29.信じていたから
「無事だったのか」
ギルベルト様は安心したように表情を和らげている。
それに対してレオシス様が言葉を返すことはなかった。ただ口端に笑みを浮かべているだけ。いつもの穏やかな微笑とも違う。わたしに向ける笑みとも違う。
怒りを押し隠しているような、そんな笑みだった。
「これでエミリアが泣かなくて済むわ」
グレーテはそんな風に笑うけれど、ほっとしているのはその声からも伝わってくる。
彼女の胸元に飾られたブローチの石が、篝火の炎を受けてきらりと光った。
レオ様がわたしの手をぎゅっと握りしめる。伝わる熱は、もうわたしの温度と重なっている。このまま溶けてしまえたらと思うくらいに、心地のいい温度。
それを逃がしたくなくて、わたしからも繋ぐ手に力を込めた。
「まさかここでアルドリッジ卿に会うとは思いませんでしたが、俺達の捜索に協力をして下さったそうで。感謝します」
「少しでも力になれたなら良かった」
「アルドリッジ卿は、今回の土砂崩れの犯人をご存知ですか?」
「いや……盗賊団の仕業だと思っているが」
「そうですか」
レオ様は低く笑ってから、ゆっくりとスヴェン殿下とパウラさんに顔を向けた。
その鋭い眼差しに射抜かれたように、二人は身を固くしている。スヴェン殿下はギルベルト様に縋るような視線を送っているけれど、ギルベルト様は無反応だ。
「そこの二人が犯人です」
「……え?」
レオ様が二人を指差すと、ギルベルト様は驚いたような声をあげる。
戸惑いを隠さないその様子に、彼は何も知らないのではないかと思うくらいだ。
「お、俺達じゃない!」
「そうよ! なんの証拠があって疑ってるの!?」
二人は大きな声で否定するけれど、先程までのことを忘れてしまったのかしら。
わたしが「山を崩したのか」と聞いた時に、それを肯定していたのだけど。
でもまぁ、証拠がないからと先程の会話を無かったことにするつもりなのかもしれない。お利口だとは言えないけれど。
「先程、自分たちで自白なさっていたけれど」
「そんなのエミリア様が言っているだけだわ!」
パウラ様が引く気配はない。
それもそうだろう、認めたらそこで終わりだもの。
でもそれをレオ様が許すはずもなかった。
「証拠ならあるぞ。現場には魔法の痕跡が残っていた。それは君達の魔力と合致している」
「痕跡って……そんなのとっくに消えているでしょう」
「現場はすぐに保全されて、痕跡も何もかも記録されている。この街は父の腹心が治めていてね。仕掛ける場所を見誤ったな」
パウラさんとスヴェン殿下の顔がさあっと悪くなっていく。
もう言い逃れは出来ないのだけど、諦める人達ではないだろう。
ちらちらとギルベルト様に視線を送って、助けを求めている。でもギルベルト様は二人の事を見ようともしない。
それに焦れてしまったのか、とうとうパウラさんが大きく叫んだ。
「ギルベルト様! なんとかしてください!」
グレーテが苦笑いをしているのが、視界の端に映る。
わたしも同じ気持ちなのだけど、何とか堪えたのを褒めてほしい。
「なんとかと言われても……私にどうしろと? 君達のこともよく知らないんだが……」
「はぁ!?」
「俺達を見捨てるのか!」
「私を巻き込もうとされても困るな。エミリア嬢、二人は一体?」
困り顔でわたしに問うギルベルト様は、本当に無関係のように見える。
でも、わたしは──わたし達はもう、知っているのだ。
「あら、お二人のことはギルベルト様もよくご存知では? あなたの手足として動いていた二人ですもの。突き放しては可哀想よ」
「……なんのことかな」
眉を下げて笑うギルベルト様は、分からないとばかりに首を振る。
「もう誤魔化さなくてよろしくてよ。レオ様が表舞台に戻ったということは、全ての裏付けは終わっているということだもの」
「……君は、レオシス卿が無事だと知っていたのか?」
「わたくし、最初から彼がわたくしの元に戻るという自信がありましたの。この人がわたしを置いて死んでしまうわけないのですから」
わたしの言葉にレオ様が笑う。
笑いながらわたしの頭に頬を摺り寄せてくるけれど、これは機嫌のいい時にする仕草だ。
「レオシス様の執着を侮っていたのが敗因かしらねぇ」
グレーテが呆れたように肩を竦めるのもいつものこと。こんな時だけど、日常が戻ってきたようで、なんだか嬉しくなってしまう。
「彼の無事を確信できたのは昨日、この宿に着いた時なのですが。この色、お分かりになりまして?」
そう言って、わたしはワンピースの隠しポケットから扇を取り出した。
ピンク色の新しい扇。これは昨日、宿に届いていたものだ。
わたしにピンク色のものを贈るのは一人だけしかいない。よく見れば扇の要を留めている石が琥珀だと気付きそうなものだけど。
ピンクも、琥珀も、レオ様の色だ。
わたしの種明かしに、ギルベルト様は愕然としている。
「それ、だけで……?」
「ヒントは他にもありましたのよ。今日、カーロフ子爵のお屋敷でいただいた紅茶を覚えてらっしゃるかしら」
「……紅茶? 林檎の香りの?」
「正解です。あの紅茶はレオ様が手配したものです。わたしがお気に入りだと知っていて、そうしてくれたのでしょう」
ギルベルト様が拳を握りしめたのが分かった。
その顔は屈辱に歪んでいる。いつもの人の好さそうなお顔とは全然違うけれど、何を考えているのか分からない表情よりずっといいわ。
「アルドリッジ卿が離宮のスヴェン殿下と神殿のパウラ嬢に接触していたという調べはついている。盗賊団についても、君と辺境の友人が後ろについているということもね」
「ははっ、証拠は……あるのだろうな」
「当然。あとは……どうして俺を狙ったのかっていう動機だけど」
「それも分かっているのでは?」
ギルベルト様が長い前髪をかきあげる。
その表情は先程までの屈辱を帯びたものではなかった。不敵な笑みを浮かべている。
「リアが欲しかったんだろうけれど。絶対に渡さない」
当然とばかりに応えるレオ様に、わたしは目を瞠ってしまった。
……わたし?
グレーテに目を向けると、うんうんと頷いている。
気付いていないのは、わたしだけだったのか。
「仕方ない、作戦変更だ」
ギルベルト様はパウラさん達へと目を向ける。急なことに二人は肩を跳ねさせたけれど、その指示に従ったほうがいいと判断したようだ。大きく頷いている。
「エミリア嬢だけ生きていればいい。あとは全員、殺してしまえ」
ギルベルト様の水色の瞳が、ぎらぎらと不気味に光っている。
ギルベルト様も、パウラさんもスヴェン殿下も、臨戦態勢だ。わたし以外の人を殺めることに抵抗なんてないのだろう。でも……恐ろしくはなかった。
わたしの隣にはレオ様がいる。怖いことなんて、何もないわ。




