42. 特別な一日(※アーロン視点)
墓の前でひとしきり泣いた後、
「……さて、村へ戻るとするか」
そう言ってロウが立ち上がり、わしもゆっくりと腰を上げた。
振り向くと、ずっとわしらの後ろにいたサイモンが慌てて背筋を伸ばした。
その顔を見て、わしは目を見開く。
「お前、泣いておったのか」
「……泣いておりません」
すました顔で言うが、目の周りと鼻の頭が赤くなっている。
その隣では、騎士のラウルも同じような顔になっていた。
「お前は、何を腑抜けた顔をしとる!」
ラウルの父であるロウが、息子の背中を力一杯叩いた。
ラウルが思わず顔を顰める。
「そんなんで辺境伯領の騎士がつとまるのか!」
「ラウルは立派に辺境伯軍に尽くしてくれておるよ」
わしはそう言ってラウルを宥める。
ラウルは、十三歳の時に最年少の兵士として辺境伯軍に入った。
我が軍では、新たに軍に入るのは兵士でだいたい二十歳前後、見習い騎士でも十五、六歳だ。
初めはその幼さを理由に断ったが、わしの息子ナタンが熱意に負けて入れてしまった。
「『村や領地を守れるように強くなりたい!』て言われたらねえ……。受け入れたからには、立派な兵士になれるよう責任を持って育てるよ」
と、ナタンは笑っておった。
……その一年後に旅立つやつがあるか。愚か者め。
「ラウルのことは、ナタンも期待しておった。イーサンも頼りにしておる。もちろん、わしもな」
わしの言葉に、ロウもナタンのことを思い出したのだろう。
一瞬だけ目を伏せ、ラウルから離れた。
「……フン。わしに反抗して軍に入ったんじゃ。そうでなくては困る」
そう言って背を向けて歩きだしたロウを見て、わし達は思わず笑みを浮かべた。
*
村に着くと、ロウが家へと案内してくれた。
——ところどころ変わっているが、幼い頃よく訪れていたあの家だ。
家に入ると、ロウの娘のミランが出迎えてくれた。
「先代様、ようこそお越しくださいました。あら?」
ミランが目を丸くしてわしらを見る。
「まあ、皆さん……ひどいお顔をされていますね」
ミランのその言葉に、わしらは顔を見合わせた後、おかしくなって吹き出した。
顔を洗わせてもらい、わしらが腰を下ろすと、ミランとその息子がお盆を持って部屋に入ってきた。
盆には、わしが手土産で持って来た赤豆のペーストと焼き菓子が載っていた。
小ぶりな饅頭も載っているが、これはミランが用意してくれたのだろう。
「こんな庶民の食べ物、お口に合うかわかりませんが……」
ミランが申し訳なさそうに饅頭を差し出したので、
「いやいや。幼い頃、お前さんの父親とよく食べておったよ」
そう答えると、ミランは目を見開いた。
「そうなのですか?」
「ああ。この村に来て遊んだ後、ロウの母親……お前さんの祖母様がおやつに出してくれていた」
「あんたはよく食べるから、お袋も喜んでいた」
わしの隣に座ったロウが口を挟む。
「ハハハ、そうか」
そう言って、わしは饅頭を口にした。
野菜入りの饅頭はどこか懐かしい味がして、わしはじっくりと味わう。
「そう言えば、城下町のパン屋が赤豆のペーストを包んだパンを、『饅頭パン』と名付けていましたな。プラド卿からこの饅頭の話を聞いて参考にしたとか」
サイモンが思い出したように言ってラウルを見る。
ラウルは照れくさそうに頬を掻いた。
あのパンなら、アン達が土産に持ち帰ったのをわしも食べた。美味じゃったのう。
「ああ、それでか。奥様がこの間村に来た時、『この饅頭に赤豆のペーストを入れてみませんか』と言うたのは」
ロウが納得したように言った。
「肉や野菜でなく甘味を中に入れる発想に驚いたが……」
ロウが腕を組んで唸った。
パンの名のもとになった饅頭にも赤豆のペーストを入れようと考えたのか。まったくアンらしい。
「今度作ってみましょうよ。意外に合うかもしれないわよ」
ミランが笑って言ったその時——。
ドーン!と遠くで砲声が響いた。
部屋の隅にいたミランの子供たちが、慌てて母親に駆け寄る。
「大丈夫。あれは空砲じゃ」
わしは子供たちにそう言って家の外を睨む。
また隣国の挑発、か。
「前回は一ヶ月前。その前は、さらに二ヶ月前の六の月」
「間隔が短くなってきていますね」
ロウとラウルが険しい表情をしている。
「戦争になっちゃうの?」
ミランの子どもの一人が不安げに尋ねた。
こう頻繁にこの音を聞いていれば不安に思うのも無理はない。
大人は慣れてしまっているが、繊細な子どもには何度聞いても恐ろしいものだろう。
「心配はいらんよ。さあ、こっちに来て甘いものでも食べなさい」
わしはそう言って、赤豆のペーストと焼き菓子をすすめる。
「わあ!ありがとう!」
子どもはすぐ笑顔になって菓子に手を伸ばした。
ペーストをつけて、美味しそうに頬張る顔にわしの頬も緩む。
この子らの笑顔が曇らぬようにせねばな。
*
「今日はお前さんと会えてよかった」
帰りの馬車に乗り込む前に、わしは見送りのロウにそう言った。
「ああ。わしも、死ぬ前にあんたともう一度話せて良かった」
「こらこら。縁起でもないことを言うな。あの甘味がどうなるのか見届けるのだろう」
アンが見出したこの村の赤豆。その豆で作られたペーストがどこまで受け入れられるか。
わしらはとても興味があった。
「そうだな。あんたも、ひ孫を見るまでは長生きするつもりだろう?」
ロウがわしを見てニヤリと笑う。
ひ孫……ひ孫のう……。
まだまだ先のような気もするが……。
「そうじゃのう。それはそれで楽しみじゃ」
さっさとくたばらぬよう、ロウと互いに約束を交わして、わしは村を後にした。
屋敷に戻ると、アンがわしに気づいて駆け寄って来た。
「おじい様!おかえりなさいませ。お出かけはいかがでしたか?」
陽だまりのような暖かな笑顔でそう尋ねてくる。
「そうじゃのう……。昔の友人と久しぶりに語らえて……とても良い一日じゃった」
そう答えると、アンは「それは良かったですね」と、いつものように優しい微笑みを浮かべた。
次回更新は
10月2日(金)20時です。




