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わたしには自信がありますので  作者: 花散ここ
3.戻るという自信
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21.報せ

 ──レオ様

 お元気ですか? 馬車酔いなどしない人だと知っているけれど、体調を崩していないといいなと思うわ。

 視察は順調かしら。

 昨日のお手紙に書いてあった、お食事がとても気になっているの。

 王都では食べられないお料理もたくさんあるようだから、楽しめているレオ様が羨ましくなってしまうわ。次はわたしも同行できるかしら。

 その時には領地の素敵なところを、レオ様にたくさん教えてほしいわ。

 私は今日、グレーテと会う予定なの。うちに遊びに来てくれて、お茶を楽しみながら刺繍をするつもり。お茶はアップルティーにしようかしら──


 書き物机に向かい、レオ様への手紙を書いていると、自分の口元が綻んでいることが分かった。

 机の上に目をやると、レオ様からのお手紙が四通積み上げられている。

 まめな人だから、本当に毎日お手紙を送ってくれているのだ。……同じようにわたしも返してしまっているのだけど。


 レオ様からのお手紙は、領地で経験したことで溢れている。

 美味しい食事、領民との会話、美しい景色、子どもに花をもらったこと──そして、最後は必ずわたしへの想いが綴られているのだ。


 寂しい気持ちは消えない。

 早く帰ってきてほしい気持ちでいっぱいだもの。

 これが大事なお仕事だというのは分かっている。でも……。

 気持ちは堂々巡りで、落ち着かない。

 そんな想いは、きっとわたしの手紙に映ってしまっているのだろう。


 溜息をつきながら、一度ペンを置く。

 想いは伝えたいけれど、寂しいという気持ちは出来るだけ隠さないと。


「……レオ様が帰ってきてしまうかもしれないから」


 そして「俺が限界だった」と笑うのだろう。

 本当はわたしが限界だったのだと、知っているくせに。あの人はそうやって、いつもわたしを守ろうとするのだから。


 寂しい気持ちは本当だけど、お仕事を理解できないほどの子どもじゃない。

 上手に隠すことだって、できるわ。


 ──コンコンコン


 そんなことをぼんやりと考えていると、部屋のドアがノックされた。

 応えると入室してきた侍女が、グレーテの来訪を教えてくれる。


 わたしは書いている途中の手紙をひとまとめにして、サロンへと向かった。



「あら、意外と元気そうね」


 サロンで顔を合わせて一番に、グレーテがそう言って笑うものだから、わたしも一緒になって笑ってしまった。


「そう見える?」

「ええ。見せ方が上手よ」

「それって隠せていないってことじゃない?」

「隠せてはいるけど、私があなたの寂しさを見逃すわけがないでしょう」


 グレーテの言葉に肩を竦め、ソファーに座る彼女の隣に腰を下ろす。

 準備しておいた刺繍道具は、かごに入ってサイドテーブルに置かれてあった。


 侍女がお茶とお菓子の準備をして、サロンを後にする。

 湯気立つ紅茶からは、ほんのりと林檎の香りがしていた。


「レオシス様が視察に出かけて、今日で……?」

「四日目。帰ってくるまで、まだまだ遠いわ」

「時間潰しは付き合うから、頑張りましょ」

「ありがとう」


 グレーテの優しさが心に沁みる。

 なんだか目の奥が熱くなってしまって、わたしは目を伏せた。


 紅茶のカップを手にして、一口飲む。

 林檎の瑞々しい香りと、爽やかな甘み。うん、何度飲んでも美味しい。


 わたしの隣で同じようにカップを傾けたグレーテが感嘆の息をついた。


「美味しいわね、この紅茶」

「気に入ってもらえてよかったわ」


 紅茶を飲むと、少し気持ちが落ち着いてくる。

 この紅茶には、優しい思い出はたくさん詰まっているもの。


 カップをソーサーに戻したわたしは、サイドテーブルに手を伸ばしてかごを取った。

 それを膝の上に載せながら、グレーテに微笑みかけた。


「さて、始めましょうか」

「ええ。エミリアは何を刺すの?」

「ローヴァイン家の紋章を、クラバットに。グレーテは?」

「兄様達に送るハンカチに、鳥を刺そうかと」

「きっと喜ばれるわね」


 グレーテのお兄様達は、妹であるグレーテを本当に大事にしているのだ。

 彼女の男性の理想が高いのは、ハイスペックなお兄様達を見ているからなのではないだろうかと思ってしまう。

 でも、もし問題のある男性と関係が進みそうになったら、お兄様だけでなくてわたしも出張る心構えではあるのだけど。



 それからわたし達は、いろんなお喋りをしながら刺繍を楽しんだ。

 新しいお店、最近読んだ本、他の人には聞かせられない噂話まで。

 どれだけ話しても話題は尽きない。何を話していても楽しいのは、やっぱりグレーテが相手だからだって分かっている。


 気を遣わないでいい相手がいるという事は、どれだけ心強いのか。

 グレーテにとって、わたしもそう在れているといいのだけど。


 お代わりの紅茶を飲み、一息ついた時だった。

 廊下を走る音が聞こえてくる。屋敷内で聞く事のない騒々しさに、わたしとグレーテは顔を見合わせた。


「……近付いてきているわね」

「何かあったのかしら」


 その足音はサロン前で止まり、ノックもなしで勢いよくドアが開いた。

 開けたのは弟のキールだ。無作法を咎めるよりも先に、キールの様子がおかしい事が気になってしまう。

 顔色は悪く、肩で息をしている。珍しい弟の様子に、何か悪いことがあったのだと、察するのは簡単なことだった。


「……何があったの?」


 キールがこんなに慌てるなんて。

 廊下の向こうでは、まだ慌ただしい足音が響いている。屋敷自体が騒然としているようだ。


「ね、姉さん……」


 サロンに入ってきたキールの声は震えている。ふらふらと覚束ない足取りの彼を支えるべく、わたしはソファーから立ち上がって近付いた。グレーテもわたしの隣に来てくれている。


「落ち着いて聞いてほしい。……レオシス兄様の乗った馬車が、土砂崩れに巻き込まれたって」


 レオ様の馬車が、土砂崩れに巻き込まれた。

 頭の中で反芻しても、それの意味が分からない。理解できない。


 目の前がすうっと暗くなっていく。力が抜けたわたしの背を誰かが支えた。

 瞬きを繰り返しながら隣を見ると、青い顔をしたグレーテが支えてくれたのだと分かった。


 されるままに床に座り込み、浅く短い呼吸を繰り返す。


「……巻き込まれて、それで……?」

「兄様と、ローヴァイン公爵は……行方不明になっているって」


 息が出来ない。

 気持ち悪い。


 グレーテがわたしの背を摩りながら、「落ち着いて」と声をかけてくれる。


 落ち着けるわけがない。

 レオ様が行方不明って、そんな、そんなの……。


 昨日のお手紙で、楽しかったことをたくさん綴ってくれて。

 わたしに会えない寂しさを零していて……。


「エミリア、レオシス様がどれだけ優秀な魔法使いか、あなたが一番よく知っているでしょう? あの人が行方不明になるわけないじゃない」


 低くて優しいグレーテの声が、わたしに届く。

 グレーテの顔を見ると、彼女は指先でわたしの頬を撫でてくれた。彼女の指先が濡れてしまっている。

 ああ、わたしは泣いているのだ。


 泣いている暇なんて、ないのに。

 わたしは手の甲で涙を拭うと、ゆっくりと深い息を吐いた。


「レオ様が死ぬわけないわね。ちょっと動揺してしまったわ」

「うん、兄様が姉さんを置いていくわけないよ」


 先程よりも落ち着いた声が出た。

 泣きそうな顔でキールも笑う。


「あの執着なら、地の底からでも戻ってくるわよ」


 揶揄めかすようなグレーテの言葉が、救いだった。

 わたしはそれに笑って、ゆっくりと立ち上がった。


「ローヴァイン公爵家に向かうわ」

「私は一度帰るわね。あなたの力になれると思うから、準備を整えてくるわ」

「ありがとう、グレーテ」


 ここで泣いていても仕方がない。

 レオ様のところに行かなくちゃ。


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