3.寝過ごした朝
翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。
まだ眠りたい誘惑に抗いながら、ゆっくりと頭を働かせる。
——ええと……昨日は湯浴みをした後、急に眠たくなって……なんだか外が賑やかね。
違和感を感じた私は、起き上がって窓に近づきカーテンの隙間から外を見下ろした。
使用人が慌ただしく行き交っていて、訓練をしているのか遠くから掛け声が微かに聞こえてくる。
さらに視線を上へやった私は、太陽の位置が高いことに気づき焦り始める。
——寝過ごした!
慌てて着替えようとしていると、扉が軽くノックされて、侍女のメイサが入って来た。
彼女は一人で着替えようとしている私を見て驚き、
「まあ、奥様。お一人では大変でしょうに」
と、私が着ようとしているドレスにそっと手を添えた。
「ご、ごめんなさい。私、寝過ごしてしまって……」
小さな声で謝罪を口にする。恥ずかしさと申し訳なさで顔が熱い。
呆れられただろうか。
私の心配に反して、メイサは柔らかい声で言った。
「いいえ。大旦那様より、ゆっくり休ませるようにと申し付けられていましたので。私どもも、お部屋への出入りは控えさせて頂きました」
「あ、ありがとうございます」
皆の優しい心遣いに胸が温かくなっていると、お腹から大きな音が鳴った。
そういえば、昨日は到着してから何も食べずに寝てしまったんだった。
私のお腹の音にメイサは一瞬目を丸くして、すぐに表情を緩めた。
「昨晩は何も召し上がらずお休みになりましたものね。お元気なご様子で安心いたしました。お食事を運んで参りますね」
静かに扉が閉められる。
とても気を遣わせてしまったと落ちこむ間もなく、焼きたてのパンの匂いと共にメイサが戻ってきた。
運ばれた料理は昼食を兼ねているのか、朝食にしては豪華だった。
数種類のパンとオムレツ、サラダに豆のスープ、ヨーグルト、果物まで並んでる。
私はスプーンでスープを掬った。
小さく切った野菜と数種類の豆が入っている。
——あら、これは……。
私は赤味のある、やや小ぶりな豆を見つめた。
実家のスープには入ってなかったけれど、見たことがあるような気がする。
一口食べてみると、少し塩味があってどこか懐かしい味がした。
「奥様?もしや、豆のスープは苦手でいらっしゃいますか?」
どこかで食べたのかしらと考え込んでいると、メイサが尋ねた。
「いいえ!とても美味しいです!」
慌てて否定すると、メイサはまだ少し怪訝な顔をしていた。
「それならば、よろしいのですが……。そういえば、奥様のお好きな食べ物を教えて下さいと料理長が」
私は少し考えた。
基本的に好き嫌いはない。実家の領地では、私一人だけ贅沢な食事をとるのが申し訳なくて、使用人達と同じものを食べていたから。
「好き嫌いは特にありません。あ、でも……リゾットは好きです。時々でも出して頂ければ」
前世が日本人だったからか、時々、無性にお米の味が恋しくなるのを思い出して付け加えた。
とんな反応をされるだろうか。膝の上に置いた手を握りしめる。
「はい。もちろん。伝えておきます」
そう言って微笑むメイサに私は胸を撫で下ろした。
全部食べられるか不安だったけれど、空腹とは恐ろしいもので完食してしまった。
「とても、お腹が減っていて……いつもは、もっと少なくても大丈夫なんですけど……」
ごにょごにょ言い訳をする私に、
「残さず召し上がって頂いて、料理長が喜びますわ。では、次のお食事の量は少なめに、と、伝えておきましょうか」
優しく言ってくれるメイサが天使のように見えた。
*
「あの、食後は何をすれば……」
食後のお茶を飲みながら、私はメイサに尋ねた。
寝坊した分、仕事をして挽回しないと!
メイサは頬に手を当て少し考え込んだ。
「そうですね……。領主夫人としてのお仕事は明日から少しずつと、大旦那様から承っているので、ゆっくりお過ごし頂きたいのですが……」
アーロン様やメイサの心遣いはとてもありがたい。
けれど、実家の領地ではいつも繕い物や書類整理を手伝っていたから、何もしてないと落ち着かない性分なのだ。
「……では、城塞をご案内いたしましょうか」
私の気持ちを察したのか、メイサがそう切り出した。
「お願いします!」
私が勢いよく答えると、メイサはくすりと笑い、
「では、家令に伝えて参ります」
そう言って部屋を出ていった。
それから数分後——。
「はじめまして。私は家令のサイモンと申します」
私は一階へ案内されサイモンを紹介された。
灰色の髪と口髭を品よく整えた、落ち着いた風貌の老紳士だ。
どこか見覚えがあると思ったら、昨日アーロン様を宥めていたのがこのサイモンだった。
「よろしくお願いします」
私がお辞儀をすると、サイモンは目を細めて頷いた。
「こちらの城塞は広うございますので、本日は奥様がいらっしゃる居館をご案内いたしましょう。まず、一階には厨房と食堂がございます」
食堂はこじんまりとした使用人用と、私たちの食事や来客との晩餐に使う広い食堂があった。
「夕食はこちらで召し上がりますか?大旦那様もこちらでとられるそうで」
「はい。是非ご一緒させて下さい」
昨日お会いしたきりなので、きちんとお礼とお詫びをしておきたい。
「承知いたしました」
私の答えにサイモンが穏やかに微笑んだ。
「こちらが厨房です。料理長にご挨拶をさせましょう」
そう言ってサイモンが厨房への扉を開けると——。
「お前、それは違うっつってんだろうが!!」
飛び込んできた怒声に私は思わず体を強張らせた。
次回更新は
6月1日(月) 20時です。
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