36. 王都からの手紙
九の月に入り、私はサイモンや領官長に教わりながら、来月の慰霊の日に向けて準備を進めていた。
「ええと、今年お見舞いを贈る家は十八軒ね」
昨年九の月から今年の八の月までに家族を亡くした家には、領主の家からお見舞いの品を贈るのが慣わしになっている。
私はお見舞いを贈る家の一覧をサイモンと確認していた。
「はい。そのうち二軒は戦死した兵士の家ですので、慰霊の式典で旦那様がその兵士の名を読み上げられます」
「戦死……」
その言葉に胸がざわめく。大きな戦争はないが、北の国境では武装集団との戦闘もある。
先日の戦いでは死者は出なかったが、私が嫁いでくる前の戦闘で負傷し、そのまま亡くなった方がいるのだ。
「慰霊の式典での私の役目はありますか?」
実家の領地でも慰霊の日の準備を手伝ったことはあるけれど、領民へお見舞いの品を贈るだけだった。
当日は各家庭で祈りを捧げるのが普通なので、式典を催すのは辺境伯領独自のものだろう。
「はい。お見舞いを贈った家の代表者も出席しますので、彼らにお悔やみの言葉を」
「お悔やみ……どのような言葉をかければ良いのでしょう」
こういった式典自体が初めてなので、不安を抱きながらサイモンを見る。
「そうですね……死者を悼み、家族に寄り添う奥様らしいお言葉をお掛けください」
……私にできるかしら。
ふと、不安が過ぎる。
いいえ。皆が協力してくれるし、大丈夫よ。
私はそう自分を励ました。
*
慰霊の日の準備を進めていると、王都から手紙が届いた。
一通目は、マチルダ叔母様から。
早速お茶会で赤豆のペーストを使った菓子を振る舞い、好評だったこと、何名かがペーストに興味を持ったことが書かれていた。
……よかった。王都の方々に受け入れてもらえたのね。
ほっと息を吐き、私は叔母様からの手紙と一緒に届いた数通の手紙を見た。
差出人はよく知らない方の名前。
叔母様からの手紙を読んで察しはついたけれど、やはり、その手紙はお茶会に参加した方たちからのお手紙だった。
手紙には、
『赤豆のペーストの販売はいつか』
『試作段階でもいいから売ってほしい』
といった内容だった。
見ず知らずの私に手紙を書くほど気に入っていただけたなんて。
嬉しくもあったけれど、まだ生産量が安定していない。
餡子作りに関しては、今、村の人たちに教えているところだ。
プラド村長の村のような、酪農をしていない村では、その分作業が少ない。
そこで、余裕が出た人手で餡子を作ってもらうことにしたのだ。
今は私や料理長が教えているけれど、皆が作り方を覚えれば今よりもっと多くの餡子が作れるだろう。
だから、今は王都からの注文を受けることはできない。
そう思い、私はお返事に、まだ供給量が安定しないことを丁寧に書いた。
最後のお返事を書き終わった時、サイモンが新たに届いた手紙を持ってきてくれた。
「ご実家からのお手紙です」
「実家から?」
手紙を受け取り、差出人を見る。
差出人は私の父フェルナー伯爵だった。
私に一度も手紙を送ったことがないのに珍しい。
……いいえ。嫌な予感がするわ。
封を開け、便箋を取り出す。
読みづらい癖のある文字を読み進めるうちに、私は頭を抱えてしまった。
「お父上はなんと?」
サイモンが尋ねる。
私は気乗りしなかったが、口を開いた。
「『フェルナー伯爵領に来て慰霊の日の準備を手伝え』——ですって」
そう答えてため息をつく。
「……ほう?」
「まあ!なんて図々しい……」
サイモンは、すうっと目を細めて顎を触り、そばにいたメイサは眉を吊り上げた。
……その反応になるわよね。
「そんな事で嫁いだ娘を呼び戻すなんて!」
「メイサ、落ち着きなさい」
憤慨するメイサを、サイモンが軽く宥める。
「……ご実家にいらっしゃった頃は奥様がご準備を?」
「ええ。長く仕えている家令に、手伝ってもらってはいたけれど……」
そうよ。彼がいるじゃない。
……ああ、でも、お父様と折り合いが悪かったわね。
先代から仕えていた家令は、領地にはたまにしか顔を出さない父に小言を言っていた。
家令に聞きたくないから、私に手伝わせたいのかしら。
「ご存知の方がいらっしゃるのであれば、奥様が手伝われる必要はありませんな」
「そうね。家令に聞くようにと返事をするわ」
私は早速父への返事を書いて、フェルナー伯爵領へ送った。
しかし、この事はこれで終わりにならなかったのだ。
次回更新は
9月11日(金)20時です。




