を見てか、隣から舌打ちが聞こえた。またグレーテかと思ったけれど、どうやらレオシス様だったらしい。
口元に笑みは乗っているけれど、その眼差しはひどく冷ややかだ。
「スヴェン様……私、みんなの側にいちゃだめなんですか……?」
震える声でパウラさんが口にする。
庇護欲をそそるらしいその態度にスヴェン殿下は相好を崩して、パウラさんの肩を抱いた。
パウラさんだけの問題ではないことに、なんだか頭が痛くなりそう。
「そんなことはない。可愛いパウラに嫉妬しているだけだから気にしなくていいんだ」
スヴェン殿下はパウラさんの肩を抱いたまま、教室を出ていこうとする。
まだわたしの話は終わっていないのだけど、まぁもういいだろう。正直なところ疲れてしまった。
スヴェン殿下は振り返り「レオシス、行くぞ」と名前を呼ぶ。
世話係であるレオシス様も一緒に過ごさなければならないのだろう。レオシス様はスヴェン殿下の側近候補でもあるから、仕方がない。
「ごめんね、リア。またあとで」
「ええ。レオ様も頑張って」
小さな声で言葉を交わした後、レオシス様はスヴェン殿下の後を追いかけていった。
あとに残されたのは、わたしとグレーテ、それから立ち会って下さった先生。
グレーテと先生はひどく呆れた顔をしている。きっとわたしもそうなのだろうと思うと、苦笑いが漏れてしまった。




