24.ただ、生きていてほしいだけ
「……ギルベルト様?」
わたしの声に気付いたギルベルト様が、こちらに顔を向ける。
援助を断った。
それなのに、彼はここにいる。
一体どうしてなのか。
「エミリア嬢。すまない、どうしても気になってしまってね」
驚いたように目を瞬いたあと、眉を下げて申し訳なさそうに笑った彼の真意はどこにあるのだろうか。
その表情に善意以外読み取れないのに警戒をしてしまうのは、気が立っているのかもしれない。
もしくは、ティアナ様の兄君だということで、余計にそういう目で見てしまっているのか。
内心の苛立ちを抑えるべく、一度息を吐いたわたしは淑女の笑みを浮かべて見せた。
「お気遣いに感謝いたしますわ。ですがこれ以上は危険ですので、どうぞ安全な場所にお戻りくださいまし」
「ああ、うん。……迷惑なのは分かっているんだが、辺境の友人から人を借りてきているんだ。少しでも助けになりたくて……何かさせてもらえないだろうか」
「……エミリア、人手は必要よ。お借りしたらどうかしら」
迷うわたしの隣で、グレーテがそっと囁いてくれる。
わたしは彼女に視線を向けて、小さく頷いた。
分かっているのだ。土砂の撤去作業もある。救助作業もある。
レオ様とお義父様が見つからなければ、その捜索だってある。
人はどれだけいても足りないということは、分かっている。
受け入れられなかったのは、ただのわたしの……我儘だ。
「……失礼しました。ギルベルト様、有難く援助を頂戴いたします。この御礼は必ず」
「ありがとう。御礼は……こっちが勝手にしていることだから。これが埋め合わせになるとは思っていないけれど、君にもレオシス殿にも大変迷惑をかけてしまったから。少しでも、君たちの力になりたいと、それだけなんだ」
「……ありがとうございます」
眉を下げて微笑むギルベルト様の姿に、善意以外は読み取れない。
誠実な方なのかもしれない。そう……ただ、わたしが穿った見方をしてしまっているだけ。
わたしは深く礼をしてから、グレーテと護衛と共に土砂崩れの現場へと足を向けた。
山の斜面から大きく崩れ、道を塞いでしまっている。
ローヴァイン領は代々の領主である公爵様が、道の整備に熱心だったこともあり、山道といえど狭いわけじゃない。
道は平坦に整備され、崩れそうな場所にはしっかりと補強がされている。
それなのに、その道を埋める程に山が崩れて土砂で埋まってしまっているのは、違和感でしかなかった。
土砂の一部は山の反対側の崖から流れ落ちているみたい。転落防止のために設置されていた柵も、跡形もなく失われている。
「変ね。……こんな崩れ方をする場所ではないのに」
「事故の前は大雨だったというけれど、こんな災害になるほどではなかったそうよ」
グレーテの言葉に、改めて周囲を確認する。
崩れた土砂は水を含んでいるけれど、今まで進んできた道は既に乾いている。
足元がぬかるむこともなかった。
まさか、人為的なものなのだろうか。
それも含めて調査をしなければならない。
「エミリア様、ご足労いただきありがとうございます」
土砂撤去の一団から、従者を連れた一人の男性がこちらにやってくる。
疲れた顔をしているけれど、その眼差しはひどく鋭い。
「カーロフ子爵、大変な状況の中でのご対応に感謝します」
彼はカーロフの街を治める子爵だ。
ローヴァイン家からの信も厚い忠臣で、わたしも何度かお会いしている。
今回の指揮を執っているとお義母様からも聞いているし、彼に任せれば大丈夫だという安心感もある。
「いえ、当然のことなれば。閣下も若様も魔法に長けておいでです。安全な場所で過ごしていらっしゃるでしょう」
「そうですね……わたしも、そう願っています」
二人の生存を信じて疑わないカーロフ子爵の様子に安堵の息が漏れる。
自分に近しい人以外から、そういう話を聞けると、また気持ちが落ち着いてくるのだから不思議なものだ。
「現在、土砂の撤去作業を行っています。馬車が見つかり次第、中を検めますが……」
「その際はわたくしも同席させてくださいませ」
「承知しました」
カーロフ子爵は頷いたあと、周囲に一度目をやったあとに眼鏡の弦を指で二度叩いた。
それを見たわたしは、小さく風魔法を展開した。魔法を使っていると知られないよう、ごく微細な魔力だけを使って。
これはローヴァイン家に繋がる者の一部が知っている小さな合図だ。
あまり人に聞かれたくない話をする時の、ほんの些細な合図。それを受けた者は聞き取る為に風魔法を展開する。
わたし達は現場の方へと体を向ける。
お互い向き合うことはなく、一見すると会話をしているようには見えないだろう。
「……今回の件ですが、作為的なものと見ています」
「現場環境の記録は?」
「すべて記録してあります。併せて周辺の人の出入りも洗っておりますので、後程ご報告いたします」
「ありがとうございます」
作為的なものなら……誰がそれをしたのだろう。
ローヴァイン公爵と、その後継を狙う者。表立ってローヴァイン家と敵対している家はないけれど、貴族だもの……そんなの腹の内に抱え込むに決まっている。
洗い出さなければならない家を頭の中でリストアップしながら、わたしは土砂で覆われた道をじっと見つめていた。
あの中にレオ様がいるかもしれない。
事故が起きてから日数も経っている。魔法を使って、無事でいるならいい。
でも、それが出来ないほどの怪我をしていたら……。
不安がまた、胸の中で暗い炎となっていく。
立ちのぼる炎に、心も何もかも燃やされてしまいそう。
そんなわたしの側に立ったのは、ギルベルト様だった。
一定の距離を空けているから、わたしは護衛に目配せをした。これ以上距離を詰めるつもりはないようだから、静観でいいと。
グレーテもわたしの意図をくみ取ってか、割り込むことはしないでくれる。
「辺境を騒がしている盗賊団の話をご存知ですか」
「ええ、聞いております。……今回の件に、その盗賊団が関わっていると?」
「確証はありません。ですが盗賊団が辺境から少しずつ足を伸ばしているという調査結果も出ているのです」
「……そうなのですね」
その話が本当ならば、ローヴァイン家を狙ったというより、裕福な貴族を狙ったという線もあるかもしれない。
お義母様への報告書が分厚くなりそうだ。
でも……正直なところ、いまは何が原因でもいい。
誰が起こした事故なのかも、どうでもいい。
レオ様とお義父様が無事でいてくれたらいい。
原因究明は、そのあとだ。
気付けばわたしは、胸の前で両手をぎゅっと握りしめていた。
祈りたいわけじゃないのに、落ち着かない気持ちがそうさせる。
原型を留めない程にひしゃげた馬車が土砂の中から見つかったのは、それから程無くしてのことだった。




