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4.料理長は怖い人?


 おそるおそる厨房に足を踏み入れると、体格の良い中年の男性——おそらく料理長だろう——が、若い料理人を叱りつけていた。


 「そんなに小さく切ったら、煮込んでるうちに溶けてなくなるぞ!この馬鹿!」

 

 「も、申し訳ありません!」


 どうやら材料の切り方について叱責されているらしい。

 叱られた料理人は慌てた様子で頭を下げている。


 「切っちまったもんは仕方ねえ!賄いにまわせ!それで別のやつを持ってきてやり直せ!今度は大きく切るんだぞ!」


 「は、はいっ!!」


 料理人が大急ぎで奥の扉に駆けて行く。

 扉の先が食料庫だろうか。


 「料理長、いいかね」


 苛立っている背中に、サイモンが声をかけた。

 このタイミングで?と、思わず驚く。


 「あん?今忙しいのが見てわかんね……」


 案の定、こちらに背を向けていた料理長が苛立ちを隠しもせずに振り向いた。

 視線だけで人を殺せそうな目がこちらをとらえる。


 思わず「ごめんなさい!」と言いそうになるのをどうにか堪えた。


 しかし、私と目が合った料理長は怒鳴りかけて言葉を止めた。

 振り向きかけた姿勢のまま固まり、こちらを見つめている。


 「そこにいるのは、奥様……か?」


 一瞬の沈黙の後、料理長が尋ねる。


 「ああ。ちょうど城をご案内しているところでね」


 「なんだよ!奥様がいらっしゃってるなら、そう言ってくれよサイモンさん!」


 料理長は、サイモンの言葉を遮って彼の腕を遠慮なく叩いた。


 「私は言おうとしたのだがね……」


 ため息をつきながらサイモンが軽く腕をさする。


 「いやあ、驚かせちまってすいませんね」


 頭をかきながら料理長がこちらに向き直る。

 さっき怒鳴っていた人物と同じに思えないほど、親しみやすい笑顔を向けていた。

 

 「いいえ」


 そう答えると、彼はにっと歯を見せて笑い、帽子を取ってお辞儀をした。


 「俺は、料理長のエドガーといいます」


 「よろしくお願いします」


 「昼食を残さず召し上がっていただいたとか。お気に召していただけたようで何よりです」


 「はい。とても美味しかったです」


 そう言うと、エドガーは一瞬眉を上げ、そして、目を細めて笑った。

 話してみると、とても表情豊かな人だ。


 「そいつは嬉しいですね。今日の献立は決まっちまってるんで、リクエストのリゾットは近いうちにお作りしましょう」


 「本当ですか!?」


 思わず声を弾ませる。すると、エドガーだけでなく、サイモンとメイサもつられて吹き出した。


 「あ……少し、はしたなかったですね」


 そう言って恥ずかしくなりうつむくと、三人は慌てて首を振った。


 「いいえ。昨日より打ち解けてくださってるのが嬉しくて」


 「はい。奥様の素直な反応が、つい微笑ましく」


 「可愛らしい奥様だなと」


 口々に褒められて、今度は別の意味で頬が赤くなる。


 「旦那様は、良い奥様をお迎えになりましたね」


 何気なく放たれたエドガーの言葉。

 その言葉に胸の奥がチクリと痛む。


 ——初夜に、拒絶の言葉を投げかけられた。

 私は、本当に『良い奥様』なの?


 「だ、旦那様にそう思ってもらえるよう、頑張ります」


 動揺を悟られないよう、精一杯の笑顔を作った。


 「料理長、我々はこれで失礼するよ」


 ちょうど頃合いだったのか、サイモンがそう切り出すとエドガーも笑顔で頷いた。


 「ああ。奥様、お話できて良かったです」


 そう言って私たちに背を向ける。


 「おい!今度はちゃんと切れただろうなあ!?」


 厳しい料理長に戻った声を聞きながら、私たちは厨房を後にした。




次回更新は

6月2日(火) 20時です。


※10話まで毎日更新です

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