5.夫人としての責任
厨房を出た後は、二階と三階を案内してもらった。
二階では私と旦那様の部屋のほか、応接間と談話室、書斎を案内された。アーロン様のお部屋もこの階にある。
「談話室は、今は大旦那様と旦那様の語らいに使われておりますが……大奥様ご在命の時には、大旦那様とお二人でよく語らっていらっしゃいました。旦那様のお父君もその奥様と……」
そう話して、サイモンが懐かしそうに目を細めた。
私と旦那様にもそんな風に団欒してほしいと思っているのかしら。私は複雑な気持ちで聞いていた。
三階には、将来生まれるかもしれない子供用の部屋がいくつかと、住み込みの上級使用人達の部屋があった。
「私と、母の部屋もこちらにございます。何かございましたらすぐに駆けつけますので」
メイサがそう言って微笑んだ。
「母?」
「あっ。失礼いたしました。侍女頭のヘレナは、私の母親でして」
「まあ、そうなの?」
私は昨日一度会っただけのヘレナの顔を思い出す。
「ヘレナは、旦那様の母君がご実家から連れていらっしゃった侍女でした。旦那様の乳母も務めておりましたので、メイサは旦那様の乳姉弟にあたりますね」
サイモンの説明に私は目を瞬かせる。
旦那様に近しい人を私に付けてくれた。
ということは、表面上は妻として最低限の扱いをしてくれる——そう思ってよいのかしら?
「ところで、奥様は、ご実家から侍女をお連れにならなかったんですね」
「……はい。だいたいの事は一人でできるので、侍女の手を借りることが少なくて……」
「ああ。それで、お着替えもお一人でなさろうと……」
メイサが納得したように呟いた。
「ふむ」
サイモンが考え込むように顎を撫でる。
「なるほど。よくわかりました。しかし、王都からこちらへの道中は当家の侍女を連れて頂きたかったですな」
「えっ?」
私は思わずサイモンを見る。
たしかに、王都からこちらへの移動の際、護衛は付けたけれど侍女の同行は断った。
旦那様が王都に残るから、人手は多い方が良い。
それに、身の回りのことは一人でできるし問題ない。
そう思っていたのだけれど——。
「——王都の大聖堂で、旦那様と誓いを交わされたその瞬間から、貴女様は『ブラッドレイ辺境伯夫人』です。そのように人に見られていることをゆめゆめお忘れなきよう」
サイモンは厳しい視線をこちらに向けていたが、穏やかに語りかけるように諭す。
「たとえ奥様ご自身のご意志であっても、夫人が侍女を伴っていなかった事は、我が家の落ち度として周囲に受け取られます。『あの家は夫人を蔑ろにしている』、『夫人付きの侍女を雇えないほど困窮しているのか』と」
そういうと、サイモンは咳払いを一つした。
「——既に、そのような噂が立っております」
その言葉に私は血の気が引いた。
——考えが足りなかった。
ただ、王都の使用人達に負担をかけたくなかっただけなのに……。
それが、この家の評判を落とすことになるなんて。
胸がぎゅっと締め付けられた。
「申し訳ありません。私、なんて浅はかな真似を……」
「ご理解いただけたなら、もう良いのです。こちらも行き届かず、申し訳ございません」
表情をやわらげたサイモンが、優しい眼差しをこちらへ向ける。
「奥様は当家の女主人です。遠慮などなさる必要はございません」
「……はい」
後悔を噛み締めるように、私は小さく頷いた。
「——旦那様も、少々ご配慮が足りませんわ。奥様のご出立なのに、確認もなさらなかったなんて」
メイサが顔を顰めて不満げに言った。
「そんな……旦那様は何も……」
私は思わず旦那様を庇う。
サイモンは小さく笑い声を漏らした。
「メイサは旦那様に手厳しいな。——おや、もうこんな時間ですか。奥様、申し訳ありませんが、続きは明日に」
時計を確認すると、サイモンは深く一礼した。
「はい。ありがとうございました」
そう言って、私達も部屋に戻ることにした。
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次回更新は
6月3日(水) 20時です。
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