40. 先代領主と村の過去② (※アーロン視点)
※今回は、過去の戦争に関する重い内容を含みます
——わしが九歳の頃、辺境伯領に異民族がやって来た。
故郷を追われ、定住の地を求めてさすらう民たちだった。
この国への定住を願い出たが、どこの領地も引き取りたがらなかった。
辺境に置いておけば何かの役に立つだろうと、半ば押し付けられる形で辺境伯領が引き取ることになった。
突然移住して来たよそ者に、領民はあまり良い顔をしなかった。
しかし、わしは異国の者たちに興味を持ち、よく村へ行っていた。
「村長!ロウはいるか?」
「坊ちゃん、また勝手に来たのか?」
村長の家に顔を出すと、村長があきれながら言った。
初めは、突然やって来た領主の息子に慌てふためいていて城へ返そうとしていたが、それも数回重ねると、諦めて受け入れてくれるようになった。
「アーロン!よく来たな!」
家の奥から村長の息子のロウが走って出て来た。
すかさず村長がロウの頭に拳骨を落とす。
「いてえ!」
「コラ!『坊ちゃん』と呼べと言っただろう!」
頭を押さえるロウに村長が怒鳴りつけた。
「いいんだ。俺がそう呼んでほしいって言ったから!」
「しかし……こういう事はきっちりしないと、あなたが他の者に舐められてしまう。領主様もどう思うか……」
わしが宥めても、村長は渋い顔をしてぶつぶつ言っていた。
「いいんだって!ロウ、行こう!」
そう言ってロウを連れ出し、村の他の子どもも誘って日暮れ近くまで遊んだ。
初めは護衛を連れて一人で行っていたが、そのうち、一つ年下のサイモンも一緒に連れて行くようになった。
村の大人たちは、初めはわしらを遠巻きに見ていたが、わしがこの国に来るまでの話を尋ねると、他国の文化について丁寧に教えてくれた。
「俺、大きくなったら、父さんみたいな村長になって、領主になったお前を支えてやるからな!」
ロウは口癖のようにそう言っていた。
大人になってもロウとは良い関係が築いていけそうだ。
そう思っていたのに——。
*
「父上!どうしてですか!?」
十歳になったばかりの頃。
隣国ヴァルディア帝国との戦争が始まった。
わしは、辺境伯である父の決定に納得がいかず、詰め寄っていた。
「どうして、ロウたちの村の人を戦争に行かせるのですか!」
辺境伯領では、戦力を補うために、軍の兵士以外にも非常時の民兵として領民の男たちを徴兵した。
その多くは異民族の村人で、その中にはロウの父である村長もいた。
「戦争なんだ。仕方がない」
背を向けたまま、父は低い声で言った。
「では!彼らを前線に送ったのはなぜです!彼らは農民です!それなのに、どうして……」
「我が辺境伯領のためだ!」
父が声を荒げた。振り向いた父は、辛そうに顔を歪めていた。
「……初めにやつらが攻撃したのは、我が領と同じく、帝国と国境を接する隣の領だ。辺境の要たる我が領が狙われなかったことで、王都から疑いを持たれている。——辺境伯領が帝国と通じている、とな」
「そんな……隣の領地を先に攻め、そこから我が領を攻撃するつもりだったのかも……。あるいは、我らに恐れをなして、あえて隣の領地を……」
「そうかもしれん。しかし、我が領にはあの異民族たちがいる。彼らが内通したのではと言われているのだ」
その疑いを晴らすために彼らを前線に——?
わしは、腹の底から怒りが湧き上がってくるのを感じた。
「彼らを前線に送らずとも、辺境伯軍は強い!完膚なきまでに敵軍を蹴散らし、疑いを晴らすこともできるでしょう!?」
「だが、それでは完全に疑いを晴らすことはできぬ!」
父がさらに大きな声で怒鳴った。
「彼らを犠牲にすることで、国内での無用な争いを避けることができるのだ……わかってくれ……」
絞り出すような父の声に、わしはそれ以上なにも言えなかった。
*
それから、一ヶ月後。
辺境伯軍は国境近くで粘り強く奮闘し、敵軍を撤退させることができた。
——前線へ送られた異民族の村人全員の犠牲のもとに。
「アーロン様、もうあの村へ行ってはいけません」
護衛やサイモンが止めるのを聞かず、わしは異民族の村へ行った。
子どもたちの笑い声が響いていた村は静まり返り、まるで誰もいないかのようだった。
わしは、村長の家へと向かう。
村長の家も、他の家と同じように戸や窓が閉められ、家の中からは微かにすすり泣く声が聞こえていた。
不意に、入り口の引き戸が開いて中からロウが出て来た。
元気に駆け回っていた頃の姿ではなく、ふらふらとおぼつかない足取りだった。
「ロウ……」
わしが声をかけると、ロウは目を見開いた。
そして顔を真っ赤にして目をつりあげると、わしに駆け寄り胸ぐらを掴んだ。
サイモンが顔色を変えてロウの腕を掴む。
しかし、振り払われた勢いでその場に転んだ。
「お前!よくも、平然とここに来れたな!」
ロウはそう叫んでわしの顔を殴った。
「お前たちのせいで、父さんたちは!!」
倒れたわしに、さらに掴み掛かろうとするのを護衛に止められながら、ロウはわしに怒りをぶつけた。
「ロウ、俺は……」
そう言いかけたが、どう声をかければいいかわからなかった。
ロウを慰めようと、彼らにしたことを詫びようとしてここに来た。
しかし、なんの意味がある?
そんな事をしても、ロウの父親や、死んでしまった皆は戻らない。
「もう二度とここに来るな!」
そう怒鳴って、ロウは家の中に入って行った。
「アーロン様、帰りましょう……」
サイモンがわしに近寄って声をかける。
あまりにも無力な自分が情けなくなり、わしは俯き、声を殺して涙を流した。
*
「——アーロン様」
サイモンの声でハッと我に返る。
いつの間にか、眠っていたのか。
「着きましたよ。……どうかなさいましたか?お顔の色が優れぬようですが」
サイモンはそう言って、心配そうにわしの顔を覗き込む。
「夢を見ていた。……昔の夢をな」
わしの言葉にサイモンは何か察したのか、ゆっくりと頷き、
「……さようでございますか」
とだけ答えた。
次回更新は
9月25日(金)20時です。




