26.乱入者
次の日、わたしはカーロフ子爵のお屋敷に伺っていた。
応接室に居るのはわたしと子爵、それからグレーテとギルベルト様。護衛は廊下に控えている。
ギルベルト様が同席しているのは、救助作業に協力して下さっているためだ。
アルドリッジ公爵家の協力もあり、作業は迅速に進んだと聞く。お義母様にはそれも併せて報告している。
わたしは用意された紅茶のカップに口をつけた。
ふわりと立ちのぼるのは、爽やかな林檎の香り。ほどよい甘みと酸味が美味しい紅茶だった。わたしの好きな林檎のお茶だ。
「今朝方、土砂の撤去作業が終了しました。馬車は潰れておりまして、客室の半分ほどは土砂と共に崖下へ落下したと考えられます。早朝でしたのでエミリア様よりも先に残存した客室の中を検めさせていただきました。ご報告が遅れ、申し訳ありません」
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます。それで、中には……?」
「公爵閣下も若様も、お姿は見えませんでした。馭者もおりません。残っていたのは壊れた馬車と、馬の亡骸のみでした」
わたしは開いた扇の裏で小さく息をついた。
馬車の中に閉じ込められていたわけではない。それは良かったけれど……行方が知れないというのは、また不安が募る。
崖下に落ちてしまったのか。
それとも、土砂崩れを起こした人物に攫われてしまったのか。
「あの……ローヴァイン公爵閣下とレオシス様に護衛はついていなかったのですか?」
片手を挙げたグレーテが問いかけると、カーロフ子爵は眉を下げて首を横に振った。
「護衛は馬に騎乗し、馬車の前と左右におりました。後ろには従者が乗った馬車が続いていたと聞いております」
「その護衛たちは?」
「現場に近付いた時、若様が前と左右を走る護衛に先を見てくるよう指示を出したそうです。閣下と若様の乗った馬車は停車し、続くように後続の馬車も止まりました。そして土砂崩れに巻き込まれたと聞いております」
「それではまるで……」
思わず呟いたわたしの言葉に、カーロフ子爵は頷いた。その表情はひどく暗い。
「若様は土砂崩れを予見していたかと思われます」
「でも、それなら自分たちの馬車も巻き込まれないように動くはずでは? そうしなかった理由があるのか、それとも……間に合わなかったのか」
ギルベルト様の言葉を最後に、応接室には沈黙が満ちた。
皆がそれぞれに考えを纏めている、そんな静寂。
少しの時間を置いてから、わたしは口を開いた。
口元に添えた扇は淡いピンク色に染められている。わたしの髪飾りと同じ、ピンク色。これは昨日手に入れたものだ。
「ギルベルト様、盗賊団の情報は入っていますの?」
「うん、盗賊団がローヴァイン領に入っているのを確認した。裕福そうな馬車を狙うことが多いと辺境の友人から情報提供を受けているから、もしかしたら今回もそうかもしれない」
ギルベルト様の言葉に、グレーテから異論は出ない。彼女の方でも調べてくれているけれど、意見を述べるようなことはないようだった。
「ローヴァイン領で荒事を起こしているのなら、根城にしている場所もありましょう。そこを捜索するのも行わなければなりませんわね」
「それはアルドリッジ家が担おう。調べ物は得意なんだ」
「ありがとうございます。……ギルベルト様には助けられてばかりですわね」
「いや、出来ることがあるなら、それをやるだけだよ」
眉を下げて笑うギルベルト様に、応接室の雰囲気が柔らかくなる。
レオ様とお義父様の捜索に、皆が尽力してくれる。それが有難くて、嬉しく思う。
「では崖下の捜索作業は、このままカーロフ家が」
「わたくしは公爵夫人へ報告をまとめますわ。グレーテはわたくしと一緒にいてくれる?」
「もちろん」
その他に細かい分担や今後の方針などを決めてから、この場は解散となった。
退室するギルベルト様を見送って、わたし達は示し合わせたように息をつく。それに苦笑いを零しながら、わたしは音を立てて扇を閉じた。
夜、わたしはまた宿の裏庭へと出ていた。
今日も同じように、美しい光景が広がっている。
炎の揺らめきも、芳しい花々も、星が瞬く夜空も、何もかもが美しい。
昼とは違って、涼やかさを感じる夜風がわたしの髪を撫でていく。
過ごしやすい夜だった。
会いたい気持ちは募るばかりだ。
情報ばかりが入ってくるけれど、レオ様の姿は掴めない。
明日にはきっと見つかる。きっと会える。
そんなことばかりを願う夜は、ひどく長くて──冷たい。
「会いたいわ、レオ様」
「残念ね、それが叶うことはなさそうだもの」
零した声に、言葉が返る。
わたしははっと顔を上げ、その声の方へと顔を向けた。
篝火に照らされた小路を歩いてくる人影は二つ。
ここにいるはずのない二人に、わたしは息を飲んだ。
「どうして、あなた達がここに……」
動きやすそうなワンピース姿のパウラさんと、旅装姿のスヴェン殿下。
もう会わないと思っていた二人が、どうしてこの街にいるのか。
「私達、救助作業で明日から現地入りするんです。その前にエミリア様にご挨拶をしようと思って」
パウラさんはこの場にそぐわないような明るい雰囲気で話しかけてくる。
スヴェン殿下も自信ありげに胸を張って、パウラさんの発言を止めるつもりはないようだ。
「あなたは神殿を出たと聞いているわ。どうしてスヴェン殿下と一緒に居るの。それに……救助作業は一般募集されていないはずよ」
カーロフ子爵がこの二人の帯同を許すとは思えない。
それにスヴェン殿下の謹慎が解かれたという話も聞いていない。
一体なにが起きているのか。分からないことだらけで、気持ちが悪い。
「神殿はあまりにも退屈だったんで、よそに行くことにしたんです。まぁ色々失ってしまった私のことはいいじゃないですか。本当だったら貴族の養子になって、順風満帆な生活を送るはずだったのにな」
それを無に帰したのはパウラさん自身の言動なのだけど、それは黙っておくことにした。
彼女に何を説いても伝わらないのは、嫌というほど分かっている。
「救助の他にも、盗賊団の捜索と壊滅を目的としている。それが叶えば、手柄をあげた俺の謹慎も解かれるだろう」
「誰があなた達に、それを依頼したと……?」
「俺の復権を願う者がいるんだよ。叶った暁にはローヴァイン家の後援も受けられるだろう。なんせ、当主と嫡男を救うんだからな」
「あなた達、何を知っているの……」
嚙み合わない話に頭が痛くなりそう。
でも、スヴェン殿下の口ぶりから──二人は盗賊団がローヴァイン領に入っている事を知っているのが分かった。
そしてレオ様とお義父様が生きていることも知っているらしい。
どうすればこの二人から情報を引き出せるのか。
それを考えているとパウラさんが嘲るように笑った。
「でも救うのはご当主だけでもいいかもねぇ。レオシス様が死んだら、エミリア様は悲しいでしょ」
レオシス様が死んだら?
一体何を言っているのか、理解が追い付かない。
そんなわたしを見て、パウラさんは楽しそうに笑っていた。




