50. 実父の来訪
お父様がいらっしゃった……?
「父が、来たのですか……?」
「はい。奥様がお戻りになる一時間ほど前でしょうか」
ステファンがそう言って頷いた。
「奥様のご不在をお伝えしたら、奥様がお戻りになるまで待つと仰せでしたが……」
そこで言葉を区切り、ステファンは眼鏡を押し上げた。
「旦那様より、『許可なくフェルナー伯爵家の者を家にあげるな』と仰せつけられておりますので、丁重にお帰り願いました」
私はそれを聞いてため息をついた。
「そう……。あの人のことだから、素直に帰らなかったでしょう?ごめんなさい」
絶対文句を言ったに違いないわ。
対応してくれたステファンに申し訳なくなる。
けれど、ステファンは穏やかな笑みを浮かべて首を振った。
「少々ご不満そうではありましたが、ご心配には及びません。ただ——」
ステファンが眉を僅かに寄せた。
「『また来る』、と」
「そうでしょうね……」
私は思わずこめかみを押さえた。
そうよ。一度断られたくらいで諦める人じゃないわ。
来訪理由もきっとろくなことではないでしょうけれど、何回も来られるのも困る。
「……旦那様にご報告するわ。どうするかご相談もしたいし。旦那様がお戻りになったら教えてちょうだい」
「かしこまりました」
私の言葉にステファンは頭を下げた。
一時間ほど経って、旦那様が帰宅された。
私はすぐにお時間をとっていただき、父が来たことをお話しした。
「……そうか。一体何の用があって来たのやら。先日の慰霊の日の件の嫌味でも言いに来たのか」
私の話を聞き終わった旦那様は、ため息をついて言った。
先月、家令を辞めさせてしまった父が慰霊の日の準備に困り、私に手伝わせるために遣いをよこした。
嫁いだ私が手伝うことはないとはっきりと断ったけれど、あれからどうなったのかしら。
どうなっていたとしても、父は私が断ったことが許せないのかもしれない。
「父のことです。何度追い返しても諦めずに来るでしょう。ですから、一度会って話を聞いてみようかと」
父に何を言われるかわからないけれど、ここにはステファンもメイサもいる。
それに……旦那様も。
だから、あの人に何を言われても傷つかないわ。
「そうか。それならば、俺も同席しよう。」
旦那様がこうおっしゃったので、私は父に三日後のお昼過ぎに来てほしいと手紙を出した。
*
三日後。私の父、フェルナー伯爵が来訪した。
応接室に案内された父は、ソファに座っている私を見つけるなり怒鳴りつけた。
「不在だった挙句、父親を手紙で呼びつけるとは何事だ!」
すると、私の隣に座っていた旦那様が静かに口を開いた。
「前触れもなく突然やって来る方が礼に欠けていると思うが」
「へ、辺境伯……!?」
旦那様に気がついた父の顔が引き攣る。
父への手紙には、旦那様が同席することは一言も書いていない。
まさか、旦那様もいるとは思っていなかったのだろう。
「何故ここに……?」
「何故だと?おかしなことを言う。俺はこの屋敷の主だが」
旦那様がそう答えると、父は顔を真っ赤にして目を吊り上げた。
「ば、馬鹿にするな!……まったく、お前の夫はお前と同じでわしに恥をかかせるのが好きらしい」
吐き捨てるように言うと、父はソファへ乱暴に腰掛けた。
「慰霊の日の準備もそうだ。素直に手伝えばいいものを、父親の頼みを断りおって……おかげで親戚中に恥を晒すことになったわ!」
どうやら、私が断ったので父は親戚たちに慰霊の日の準備について聞いてまわったようだ。
「家令に全て任せておいて、その家令を辞めさせたのは貴殿だろう。自業自得だ。アンジェリーナに非はない」
「うるさい!おとなしく従っておれば良いのだ!」
父は声を荒げると、テーブルを強く叩いた。
……この人は昔からそうだ。
自分の非を認めず、都合が悪くなると喚き散らして人や物に当たる。
以前は、そんな父に怯えていたけれど、今はむしろ可哀想に思えてくる。
次回更新は
10月30日(金)20時です




