15.呼び出し
裏口の一件以降、ティアナ様がわたしに苦言を呈するようなことはなくなった。
わたしを目掛けて突き進んでくるようなこともなく、エレオノーレ様もほっとしていることだろう。
でも──彼女の不興をかった事に変わりはない。
その証拠に、ティアナ様はわたしに近付きはしないけれど……ずっと、わたしのことを見ているのだ。
廊下でも、教室でも、カフェテラスでも。
視線を感じて顔を上げると、必ずといっていいほどティアナ様がいる。
敵意というには生温い、なんともいえないじっとりとした視線を向けられると、それはそれでげんなりしてしまうものだ。
「……直接文句を言いにきていた時の方が、まだましだったかもしれないわね」
教室の自席で苦笑いを零すと、わたしの隣に立つレオ様が小さく舌打ちをした。
わたしの座る椅子の背凭れに手を掛けて、出入口の方を睨みつけている。
出入口から教室がよく見える、廊下の端。そこに立っているのはティアナ様だ。
ティアナ様の周りには、エレオノーレ様とその友人たちが彼女を移動させようと頑張っているのが見える。
「どっちにしろ、迷惑しかかけないご令嬢だな」
「自国では自分の思い通りにならないことが、なかったみたいだから。余計にエミリアに執着しているのかもしれないわね」
「そんな執着いらないのだけど」
レオ様とグレーテの言葉に、溜息が零れてしまう。
開いたままだった恋愛小説に栞を挟んでから閉じる。それを机の中にしまいこんでから、わたしも出入口へと目を向けた。
エレオノーレ様達に引っ張られるように、ティアナ様が歩き出す。
それでも視線はわたしへと向けられたままだ。
裏口で言い返したのが悪かったのだろうか。
でも、何か言わなきゃわたしの気が済まなかった。
失礼なことを言った覚えはあるけれど、それはお互い様だろう。
それに、わたしが言い返したのはあの一度だけだ。無作法なことをしたのは向こうの方が多い。わたしの反論もお目溢しをもらえる程度の可愛いものだ。
エレオノーレ様に迷惑がかかっているのも、申し訳なく思う。
グレーテやクラスメイト達にも、守ってもらって面倒をかけている。
それはレオ様にもだ。
わたしのことを心配して、時間が空けばすぐにわたしの教室へと飛んできてくれる。領地経営科にも行かず、ずっとわたしの近くに居てくれるのだ。
「どうにかして決着をつけなければいけないわね」
「消すってこと? それは俺に先陣を切らせてくれるんだよね?」
考えが知らぬ間に、口から出ていたらしい。
間髪入れずにレオ様がわたしの顔を覗き込んでくるものだから、思わず笑ってしまった。
「随分と血気盛んだわ。珍しいわね」
「リアの心を曇らせているんだから、俺の敵っていうことでしょ。俺は敵に情けはかけない主義なんだ」
「レオシス様が言うと洒落にならないからやめて頂戴」
「はは、冗談だと思われてる?」
「エミリア、お願いだから冗談にしてあげて。そうじゃないと、この人は本当にやるわよ」
いつも通りの微笑を浮かべつつ、レオ様の瞳には怒りが滾っている。
呆れたようにグレーテが肩を竦めるけれど、それ以上宥めることはしてくれないらしい。
「レオ様、わたし……ティアナ様とお話をするわ」
「話をしてやる必要なんてないだろ」
「このままなのは、わたしも嫌なんだもの。でもそのお話をする時に、レオ様は隣にいないでね」
「どうして」
レオ様の機嫌が急降下する。
微笑は消え、感情を映すのはその怒りに燃える瞳だけだ。
グレーテはひゅっと息を飲み、その場で固まってしまっている。
「怒らないで。レオ様が隣に居たら、きっとティアナ様も本音で話してくれないもの。
でも……レオ様がいないのは不安だから、駆け付けられるくらい近くで見ていてね」
不服そうなレオ様はなかなか頷いてくれない。
わたしはレオ様の腕を掴み、「お願い」と首を傾げて見せた。あざといのは自覚しているが、使えるものは何でも使わないと。
「……防御魔法の射程範囲内にいさせてくれる?」
「ええ、お願い。もし何かあったとしても、レオ様の魔法の方が早いから安心だわ」
「はぁ……今回だけだからね」
「ありがとう、レオ様」
にっこりと笑って見せると、眉を寄せたレオ様が何とも言えない表情で口を噤んだ。きっと言いたいことをたくさん飲み込んでいるのだろう。
それを分かっていながら、わたしも何も言わなかった。
ゆっくりと息を吐く声が聞こえる。
そちらを見ると顔色を悪くしたグレーテが、細い息を逃しているところだった。
「……あなた達はいちゃいちゃしてくれている方がまだいいわ」
そうか細い声で言うものだから、レオ様と顔を見合わせて笑ってしまった。
***
エレオノーレ様に取次ぎをお願いして、裏庭へとティアナ様を呼び出してもらった。
レオ様は気配を消して、裏庭の中に紛れている。
グレーテとエレオノーレ様も、少し離れた場所で待機してくださるそうだから、それは素直に甘えることにした。
約束の時間、五分前。
腕時計に目をやると、わたしの背後で足音がした。
肩越しに振り返ると、そこに立っていたのはティアナ様。相変わらず表情はないけれど、その眼差しの湿度は高い。
「あなたから呼び出されるなんて、思わなかったわ。一体何の用かしら」
ティアナ様は胸の前で両腕を組んでいる。
わたしは体ごと振り返り、扇をゆっくりと開いた。
「ごきげんよう、ティアナ様。お時間をいただきありがとうございます」
「そういうのはいらないわ。それで、何の話?」
吐き捨てるような言葉──随分と嫌われてしまったようだ。
でもそれは、お互い様なのだけど。
「では本題に移りますが……ティアナ様こそ、わたくしに御用があるのでは?」
「は? 私が?」
「ええ。いつもわたくしのことをじっとりと見つめてらっしゃるでしょう? 何か言うわけでもなく、ただじぃっと見つめられては落ち着きませんもの。何かあるなら、お話を伺おうと思いまして」
「自意識過剰ね。私があなたを気にかけているといいたいわけ?」
「そうでございましょう? わざわざわたくしの教室までいらして、じっと視線を送られるのですもの。それとも──」
わたしは一度言葉を切り、扇で口元を隠しながら薄く笑った。
不意に強く吹いた風に煽られ、木々が波のように騒めきだす。
「──お目当ては、レオシス様かしら」
わたしの言葉に、ティアナ様のお顔が一気に赤くなった。




