51. 父の頼み
「それで、その時の文句を言うために、わざわざ来られたのか」
怒鳴った後もなお肩で荒い呼吸をしている父に、旦那様が尋ねた。
父はソファに座り直してバツが悪そうに口を開く。
「来月、王宮で夜会がある。それに我が家も出席する予定だが、その準備のためにいくらか用立ててほしい」
「つまり、金を貸してほしいと?」
旦那様の問いかけに、父は顔を顰めて頷いた。
「このところ出費がかさんでな。親戚や知人に頼めばどんな噂が立つかわからんし、街の金貸しのような下賤な者に頼るわけにもいかん」
父の言い分を聞いて私は呆れてしまった。
プライドの高さから、他人に頭を下げて頼むことができないけれど、私たちは頭を下げずとも貸してくれると思っている。
現に、この人は一度も頭を下げていない。
私たちのことを下に見ているのだ。
「随分と贅沢な生活をしているようだがな。持っている金品を売ったらどうだ」
旦那様が冷たく言い放つ。
すると、父は再び声を荒げた。
「そんなことをすれば噂になる!それに、お前達はわしに恩があるだろう!」
「恩……だと?」
旦那様の目が鋭く細められた。
「そ、そうだ!アンジェリーナが考えたという領地の特産品は、今や王都の注目の的になっている!それは、アンジェリーナを嫁がせたわしのおかげだろう!」
父は自信に満ちた表情で高らかにそう言った。
「だから、恩返しと思って援助をするのが当然だろう!」
……この人は何を言っているのだろう。
私は父の傲慢さに腹が立ってきた。
この人が私を嫁がせたのは辺境伯領の役に立たせるのが理由ではない。
単に、辺境へ行くのを拒んだ異母妹の代わりに私を嫁がせただけじゃない!
父に反論しようとした私を、旦那様がそっと制した。
「それは、貴殿の手柄ではない」
静かな怒りを孕んだ声で旦那様が言った。
「娘を売り払うように嫁がせた貴殿が、彼女の功績を自分のことのように語るな」
そう言って旦那様は父を鋭く睨みつけた。
旦那様の眼光に、父は一瞬怯んだけれど、声を絞り出して反論する。
「う、売り払ったなどと、人聞きの悪い!」
「ならば、アンジェリーナと結婚する際、貴家に渡した支度金は何に使った?辺境に嫁ぐだのなんだのと言うから結構な額を渡したはずだが?」
「なっ……支度金だと?」
旦那様の指摘に、父が明らかに狼狽えた。
私が嫁ぐ際、嫁入りの準備にあてるお金として辺境伯家から実家に支度金が渡されていた。
本来ならばそれを使って、服や調度品を準備するのだけれど、使ってもらった覚えはない。
「彼女が我が家に持って来たのは、着古された服と母親の形見の装飾品で、新しいものは一つもなかったと、メイドが言っていた。一方で、貴殿らは高価な買い物を繰り返していたようだな」
旦那様が言葉を紡ぐたび、父の顔から血の気が引いていく。
「娘の結婚のための支度金を横領した人間が、金を貸して当然だと娘の婚家によく言えたものだな」
「ううっ……」
父は何も言い返せず呻くことしかできなかった。
「これ以上そのような態度をとるのならば、支度金の件を公にしても良いが……」
旦那様の言葉に、父は慌てて身を乗り出した。
「ま、待ってくれ!それだけはやめてくれ!」
テーブルに両手をついて、弱々しく頭を下げる。
「妻やロゼリアの新しいドレスを仕立てられなければ、恥をかいてしまう!頼む!援助をしてくれ!」
旦那様はしばらく父を見つめていたけれど、やがて、ため息を一つ吐かれた。
「……わかった。今回に限り、援助をしよう」
その言葉に、父が勢いよく顔を上げた。
「勘違いするな。これは貴殿のためではない。アンジェリーナのためだ。実家の不甲斐なさで彼女に恥をかかせるわけにはいかないからな」
「返済は必ずしてもらう。書類を用意させるからそれにサインを」
「うう……わ、わかった」
こうして、父は用意された書類にサインをすると、お金を受け取って帰って行った。
感謝の言葉を言わなかったのは、父なりの反抗なのだろう。
「よろしかったのですか?」
「さっきも言った通り、君に恥をかかせない為だ。それに、借用書を書かせたからな。むこうもこれ以上図に乗ることはないだろう」
そう言ってにやりと笑う旦那様に、私も安心したのだけれど……。
——翌月、父は王宮の夜会で一騒動起こすことになる。
次回更新は
11月3日(火)20時です




