48. 王宮の料理人
赤豆のペーストが王宮の夜会に?
そのために、作り方をお教えする?
思わぬ展開に戸惑った私は旦那様を見つめた。
「君の作った甘味は、思っていた以上に陛下の心を掴んだようだ。まだ手に入りにくい話題の甘味を夜会で振る舞うことは、王家の威光を示すことにもなる。王宮の料理人たちに作り方を教えてほしいそうだ」
旦那様はそう言うと、気遣うような眼差しで私を見つめた。
「この甘味は、領地のために君が考えたものだ。もし君の気が進まないなら、俺の方から断ってもいいが……」
「まあ!断るだなんてそんな!」
私は思わず声を上げた。
「とても光栄なお話です。王家の夜会で振る舞われたとなれば、より一層皆さんの話題にのぼることでしょう」
旦那様は、領地の外に作り方が広まることで、特産品としての価値がなくなることを懸念しておられるのかしら。
それはもっともなことだと思う。
けれど、王宮の料理人の方々にお教えするのは、作り方だけ。
あれは、小豆——赤豆があって初めて作れるものなのだから。
今のところ、辺境伯領と王宮以外であのペーストが作られる心配はない。
「それほどお気に召していただけたのならば、夜会以降も陛下がお求めになるでしょうし、赤豆の良い取引先になりますわ」
私がそう言うと、旦那様はほっとしたような表情を浮かべた。
「そうか……君らしい考え方だな。では、お受けすると陛下にお伝えしても良いか?」
「はい。よろしくお願いします」
私は微笑んで答えた。
*
三日後、王宮の料理人の方が別邸を訪れた。
三十代半ばほどの男性で、副料理長を務めているという。
「ようこそお越しくださいました」
私が挨拶をすると、彼はわざとらしくため息をついた。
「はあ……よろしくお願いいたしますよ」
彼は気怠げな様子で挨拶を返した。
厨房へご案内すると、彼はまるで値踏みするような目つきで厨房を見回した。
「では、始めさせていただきます」
「ええ。手早くお願いいたしますよ。私は忙しいのでね。田舎の料理に付き合っている暇はないのです」
その言葉に私は目を丸くした。
い、田舎の料理ですって!?
この方は、どうやら辺境のものだからと軽んじていらっしゃるようだ。
なるほど、こういう考えの方もいらっしゃるのね。
驚きつつも、私は自分の役目に集中することにした。
「承知いたしました。では、まずはこちらの赤豆を洗い、たっぷりの水を入れた鍋に入れて火にかけてください」
私の言葉に、王宮の副料理長はボウルに入った赤豆をのぞきこんだ。
「……赤豆。その名の通り、赤みがかっていますね。この豆が甘味になるとは……」
そう言いながら、彼は豆を一粒摘んで眺めた。
よかった。初めて見るものだから、興味を持ってくれているみたい。
その後、彼はこちらの説明通りに手順をこなし、疑問点があれば積極的に質問をしていた。
その姿からは、彼の仕事に対する責任感が感じられた。
豆が柔らかくなって砂糖と蜂蜜を入れると、甘い香りが厨房いっぱいに広がった。
「豆といえば、スープやサラダに入れるものだとばかり思っていたが……このように食べる豆もあるのですね」
鍋を混ぜながら、副料理長がぽつりと呟いた。
「……味見をどうぞ」
私はペーストを小皿に取って副料理長に差し出した。
スプーンに掬って口に運んだ彼は、ふっと目元を緩ませる。
「甘いですな。なんとも不思議な味わいだ」
ゆっくりと味わった後、彼は私に向き直った。
「先ほどの、無礼な発言をお詫びしたい。己の視野の狭さを思い知りました」
そう言って帽子を取り、彼は私に頭を下げた。
「顔を上げてください。王宮の料理人の方にこの甘味を認めていただけて、嬉しゅうございます」
「この甘味をどのようにして夜会の席に出すか、王宮へ持ち帰って話し合おうと思います」
副料理長はそう言うと、出来上がったペーストと赤豆を持って王宮へ帰って行った。
次回更新は
10月23日(金)20時です。




