27.二人の願い
「わたくしが悲しむから、レオ様の救助はしないと……? わたくしを、悲しませたいということ?」
そう問いかけるとパウラさんは満面の笑みで頷いた。
その瞳に浮かんでいるのは、紛れもない憎悪で、わたしへの負の感情を煮詰めたように仄暗い。
「だって私、エミリア様のことが嫌いなんだもの」
奇遇ね。
わたしもパウラさんのことが嫌いだわ。
咄嗟に言いかけた言葉は飲み込んだ。
火に油を注ぐだけだと分かっているから。
何も言い返さないわたしを見て、パウラさんは更に笑みを深めている。嘲るように、愉悦を感じているように。
わたしがショックを受けていると、そう見えるのかもしれない。
それなら、そう装った方が得策だわ。
気持ちよくなって、色々教えてくれるかもしれないもの。
そう思ったわたしは、眉を寄せながら胸の前で拳を握った。
悲しみを押し隠しているかのように。虚勢を張っているように見えるかしら。
「エミリア様はなーんでも持ってるのに、私から奪ったでしょ。だから大嫌い。エミリア様があんな場所で私を糾弾しなければ、私は貴族の養子になって、聖女として崇められて、何不自由なく幸せに暮らせたのに」
「それは……あなたが、貴族子女らしい振る舞いをしなかったから。わたくしは注意をしていただけだわ」
「あなた達はいつもそれを言うわよね。綺麗な言葉でお上品に。でもその貴族の男たちは私の振る舞いの方が好きだったみたいだけど。……結局あなた達は、私みたいに自由に出来ないのが悔しかったんでしょ。羨ましかったんでしょ! だから私を攻撃したのよね!」
「お、おい……パウラ。人が来るぞ」
感情の昂りに比例して、声も大きくなっていく。
隣に立つスヴェン殿下はそれに焦って、パウラさんを落ち着かせようと声をかけているが、パウラさんには聞こえていないようだ。
それにしても、好き勝手言ってくれるものだわ。
彼女の振る舞いを羨ましいと思ったことなんて、一度もない。
令息方の中で、彼女の奔放さに惹かれた人もいるだろうけれど……それなんて、ほんの一部なのに。
その一部に王族とか、その側近候補が居たから調子に乗ってしまったのかしら。
「いつもお綺麗に澄ました顔をしているあなたが嫌い! 恵まれているのに私に優しくしないあなたが嫌い!」
「パウラさん、わたくしは……」
声を掛けてもパウラさんは止まらない。
そこまで憎まれているとは思っていなかったけれど、わたしを恨むことで気持ちを晴らしていたのかしら。
「おいパウラ! やめろ!」
スヴェン殿下がパウラさんの肩を掴んで揺り動かす。先程までよりも大きな静止に、パウラさんも我に返ったようだった。
相変わらず、わたしに向ける眼差しはじっとりと恨めしいけれど。
「……スヴェン殿下も、わたくしが恨めしいと?」
パウラさんの動機はなんとなく理解した。
わたしへの嫌がらせだ。
では、スヴェン殿下は?
スヴェン殿下に問いかける声は僅かに掠れ、震えていた。
「俺はエミリア嬢のことはどうでもいい。レオシスに死んでもらいたいわけじゃない。俺は復権できればそれでいいんだ」
「復権……今回の件で手柄をあげるとおっしゃっていましたわね」
「そうだ。手柄をあげ、その功績で王太子に復帰する。俺を離宮に追いやったやつらも、アンネリーゼも見返してやるんだ」
元々、スヴェン殿下は王太子ではなかったのだけど。
第二王子殿下とアンネリーゼ様は仲睦まじいし、今回の功績があったとして、スヴェン殿下が入り込む場所なんてないのに。
現実を正しく認識できていないのは、謹慎したって直らなかったようだ。
「スヴェン殿下は復権を。パウラさんは今回の件で、何を手にするつもりなの?」
つまらなそうに顔横で髪を指に絡めていたパウラさんに問いかける。
彼女はわたしをちらりと見て、口端を歪に上げた。
「私が手に入れるはずだったもの、すべてです。貴族の養子になって、裕福な暮らしをして、欲しいものぜーんぶ手に入れて幸せに暮らすんです」
「あなたは聖女を辞した時に、聖属性を封じられていると聞いたわ。また聖女に戻るというの?」
「聖女なんて面倒なもの、やるわけないじゃないですか。そんなものやらなくたって、私は欲しいものが手に入るんです」
救助作業と盗賊団の壊滅。
それを功績にして、彼女のいう裕福で何不自由ない暮らしが出来るだけの家が、パウラさんを受け入れるか。
わたしは否と答えるけれど……パウラさんはそれがもう叶うと思っている。
彼女を焚きつけた人物は、よほど話が上手いらしい。
それよりも、救助作業と盗賊団の壊滅……この二つでそれだけの功績になるのか。
もしかしたら二人は、既に何かをしてきたのでは?
そう思った瞬間、何もかもが繋がっていくのを感じた。
目の前が晴れていくのに、気持ちが悪い。それは……わたしが怒りを押し殺しているからだ。
深くて長い息をつく。
悲嘆の溜息だと思ったのか、パウラさんは嬉しそうだ。
「ねぇ、あなた達が……山を崩したの?」
そう問われた二人は、対照的だった。
スヴェン殿下は気まずそうにわたしから視線を外し、パウラさんはおかしそうに笑っている。
許せない。
二人は自分たちの願いを叶えるためだけに、レオ様を危険に晒したのだ。
もう怒りを隠さなくていい。この二人を捕らえて責を問う。絶対に許さない。
「知られたら、このままにしておくわけにいかないわよねぇ!」
わたしの怒りを目にしても、パウラさんは嬉しそうに笑うばかりだ。
彼女が手首につけているバングルが黒い光を放ち始める。その手の平からは黒い蔦が生まれておぞましく蠢いていた。
「パウラ、やめろ」
「だってこのままだとエミリア様は私達を捕まえようとするわ。そしたら私達の願いは叶わない!」
「エミリア嬢に危害を加えたら、あの方が……!」
「あの方のところに連れて行けばいいのよ。欲しているんだから」
あの方。
それが二人に甘言を囁いて、唆した人物なのだろう。
頭の中で思い当たる人物について考えていると、パウラさんがわたしに向かって手を伸ばす。その瞬間、黒い蔦が一気に伸びてきて、わたしの体に巻き付いた。
体は動けないようしっかり拘束され、叫べないように口も覆われている。
もがいても、蔦が外れる気配はない。
「このまま攫うわ。盗賊団を壊滅させたあとに、アジトに置いておけば誘拐事件の被害者が出来上がりってわけ」
「そんなにうまくいくだろうか」
「あの方に任せれば、どうにかしてくれるわよ」
「……それもそうだな」
拘束されたわたしが何も出来ないのをいいことに、二人は今後の相談をしている。
何も出来ない……そう、わたしはね。
そう思った瞬間、空が光った。
わたしだけでなく、パウラさんとスヴェン殿下も空を見上げる。
そこに現れたのは巨大な炎の塊。
怒りを映したように燃え上がる炎から、数多の火矢が降り注いだ。




