17.終わりに向かって
あの呼び出した日から……ティアナ様は、まっすぐに突き進んでいる。
わたし達にとっては、悪い方向へ。
アルドリッジ公爵家からローヴァイン公爵家へ婚約打診があったのだ。
内容はティアナ様とレオ様の婚約について。
打診のお手紙を見せていただいたけれど、それはもう……ローヴァイン家に有利な条件が多数並べられたもので、この婚約でどれだけの利があるのかを書き連ねてあった。
それはローヴァイン公爵家のお義父様がお断りをしたのだけれど、打診がきたこと自体に公爵家の皆様が怒っていた。
一番怒っていたのは、もちろんレオ様だ。
だけど、これで終わるわけもなくて……。
「レオ様、今日は領地経営科に行っていた方がいいかもしれないわね」
「嫌だよ。その間、リアに何かあったらって思うと気が気じゃない」
「でもこちらに居たら、ずっとこの状態よ」
「そうなんだけどさ……」
教室の入り口で、こちらをじっと見つめているティアナ様が目に入る。
わたしは自分の席に居て、その隣には近くの席から椅子を借りてきたレオ様が座っている。
いつもの休憩時間の光景ではあるのだけど、クラスメイト達も何とも言えない表情で過ごしているから申し訳なく思ってしまう。
ちらりとまた、ティアナ様に視線を送る。
ティアナ様はまっすぐにレオ様のことだけを見つめている。頬を上気させ、レオ様の一挙手一投足を見逃すまいとするように、熱籠った眼差しを向けていた。
わたしもティアナ様を見続けていたからか、ふとティアナ様の視線がわたしに移る。
目が合ったその瞬間、今までとは一転して、ひどく怖いお顔になってしまった。憎まれているというか、恨まれているというか、負の感情を寄せ集めたその表情に苦笑いが漏れる。
「嫌われてるわねぇ」
わたしの前の席に座る、グレーテも苦笑いだ。
ティアナ様に向けていた視線を、グレーテへと向ける。
もうあちらを見なくてもいい。お互い嫌な気持ちになるだけだと、改めて実感した。
「恋敵であるものね」
「一方的な、ね。あなた達を見ていると、同じ舞台に上がれるわけがないって分かるから、恋敵の配役なんてありえないのに」
「それでも、どうしようもないのが恋なんでしょう」
好きな気持ちが抑えられないのは分かる。
恋をして、相手のことだけで頭がいっぱいになるのは、わたしだって同じだ。
だからって、ティアナ様の気持ちを肯定することは、わたしには出来ない。
これが言動に出さず、ひっそりと想いを抱えているのなら、わたしが口を出すことではないのだけど……。
あそこまで大っぴらにレオ様への気持ちをアピールしているのだから、「レオ様は諦めて」と言いたくもなってしまう。
「でもさ、これももう少しの辛抱でしょ」
「もう少しどころか今日にも決着がつくんじゃないかしら」
訳知り顔のレオ様とグレーテに、わたしも小さく頷いた。
そうでなければ、レオ様を誘って少し早い避暑に出かけているところだ。
そんなことを思っていると、教室の入り口が騒がしくなった。
目を向けると、ティアナ様が先生達に連れていかれているのが見えた。
エレオノーレ様はいない。今朝からお家の都合でお休みをしていると聞いている。
「行こうか、リア」
「ええ」
先生に呼ばれる前に、レオ様のエスコートで立ち上がった。
頑張ってとばかりに手を振るグレーテに微笑みかけて、わたしは扇を手に持ち直した。
***
わたしとレオ様が向かったのは、学園長室に隣接している応接室だ。
ソファーにはティアナ様が座っていて、壁側には先生達が待機している。
わたしとレオ様は、ティアナ様と向かい合うソファーに並んで腰を下ろした。
それを確認して、教務主任の先生が一歩前に進み出た。
「最近のアルドリッジさんの言動は目に余る。君は一体、何をしにこの学園にやってきたのか。留学生としての本分を思い出し、勉学に励むつもりがあるのなら、ローヴァイン君とフューラーさんに謝罪をするように」
わたしに絡み始めた時から、学園が何もしていなかったわけではない。
何度もティアナ様に注意をしてくれていたし、わたし達へのフォローもあった。
でも、それももう終わり。
これからティアナ様がどうしたいのか、それがいま、試されている。
ここでの判断は決して間違ってはならないのだ。これからも、この学園に留学をしていたいのなら。
「謝罪をすることなど、何もしていないわ。ただ、彼を好きになっただけ。それの何が悪いの?」
機嫌を損ねたらしいティアナ様の眉間に皺が寄る。
本気で、彼女が自分が悪くないと思っているのだ。
ああ、ティアナ様の行く末が決まってしまった。
それに気付かないティアナ様は、胸の前で腕を組み、大きな溜息をついて見せた。
「私はこの学園に留学してからも、優秀な成績を残しているわ。先生の仰った通り勉学に励んでいる結果だと思うけれど」
「結果を出せばいいというものではない。君が学園の風紀を乱しているのを問題としているんだ」
「風紀を乱すなんて失礼な言い方ね。先生といえど、生徒の恋愛に口を挟む権利なんてないでしょう」
先生が諭しても、ティアナ様が引くことはない。
謝罪を求められたのが、よほど気に障ったのだろう。
「先生、もう結構です」
わたしの隣で、レオ様が軽く手を挙げた
その顔にはいつもと同じ微笑が浮かべられている。穏やかで、優しく見える微笑。
レオ様を見て、ティアナ様の頬に朱が差した。
先生は小さく息をつき、頷きを一つ残してからまた壁際へと戻った。
あとはわたし達に任せてくれるということだろう。
とても疲れて、残念な顔をしている先生方に、あとでフューラー家から何か差し入れをしようと決めた。
だって……先生方は、先程まで諦めていなかったのだ。
教師として、ティアナ様を導こうとしていらした。自国の生徒でも、他国からの留学生でも関係なかった。
彼らにとってティアナ様も、大事な生徒の一人に変わりなかったのだ。
だから諭して、改めさせようとした。これからも、この学園で学び続けることができるよう、尽力なさっていたのに。
それを無に帰したのは、ティアナ様本人だ。
残念だとは思うけれど、同情はしないわ。




