19.日常を親友と
学園に平穏が戻ってから、数日後。
わたしはグレーテと一緒に城下街にあるカフェにやってきていた。
ここはグレーテが新しく見つけたというお店で、開店したのも最近のことらしい。
おすすめはチーズケーキとコーヒーのセットだというので、わたしもそれを注文した。
壁にはたくさんの絵画が飾られて、ランプや花瓶なども色々並べられている。
グレーテに聞くと、ここは新人作家のギャラリーでもあるらしい。気に入った作品があれば、その場で購入することもできるのだとか。
新しい才能に目をかけ、支援することが好きなうちの母にぴったりの場所だと思った。
喜ぶだろうから、帰ったら教えてあげなくては。
「今日をお疲れ様会とするなら、エレオノーレ様とアンネリーゼ様もお誘いするべきだったかしら」
そんな事を考えながら周囲に目を向けていたわたしに、グレーテが言葉をかける。
わたしはグレーテに向き直り、ゆっくりと首を横に振った。
「エレオノーレ様は来てくださるかもしれないけれど、アンネリーゼ様は難しいんじゃないかしら。お忙しいでしょうし、お立場もあるし」
王太子の婚約者であるアンネリーゼ様がカフェでお茶をするとなれば、ここ一帯に厳重な警備が為されることだろう。急にお誘いをして受けてもらえるものではない。
「それに、そこに誘うならレオ様は入れてくれないの?」
「レオシス様とあなたが揃ったら、胸やけしてしまってコーヒーを何杯飲んでも足りなくなってしまうわ」
「ふふ、甘味が欲しい時はいつでも言ってちょうだい」
「ダイエットしたい気分になったら誘わせてもらうわ」
軽口を交わしながら、笑みを零す。
実際、レオシス様を誘ったとしても、彼はきっと来ないだろう。
わたしがグレーテとの時間を大切にしていることを知っているから。
小さくお喋りを楽しんでいると、コーヒーとチーズケーキが届く。
カップの持ち手には小さな鳥がちょこんと乗っているのが可愛らしい。
鳥に向かって青のグラデーションで染められたカップとソーサーも、新人作家の作品であるらしい。これ自体は販売していないけれど、似たものを注文することは出来るのだとか。
グレーテと店員のやりとりを聞きながら、青い小鳥を指でなぞった。
カップを持ち、コーヒーを一口飲む。
ナッツのような風味が口いっぱいに広がって、少し甘みを感じるくらいだ。でもそれはすぐに消え、口の中に残るのはすっきりとしたほろ苦さ。
「美味しい……」
「チーズケーキを食べたら、もっと美味しくなるわよ」
グレーテに言われるまま、綺麗な焼き色がついたチーズケーキにフォークを入れる。フォークが沈む感覚は思ったよりも滑らかなものだった。
一口を切り分け、口に運ぶ。
チーズが甘くて驚きにグレーテを見てしまった。彼女は楽しそうに笑っている。
ケーキはしっかりとした食感なのに、解けるように溶けていく。残ったのは深みのある甘さだけ。
コーヒーを飲むと、チーズケーキの甘さにコーヒーのほろ苦さと酸味がほどよく交わるのが分かる。
これは……グレーテがおすすめするのも分かるわ。
そう思いながら、感嘆の息を漏らした。
「美味しい。グレーテの選ぶお店に間違いはないわね」
「そういってくれると嬉しいわね。そういえばフルーツタルトのお店も見つけたんだけど」
「予定を合わせましょう。いつ行く?」
そこまで話して、顔を見合わせて笑ってしまった。
ああ、楽しい。
***
コーヒーのお代わりをいただいて、ケーキももう少しで食べ終わる。
チーズを使った焼き菓子も販売しているようだから、帰りには買っていこうと思いながら、わたしはカップをソーサーに戻した。
「ティアナ様の件、聞いた?」
問いかけるとグレーテは首を横に振る。
わたしは一度息を吐いてから、ゆっくりと話し始めた。
「国に戻って、すぐに結婚されたそうよ。元からいらした婚約者の方とね」
「お相手は婚約解消しなかったのね。これだけの醜聞となっては、嫌がりそうなものだけど」
「家の事業に関わる婚約だったそうだから、解消も難しかったんじゃないかしら。でもね、それで終わりではなくて」
わたしが言葉を切ると、グレーテが身を乗り出してくる。
テーブルに両肘をついている姿に苦笑いが漏れてしまった。後ろにあるテーブルで控えているグレーテの侍女の目が光ったように見える。あとで小言をもらうのは確定だろう。
「婚約者には“真実の愛”のお相手がいるんですって」
「ええ!?」
大きな声を出したグレーテは慌てて両手で口を押さえた。
周囲を見回すけれど、店内に客は少ない。迷惑にはなっていないようだ。
「待って、それって……ずいぶんと皮肉じゃない?」
「そうね。でも婚約者……もうご夫君ね。その方は、婚約が成立した時にその恋人とはお別れしていたそうなの。今回のティアナ様の件を受けて『ティアナ様が真実の愛を追い求めるなら、自分も同じで構わないだろう』って、恋人を別邸に迎え入れたそうよ」
「わぁ……」
婚約者と誠実に向かい合っていれば、こんなことにはならなかったのだろう。
真実の愛を求めたティアナ様が、逆に真実の愛によって蔑ろにされてしまうことになるなんて。
「ティアナ様は受け入れたの?」
「それは分からないけれど、もう両家の間でそういう契約になっているそうなの。でもご夫君は、ティアナ様が恋人を持つことは構わないっておっしゃっているそうよ」
「ティアナ様が割り切れるのなら、それも一つの形なんだろうけれど……」
「元は優秀な方だから、うまくやってくれたらいいわね。今度こそ真実の愛が見つかるかもしれないし」
「真実の愛は見つけるものじゃなくて、気付くものなのよ」
グレーテが顔の横で指を回しながらそんなことを口にする。
彼女の口からそんな言葉が出るなんて。わたしが知らないだけで、グレーテも恋をしているのかしら。
なんだか胸がちりつく感覚に息を飲むと、グレーテは悪戯っぽく笑った。
「って、本に書いてあったわ。今度貸すわね」
その言葉になんだか脱力してしまった。
わたしの内心も読み取ったように、グレーテがころころ笑う。
「そんな相手が出来たら、一番にエミリアに伝えるわよ」
「……約束よ?」
「もちろんよ。あなたは私の親友だもの」
グレーテがそう言うなら、ちゃんと伝えてくれるだろう。
その時には心からのお祝いを……出来るはず、たぶん。
大好きな親友の心を掴んだお相手を、しっかり見極めさせてもらうつもりではいるけれど……これも杞憂なのだって、分かってる。
グレーテが選ぶ人だ。彼女を一番に考えて、幸せにしてくれるに決まっている……。
「ねぇエミリア。あなたの想像はどこまでいっている?」
「……結婚式のブーケトス」
「もう。あなたは本当に私が好きねぇ」
可笑しそうにグレーテが笑うものだから、わたしもつられて笑ってしまった。
少し泣きそうになったのは押し隠してコーヒーを飲んだ。冷めてしまったコーヒーは先程までよりも苦く感じた。
「ああ、そうだ。私もあなたに伝えておこうと思ったことがあったのよ」
「なに? 怖い話は嫌よ」
「怖いといえば、怖いかも」
「ええ……?」
椅子に座り直したばかりで、グレーテがまたテーブルに身を乗り出してくる。
指先で手招きをするから、わたしも同じようにテーブルに体を寄せてグレーテに近付いた。
「パウラさんが神殿を出たそうよ。聖属性を封じる措置をされて、一応は円満に聖女を辞したらしいけれど」
「……嘘でしょ」
「それが本当なの。公にはならないだろうけれど、一応伝えておくわね」
「あなたはそれをどこで……。ああ、そうだったわね」
グレーテには兄が二人いて、長兄は後継として家にいる。次兄は神殿で神官としてお勤めを果たしているから、そこから聞いた話なのだろう。
「教えてくれてありがとう。一応聞くけれど、スヴェン殿下は?」
「話は聞かないわね。離宮で大人しくしているといいんだけど」
パウラさんがどうして神殿から出たのかは、分からない。
合わなかった……というのが、きっと大きな理由だと思うけれど。
「でもまぁ、もう会うこともないでしょう」
「……そうね」
グレーテの言葉に頷いて見せる。
聖女が神殿を出るのは、珍しいけれど前例がないわけでもない。
どう生きていくのか、わたしが気にすることでもないのだ。
一度深く息を吐いてから、わたしは意識を切り替えた。
それから花が咲いたのは、夏季休暇の予定について。
どこに行こうか、何をしようか。避暑に出かけるのもいいけれど、王都でグレーテとお店を巡るのも捨てがたい。
休暇中の予定を話していたら、ティアナ様のこともパウラさんのことも、わたし達の意識からは遠くに飛んで行ってしまった。
コーヒーのおかわりと、チョコレートケーキを注文して。
侍女と護衛に帰宅を促されるまで、わたし達はおしゃべりに興じてしまった。




