14.応酬
カフェテラスでの一件があってからというもの、至る所でティアナ様と行き会うようになってしまった。
廊下で会うのは、まぁ偶然だろうと思う。でもクラスや図書室、演習場にも現れるのは……間違いなく、わたしに会うためなのだろう。
会えば、色々と苦言を呈される。授業や試験のこと、それから髪型や制服の着こなしについて。正直、言いがかりに近いと思う。
エレオノーレ様はティアナ様をわたしから離そうと尽力してくださっているけれど、ティアナ様の行動力の方が上のようだ。
最近ではエレオノーレ様のことを撒いてから、わたしの元へやってきているらしい。
ティアナ様がいなくなったら、エレオノーレ様はわたしの元で待っていたら先回り出来るんじゃないかしら。
「……わたし、何かしたと思う?」
「エミリアは何もしていないわよ。あの公爵令嬢様が、エミリアをライバル視しているだけでしょ」
「ライバルってお互いを高め合う関係性でしょ。ただ一方的に貶められているんだから、ライバルとは違うんじゃないかしら」
「じゃあ、敵視?」
「そっちの方が近いわね」
空き教室には、わたしとグレーテしかいない。
この時間は先生の都合で自習となったので、課題に取り組むことになっている。
普通なら教室で課題を解くのだけど、わたしは特別に空き教室でひっそり課題をやることが許可された。今のわたしを取り巻く現状を先生もご存知らしい。
わたしのクラスだけでなく、魔法学科の私の属する学年全クラスが自習となった。
そんな時間に、ティアナ様がやってこないわけがないだろうというのが、わたしのクラスの総意なのだ。
「レオシス様は?」
「今日は領地経営科。急に自習が決まったから、こちらに来ることが出来なくて。くれぐれも気を付けるようにって念を押されたわ」
課題の問題を解きながら答えると、グレーテは「心配するのも仕方ないわね」なんて笑っていた。
正直、毎日のように苦言を呈されるのは疲れる。
そのほとんど……いや、すべてが言いがかりに近いのだから真面目に聞く気が失せるというものだ。
でも、言いがかりだからと自分で分かっているからこそ、聞き流すことが出来ている。
言わせておけばいい。心から、そう思えるほどに……ティアナ様の言葉はわたしに届かないのだ。
「今朝は何を言われたんだった?」
「ええと……確か、ティアナ様への挨拶が遅いって言っていたかしら」
「何よ、それ」
「気付かなかったのよ。それは申し訳なかったけれど、わたしの後方に居たから、見えなかったのも仕方がないと思うのよね。恥をかかせたって怒ってしまって」
「言いがかりにもほどがあるわね」
げんなりと溜息をつくグレーテを見ていると、くすくすと笑い声が零れてしまう。
心配してくれるのも、理不尽さに同意してくれるのも嬉しいのだ。
「わたしは気にしていないから大丈夫よ。それよりもエレオノーレ様が心配だわ。フューラー家にもお詫びの手紙が何通も届いているもの。両親は事情を知っているから、問題ないのだけど」
「留学が早めに終了する可能性もあるらしいわね。これだけ騒ぎを起こしていたら当然だと思うし、アンネリーゼ様にももちろん話はいっているだろうしね」
「学びに来てくださったのに、こういうことを言うのは失礼だけれど……学園の安寧の為にも早めにそうしてくださったら嬉しいわね」
情報通のグレーテが言うのだから、ティアナ様は近いうちにお国に帰ることになるだろう。
できるならエレオノーレ様がストレスで参ってしまう前に、そうなると有難い。
それと……心配性なわたしの婚約者が、限界を迎えてしまう前に。
空き教室での自習後も、わたしはグレーテやクラスメイトたちに手伝ってもらって、なんとか隠れ回って一日を過ごした。
ティアナ様はわたしを探していたようだけど、皆の協力のおかげで、今日は比較的平穏な日になったと思う。あとで何かお礼をしなくては。
あとは帰宅するだけ。
レオ様とは裏口で待ち合わせをして、馬車もそちらにつけてもらっている。
もう今日は大丈夫。
そう油断していたのが良くなかったのかもしれない。
「エミリア様!」
わたしを呼び止める声が、裏門に響く。
そしてわたしの隣では、レオ様が盛大な舌打ちをしている。わたし以外に聞こえていないといいのだけど……と思ったら、御者が驚いたように目を丸くしていた。
わたしは一度深呼吸を繰り返し、扇を開いてから振り返った。
「まぁティアナ様、ごきげんよう」
「あなた、一体どこにいたの!?」
腰に両手を添えたティアナ様は、怒りを露わにしてわたしを見ている。
朝以降、わたしが捕まらなかったから相当イライラしているらしい。
「わたくしにご用事でしたか?」
「用事というか……どうしてあなたは教室にいなかったの?」
「先生のお手伝いをしたり、色々と忙しかったものですから」
扇を開いたまま、微笑んで見せる。
わたしの返事に溜息をついてから、ティアナ様も一転して笑みを返してきた。
その様子は先程までのような、わたしがいなくて癇癪をおこしている姿とはまるで違っていた。
驚いた。
優秀だというのは、噂が一人歩きしたわけではないらしい。
あの姿から立て直して見せるのは、さすがと言うべきなのだろう。
「侯爵令嬢であるあなたと、少しお話がしたいだけなのに。どうして私から逃げ回っているのかしら」
「あら、逃げ回るなんてひどいお言葉。わたくしにそんなつもりはありませんが……わたくしが逃げるような何かを、ティアナ様はされていたということですか?」
「私に思い当たるものはないのだけど、何か後ろ暗いことがあるから逃げていたのではなくて?」
「いいえ、なんのことでしょう。他国までわざわざ学びにいらしたというのに、わたくしにまでお心配りをしてくださって感謝しておりますのよ。些細なことでもわたくしにだけは特別にお声をかけてくださるでしょう?」
「くくっ……リア、そろそろやめてあげたら」
堪えきれないとばかりにレオ様が低く笑う。片手で口元を押さえているけれど、もう遅いのではないかしら。
ティアナ様の微笑みが一瞬だけ崩れた。
煽られるのは慣れていないのかしら。自国では高慢な公爵令嬢として有名だったそうだから、こうして盾突く者はいなかったのかもしれない。
「……本当に、気に食わない女ね」
「ふふ、お気持ちが隠せていませんわよ」
淑女の仮面をかぶることをやめたのか、微笑を消したティアナ様がわたしのことを睨みつける。
「レオシス様、婚約を考え直した方がいいわ。礼儀も知らないエミリア様よりも、私の方があなたにはふさわしいでしょう」
「礼儀を知らない? それは自己紹介かしら?」
「あはははは! だめだって、俺はリアのそういう煽りに弱いんだから」
堪えられずにレオ様が大きく笑いだす。
ティアナ様はかあっと顔を赤くして、その眼差しはわたしのことを射殺さんばかりにひどく鋭い。
「不敬だわ。あなたも、エミリア様も! 私が誰か分かっているの!?」
「先に礼を失したのはティアナ様ですわ。確かに家格はティアナ様が上ですが、何をしても許されるわけではありません。ここは自国ではないことを重々ご承知おきくださいまし」
まだ何か言い募ろうとするティアナ様からわたしを隠すように、レオ様はわたしの前に移動した。広い背中に隠されて、ティアナ様の姿はもう見えない。
「さっきの返事だけど……俺はリア以外は興味がないんだ。リアだけが俺の心を震わすことができるんでね」
そう言ったレオ様は、わたしの手を取って馬車に向き直る。
気配を消していた御者が素早くドアを開けてくれる。わたしはレオ様のエスコートで馬車に乗り込み、続いてすぐにレオ様も隣に滑り込んだ。
ドアが閉まり、馬車がゆっくりと動き出す。
レオ様がカーテンを閉める間際、エレオノーレ様が走ってくるのが見えた。
「……エレオノーレ様を走らせるなんて、ティアナ様以外に出来ないわね」
思ったことを口にしただけなのに、またレオ様は笑い出した。




