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わたしには自信がありますので  作者: 花散ここ
3.戻るという自信
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20.お茶会と、甘えん坊

 熱気を孕んだ風が、庭園の中を吹き抜けていく。

 涼やかな風だったなら、きっと気持ちがいいものだっただろう。

 色とりどりの美しい花は、その姿を風に揺らしていて、なんだかのんびりしているようにも見えるから不思議なものだ。


 庭園に誂えらえた東屋にも風が遊びにくる。

 もう少し冷たい風なら良かったのだけど。そう思いながらわたしは指先を東屋の屋根に向け、魔道具へと魔力を込めた。

 夏風が入らないように薄い障壁を張り、東屋内を涼風で満たしてくれる魔道具だ。

 最近の夏はひどく暑いから、これがないと外でお茶会なんて出来ないだろう。


「……リア、ちゃんと俺を見て」


 そんなことをぼんやりと考えていたら、わたしのお腹周りからじっとりとした声が聞こえた。


「はいはい、ちゃんと見ているわよ」


 苦笑しながら、淡いピンクの髪に指を忍ばせた。

 東屋の壁側に沿うよう設置されたベンチに、わたしは座っている。その隣で、わたしのお腹に抱き着くように半ば寝転がっているのはレオ様だ。


 いつも高い場所で結われている髪は、今日は下ろされている。

 顔にかかる髪を指でよけてやりながら、わたしはくすくすと笑みを零した。


「拗ねていないで、そろそろお茶にしましょう」

「……別に拗ねてない」

「そう? それじゃあ甘えん坊なだけね」


 わたしはレオ様をお腹に巻き付けたまま、カップとソーサーを手に取った。

 人の頭の上でお茶を飲むなんてお行儀が悪いけれど、私のお腹に抱き着いているレオ様も相当だから気にしないことにした。


 遠くで控えているメイド達も、気にしている素振りはない。

 ここまでべったりなのは珍しいけれど、距離自体はいつものことなのだから。


「……行きたくない」

「でも大事なお仕事よ」

「リアは俺と離れて寂しくないの?」

「寂しいわ」

「そうは見えない」

「あらあら、伝わっていないのは寂しいわね」


 苦笑しながら、お茶を飲む。

 体を冷やさないようにとの気遣いで、夏だけれど温かい紅茶をいただいている。

 東屋の中はひんやりとしているから、温かいお茶がちょうどいい。


「この紅茶、林檎が入っているのね。とてもいい香りで美味しいわ」

「……リアは林檎が好きでしょ」

「ええ、とっても。だから紅茶に入れてくれたの? ありがとう」

「……どういたしまして」


 お礼を告げると、お腹に回っていた手がゆっくりと解かれる。

 のそのそと起き上がったレオ様は、わたしと密着するように座り直した。彼の手はわたしの腰にしっかりと回っている。


 隣のレオ様から伝わる熱が、気持ちいい。

 わたしよりも体温が高いのか、触れ合う場所からじんわりと温まってくる。


 そんな心地よさを感じながら、またお茶を一口飲んだ。

 爽やかな林檎の香りがする。ほんのりと甘いのも林檎の蜜だろう。美味しい。


「行きたくない」


 何度目になるかも分からない愚痴に、わたしはまた笑った。

 今日はあと何度この言葉を聞けるだろう。今からでも数えておこうか。


 レオ様がこんなにしょぼくれているのには理由がある。

 わたし達は夏季休暇に入ったのだけど、レオ様はお父様であるローヴァイン公爵と共に領地の視察に行くことが決まったのだ。


 ローヴァイン領は広い。その各地を回るのだから、すぐに帰ってこられるものではない。

 予定では二週間かけて、各地を巡るそうだ。


 ということは、二週間会えないわけで。

 それでレオ様はわたしから離れないというわけである。


「リアも一緒に行かない? 公爵夫人となるんだから、顔見せのつもりでさ」

「わたしはお義母様と社交に勤しむ予定だって知っているくせに」

「母上だけリアと一緒に過ごせるのはずるい」

「帰ってきたら一緒に避暑に行くんだから、レオ様も頑張ってきて」

「……避暑は一週間しかないでしょ」


 今日は何を言ってもだめらしい。ずっと拗ねた表情だ。

 いつも笑みを浮かべているのに珍しいけれど、そういう日もあるだろうと、わたしはカップとソーサーをテーブルへと戻した。


「レオ様、わたしも寂しいのよ」

「……本当に?」

「ええ。だから、毎日お手紙が欲しいわ。あなたが何を見て、何を楽しんだのか。領地でどんな美味しいものを食べたのか。あなたの日常を切り取って、わたしに送ってほしい」

「リアも手紙をくれる?」

「もちろん。手紙を書けば、わたしの寂しい気持ちが少しでも埋まるかもしれないから。お互いを感じ取れるような手紙のやりとりをしましょう」


 レオ様は少しの間を置いてから、ゆっくりと頷いた。

 少しは気持ちも落ち着いたらしく、腰に回した手を解いて自分もお茶を飲むことにしたようだ。

 まだ距離は近いのに、密着していないから少し寂しい。

 でもそれを口にしたら、また先程の体勢に逆戻りしてしまうから、口を噤んだ。


「移動中の馬車でも手紙を書くよ」

「お義父様が寂しがるから、ほどほどにね」

「父上も母上に手紙を書くよう言っておくよ」

「ふふ、それはお義母様も喜ぶわ」


 カップを手にして紅茶を飲んだレオ様は、機嫌が少し戻ったのか微笑を浮かべている。

 わたしも口端が上がっていることを自覚しながら、テーブルに用意されていたケーキに向き直った。

 レオ様がお腹に抱き着いている体勢ではさすがに食べられなくて、お預けになっていたのだ。


 わたしの大好きなミルフィーユ。艶めくいちごがたっぷり飾られているのが、とても綺麗。

 いちごをお皿の端に避け、ナイフとフォークを使って横に倒す。一口サイズに切り分けたパイ生地にクリームを乗せ、口に運んだ。

 カラメリゼされたパイ生地がすごく香ばしい。甘いカスタードと合わせると、ほろ苦さと調和してすごく美味しい。


「美味しい」

「よかった。今日はさ、リアの好きなものをいっぱい用意したかったんだ」


 それが、会えなくなるわたしへの想いからだって分かっている。

 わたしはフォークとナイフを置いて、レオ様に向き直った。


「ありがとう、レオ様」

「喜んでもらえたなら、俺も嬉しいよ」


 先程までとは打って変わって、穏やかに微笑むレオ様を見ていたら、なんだか胸の奥がぎゅっと苦しくなってくる。

 わたしも、寂しい。それに……不安なのだ。


「レオ様、国境付近に盗賊団が出ているでしょう?」

「ああ、あれね。構成員を何人か捕らえたけれど、まだ壊滅にはいたっていないやつ」

「……気を付けてね」

「うん、ありがとう。辺境伯の軍が頑張ってくれているおかげで、公爵領まで被害は及んでいないんだ。でも充分気を付けるよ」

「そうして」


 何かあったとしても、レオ様なら大丈夫だって分かっている。

 もちろん、何もないのが一番ではあるのだけど。


 カップをテーブルに戻したレオ様は、わたしの頬に手を添えた。

 わたしの不安を掬い取ろうとするかのように、優しい眼差しはまっすぐにわたしへ向けられている。


「すぐに帰ってくるから、待っていて。避暑先で何をしたいか、リアもしっかり考えておいてね」

「ええ」


 先程まではレオ様のほうがぐずっていたのに。

 今度はわたしが駄々をこねてしまいそう。


 そんな自分に内心で苦笑いしながら、わたしはレオ様に抱き着いた。

 受け止めてくれるレオ様が、ぎゅっとしっかり抱きしめてくれる。


 伝わる温もりに、抱きしめてくれる腕の強さに、不安が解けていくのが分かる。

 それでもその心地よさから離れられず、わたし達は長い間抱き合っていた。


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