39. 先代領主と村の過去① (※アーロン視点)
ゆっくりと目を開けると、外はまだ薄暗い時分だった。
年々目覚める時間が早くなっていることに、歳をとっているのだと実感する。
軽く体を動かしていると、家令のサイモンが部屋に入ってきた。
この男とは幼い頃からの付き合いだ。
「おはようございます。朝食をお持ちいたしました」
「うむ」
普段ならば孫夫婦と食堂で食べるが、今日は一人で食べたい気分だった。
それに、たまには夫婦水いらずで食事をさせた方が仲も深まるじゃろうて。
結婚した経緯ゆえに、あの夫婦は最初は随分とぎこちなかった。
しかし、最近は少しずつ打ち解けているようにも見える。
実に微笑ましい。
今日の朝食は、目玉焼きとハムに野菜が添えられたもの。そして、シンプルなトーストだった。
「なんじゃ。あのペーストはどうした」
赤豆のペーストにバターを乗せて食べるのが美味いのに。
「後ほど召し上がる予定でしょう。食べ過ぎはよくありませんので」
すました顔でサイモンが言う。
文句を言いたいが、実は最近太ってきた気がするから何も言えん。
「アンに頼んだ手土産はどうなっておる」
「はい。奥様が昨晩ご用意してくださいました」
サイモンが差し出した籠の中には、小さな壺と焼き菓子が入っている。
わしはそれを見て頷いた。
「うむ。さすがはアンじゃ」
あの娘は、嫁いで来たわずかな間に赤豆を使った新たな甘味を考えて領地に広めた。
その甘味は、社交界に顔がきくマチルダ殿の目に留まり、さらに王都の貴婦人たちの間で話題にのぼっているという。
「ところで、先日アンの実家が面倒を言ってきた件はどうなったんじゃ」
嫁いだ娘に自領の行事を手伝わせようとしていたと聞いたが……。まったく、どうしようもない親じゃ。
「はい。奥様がはっきりとお断りなさり、旦那様からも加勢があったことで、あちらも諦めてくださいました」
「ほう」
アンは、実家では自分の気持ちを後回しにするようなところがあったそうだから、実家に押し負けるのではと案じていたが……そうか。
「それはよかったな。イーサンもよく助けているではないか」
「はい。お二人とも、領主夫妻としてまことに頼もしくなられました」
そう答えるサイモンは嬉しそうだった。
朝食後、わしは普段よりあらたまった服を着て、めったに被らない帽子を被る。
供をするサイモンも、わしと同じように外出着を着ている。
「それでは、行こうかの」
「はい。外ではプラド卿が待っております」
外に出ると、馬車のそばに騎士のラウル・プラドが立っていた。わしらに気づくと姿勢を正して敬礼を行う。
「ラウル、今日は頼むぞ」
「はっ!」
わしはサイモンと馬車に乗り込み、ラウルは馬に乗って付き従う。
「あの村へ行くのは何年振りかの……」
今日の行き先である村に思いを馳せ、ぽつりと呟いた。
「幼い頃以来でございますな」
サイモンが静かな口調で答えた。
「そうか……随分と長い間、あの村へ行くことを避けていたんじゃな」
わしの言葉にサイモンは答えず、ただ黙ってこちらを見つめていた。
次回更新は
9月22日(火)20時です。




