46. 王都到着
辺境伯領を出発してから十日後。
私たちは王都にある辺境伯家別邸に到着した。
屋敷の玄関では、別邸の使用人たちが並んで出迎えてくれた。
「旦那様、奥様。お帰りなさいませ」
そう言って頭を下げたのは、別邸を預かる執事長のステファンだ。
いかにも生真面目そうな雰囲気の眼鏡をかけた男性で、サイモンの甥だと聞いている。
「ああ。一ヶ月ほど世話になる」
「かしこまりました。奥様も、何なりとお申しつけ下さいませ」
「は、はい!」
私が答えると、ステファンはもう一度恭しくお辞儀をした。
私は結婚式の夜に一晩泊まっただけだから、この別邸のことをよく知らない。
早速ステファンから屋敷の事を教えてもらうことにした。
まずは、使用人についてだ。
別邸にはステファンの他にもう一人の執事と料理長、三人のメイドが住み込みで働いている。あと、通いの下働きのメイドと庭師がいるという。
「こちらは、辺境伯家の皆様が王都にいらっしゃった時に使うお屋敷です。そのため、使用人の数は領地の城塞より少なくなっております」
そう話しながら、ステファンはお屋敷の中を案内してくれた。
寝室や食堂などは、城塞内の居住区域と大きく変わりはない。
「こちらが、ご夫婦の寝室でございます」
ステファンが二階の奥にある部屋の扉を開ける。
二人で過ごすには十分すぎるほどの広い部屋。
壁際には大きなベッドが一つ置いてあり、窓辺にはソファと小さなテーブル。そして、私が身支度する為の化粧台まである。
結婚式の夜に泊まった時の記憶そのままの部屋だった。
たった一晩だけ泊まったこの部屋で、今度は一ヶ月も過ごすのね。
なんだか不思議な感じだわ。
「では、厨房にもご案内させていたします」
ステファンがそう言うと、私たちを厨房へ案内する。
厨房は、辺境伯領の城塞より規模が小さいけれど、それでも十分広かった。
普段の食事は料理長一人で作っているそうだが、今回のように滞在する人が増える時は、通いの料理人を数人雇うそうだ。
「こちらが料理長です」
「お会いするのは初めてですね。よろしくお願いいたします、奥様」
ステファンに紹介され、料理長と握手を交わす。
「ええ、よろしくお願いいたします。……あの、明日厨房を使わせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「奥様が、厨房をお使いになるのですか?」
私の申し出に、料理長が不思議そうな顔で聞き返した。
「ええ。赤豆のペーストを作りたいのです」
私がそう答えると、料理長が目を丸くした。
「ああ!あの、新しい特産品だという!奥様がご自分でお作りになるのですね!」
料理長は快く厨房を使用を許してくれた。
さらに、興味があるので手伝わせてほしいと申し出てくれたため、お願いすることにした。
領地から持ってきたペーストもあるけれど、陛下には作りたてを味わっていただきたい。
そのために、材料の赤豆も持参して来た。
十の月に収穫したばかりの赤豆で、涼しい気候の中での移送だったから、傷んでる心配はないだろう。
多めに作ってこの屋敷の皆にも振舞おう。
マチルダ叔母様にもお贈りするのもいいかもしれない。
そう考えて、私は胸を躍らせた。
*
その夜は、料理長が腕によりをかけて作ってくれた夕食を楽しみ、早めに休むことにした。
——そこで、私は気づいてしまった。
これから一ヶ月は、旦那様と一緒にこの部屋で眠ることになる。
部屋には大きなベッドが一つ。
旦那様と一緒に使うのよね……?
王都までの道中に泊まった宿屋でも同室だったけれど、ベッドは二つだった。
けれど、ここにあるベッドは一つだけ。
私は結婚初夜に旦那様から夫婦生活を拒否されている。
同じベッドを使うなんておこがましいわ。
初夜はたしか、朝が早いからと旦那様は別のお部屋でおやすみになったはず。
でも、一ヶ月も別の部屋で休んでいただくわけにもいかないし。
考えた末に、私が出した結論は……。
「旦那様、私はソファで眠ります」
旦那様と部屋で二人きりになり、私はそう旦那様に伝えた。
「何故そうなるんだ」
旦那様は戸惑っているような、呆れているような顔をされた。
「旦那様と同じベッドを使わせていただくなんて、申し訳ありませんわ。どうぞ、旦那様がベッドでお休みください」
私の言葉を聞いた旦那様は、目を見開いた。
そして、額に手を当てると深いため息をつく。
ど、どういう意味かしら……。
「それならば、君がベッドで寝るといい。妻をソファで眠らせるなどできない」
「そんな!ソファではお体が休まりません!」
「大丈夫だ。俺は野営でベッド以外の場所で寝るのにも慣れている。君はこれから慣れないことばかりで疲れるだろう。だから、遠慮せずにベッドを使いなさい」
旦那様は有無を言わせない口調でおっしゃった。
「でも……」
私は断ろうとしたけれど、旦那様は険しい顔をして首を振っていらっしゃる。
その迫力に負けて、何も言えなくなってしまった。
そして——。
「お、おやすみなさいませ」
私はベッドから、ソファに腰掛けている旦那様に声をかけた。
「ああ、おやすみ」
旦那様は穏やかな表情でそうおっしゃると、ソファに横になられた。
……本当に旦那様をソファでお休みさせてしまってよかったかしら。
そんなことを考え続けていたけれど、やがて心地よい眠気に抗えなくなり、そのまま眠ってしまったのだった。
次回更新は
10月16日(金)20時です。




