28.役者は揃って
空を赤く照らすほどの炎から、火矢が雨のように降り注ぐ。
パウラさんとスヴェン殿下は勢いよく飛び退いて、防御魔法で熱から身を守っている。
わたしは、動けなかった。
パウラさんの蔦に拘束されているわたしは、逃げることが叶わない。
そんなわたしに気付いたパウラさんが、慌てたように防御魔法を発動させる。盾のようなそれがわたしを守るよりも早く──炎がわたしに着弾した。
全身が炎に包まれるまで、一瞬の出来事だった。
強い光に視界が揺らぐ。でも痛みもない。熱さもない。……恐怖もなかった。
だって、この炎はわたしを傷つけないと知っているもの。
炎はわたしを拘束する黒蔦だけを焼き切って、すうっと静かに消えていった。
パウラさんとスヴェン殿下は信じられないものを見るように、唖然としている。
「まぁ、お二人とも。ひどいお顔をしているわ」
「あ、あんた……なんで無事なの」
パウラさんの声が震えている。
人は自分の考えが及ばないことに直面すると、恐怖を感じるものらしいけれど……今のパウラさんはまさしくその状況なのだろう。
「炎はわたしを焼かないって、知っていたからよ」
当然とばかりに言葉を紡いでも、まだ二人は納得していないようだ。
そんな中、暗闇からゆらりと影が伸びた。その影の持ち主、篝火に照らされたのは──レオ様だ。
いつもは高い位置で結っているピンクの髪が、うなじで一つにまとめられている。
「……レオシス!?」
スヴェン殿下が驚愕の声を上げる。パウラさんは恐ろしさからか、後ずさった。
レオ様の顔に表情はない。ただ、その瞳だけが怒りに色を濃くしている。
「リアに手を出すとは、命がいらないようだな」
「ひ、っ……!」
怒りに当てられて、スヴェン殿下はその場に崩れてしまった。
理解が追い付いていないのだろう。
わたしが無事だったことも、行方不明だったレオ様が姿を現したことにも。
そんな二人を一瞥したあと、レオ様はわたしの前で足を止めた。
少し疲れた顔をしているけれど、元気そうだ。……生きている。
泣かないと決めていたのに、レオ様の無事を確認したら……目の奥が熱くなってしまう。
涙を堪えて唇をきつく噛み締めると、レオ様が困ったように笑った。
「心配かけてごめん」
「……無事でよかった」
レオ様が片手でわたしを抱き寄せる。頭に回った手の温もりがひどく愛おしい。
彼の肩に顔を埋めると、心臓の音が聞こえてくる。しっかりと聞こえるその鼓動に、もう涙を耐える事なんて出来なくて……わたしは少しだけ、泣いてしまった。
レオ様が生きているのは知っていた。
でも、その姿を確認するまで不安で仕方なかった。
命に別状はないといっても、怪我をしているかもしれない。
わたしに心配をさせないよう、無理をしているかもしれない。
ずっとずっと、不安だった。
まだレオ様に抱き着いていたかったけれど、何も終わっていないのだからと、自重するだけの分別は残っている。
きっとレオ様もそう。だからわたしは、ゆっくりとレオ様から離れた。温もりだけを分けて貰って。
目尻に残ったままの涙を、指でそっと拭った。
レオ様はわたしの髪にそっと唇を寄せて、それから手を繋いでくれた。指を絡めて、離れないとばかりにきつく、強く。
「スヴェン殿下、離宮を勝手に抜け出してきたようですね。衛兵たちに薬まで使って。……グレン殿下が頭を抱えていましたよ」
「お、俺は……すべてを取り戻そうとしただけだ!」
「持っていたものを無くしたのは、あなたの言動が原因でしょう。奪われたみたいな言い方はみっともないからやめたほうがいいですよ」
「うるさい!」
レオ様がひどく怒っているのが分かる。淡々とした物言いには、棘がたっぷり巻き付いているようだもの。
スヴェン殿下は顔を真っ赤にして、よろよろと立ち上がった。
レオ様の視線がパウラさんに向く。それだけでパウラさんは肩を跳ねさせた。
「パウラ嬢も。散々リアを責めていたけれど、結局は自分が悪かったってまだ気付いていないの? 気付いていないお花畑の頭をしてるから聖女も辞任して、そんな怪しいバングルも身に着けていられるんだろうけど」
「……っ!」
レオ様の言葉に、パウラさんが手首につけたバングルを逆手で隠す。
そういえば……先程の拘束魔法を使う時に、あのバングルが光っていたような気がする。
「……パウラさんは、もしかして魔法を使えない?」
「正解。聖属性しか持たないんだから、他の魔法は使えない。しかも彼女は神殿を出る時に聖属性も封じられている」
「そのバングルのおかげね」
「それがどんなものなのか、知らないで使っているんだからやっぱりお花畑だな」
わたし達の会話に、パウラさんの顔がさあっと青ざめていく。
きっと甘い言葉を掛けられて、何も考えずにそのバングルを着けたのだろうけれど。
ちゃんと学園で学んでいたら、魔法について知っていたら、そんなものは身に着けずに済んだだろうに。
「な、なに……。これが、そんなにやばいものだっていうの……?」
「それは君にそれを渡した人に聞いた方がいいよ。俺達が何を言っても信じられないだろうし」
「私を脅かしているのね!?」
「そのつもりもないけど、関係ないし本当に好きにして」
本気でどうでもいいと思っているような、レオ様の姿に苦笑が漏れる。
そのつもりはないだろうけれど、不安を煽っているようにしか見えないもの。
「とにかく、だ。君たちはローヴァイン公爵と、その嫡男である俺への殺人未遂容疑で拘束される」
「どうして俺達が!?」
スヴェン殿下が戸惑いの声をあげる。
その様子にわたしとレオ様は顔を見合わせてしまった。
スヴェン殿下は本気で、自分が悪いことをしていないと思っているのかしら。
犯罪行為ばかりを重ねているのに。
「まだありますよ。離宮衛兵達への傷害容疑、リアへの誘拐未遂。細かいことも合わせたらもっとあるだろうけれど」
「わ、私達は……指示を受けただけ。それをすれば、幸せになれるって……今の状況から救い出してくれるって」
パウラさんは首を横に振っている。
指示を受けて、それを実行しただけだから罪にならないと思っているのかしら。
先程までの強気な態度はどこにいってしまったのだろう。そう思うほどに、パウラさんは混乱しているようだった。
「あなたの幸せって、人を傷つけないといけないものなのね」
思わずそう言葉を紡ぐと、パウラさんはこちらを鋭く睨みつける。
ぐっと固く握った拳が震えていた。
「なんでも持ってるあなたには分からないわよ!」
「そうね。わたしはあなたに比べて、恵まれているのでしょう。より高みに手を伸ばすあなたの姿勢は嫌いじゃないけれど、やり方を認めるわけにいかないわ」
だって、パウラさんは彼女の欲しがるものに指をかけてはいたのだもの。
あのまま学園で真剣に学んでさえいれば、貴族の養子となって、聖女としても認められて、輝かしい未来が待っていたはずなのに。
すべてを自分の手で壊しておいて、奪われたと叫ぶのはいただけないわ。
「う、うるさい……うるさいうるさいうるさい!!」
髪をかきむしったパウラさんは、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は仄暗い。肩で大きく息をする様子に、かつての愛らしさは見つけられない。
「スヴェン様、ここで二人をやるしかないわ」
「……分かっている」
スヴェン殿下もパウラさんと同じ結論に達していたらしい。
ぎらぎらとした目でこちらを見ている。
「エミリア!」
そんな時、こちらに向かって駆けてくる人の姿があった。
グレーテと、ギルベルト様。
これだけの騒ぎとなれば、人がやってくるのも当然だ。
「……レオシス卿?」
レオ様がいる事に気付いたギルベルト様が、驚きの声をあげる。
それに対してレオ様は会釈をするだけだったけど……わたしはしっかり見てしまった。
パウラさんとスヴェン殿下が、ほっとしたような顔をしているのを。




