35. 王都の貴族夫人が出会った甘味
九の月に入る頃には気候も涼しくなり、王都ではあちこちでお茶会や夜会が催されるようになった。
それらに参加するために、普段は領地にいる貴族達も王都へと集まってくる。
王宮で役職を頂いている方々や、領政は部下に丸投げして王都で贅沢をしている方々は別ですけれど。
私も、先日領地の館から家族とともに王都の屋敷へ移ってきたばかり。
今日は娘とともにお茶会に参加している。
「アルティス夫人」
会場となる中庭に案内されると、今日のお茶会の主催者を見つけた。
ちょうど他の方との話が終わったところで、私は声をかけた。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
私がお辞儀をすると、娘もぎこちなく頭を下げた。
「まあ、こちらこそ。ご令嬢は先日ご婚約されたそうですね。おめでとうございます」
すかさず、娘にお祝いの言葉をかけてくださる。
娘は僅かに頬を染めて微笑んだ。
——いけない。先にお祝いされてしまったわ。
「アルティス夫人こそ、ご子息の侯爵夫妻に二人目のお子様がご誕生されたとか。おめでとうございます」
「まあ、ありがとう。さ、どうぞこちらに」
アルティス夫人がにこやかに私たちを席へ案内した。
アルティス夫人は、前アルティス侯爵夫人で、アルティス侯爵領のお茶の事業を大きくした商売人でもある。
このお茶会も、もとは領地の茶葉を広めるためになさっていたけれど、毎回趣向をこらした装飾と美味しいお菓子、そして、彼女の気さくな人柄に惹かれて楽しみにしている者も多い。
かく言う私もその一人だ。
「本日は皆様にご紹介したいものがありますの」
招待客が揃ったのを見計らって、アルティス夫人がテーブルにお菓子を運ばせた。
テーブルに並べられたのは、焼き菓子に何かをはさんだものと、四角く切られた褐色の菓子。
そして、小皿に入った褐色のペーストだ。
「まあ……これは、初めて見ますわ」
いつも華やかなお菓子を出す夫人には珍しく、控えめな見た目の菓子だ。
「これは、ブラッドレイ辺境伯領で作られた赤豆のペーストです。こちらの四角いものは、それを固めて作ったお菓子です」
アルティス夫人がにこやかに説明をする。
ブラッドレイ辺境伯といえば、夫人の甥だったはず。
「辺境伯様といえば、先日ご結婚されましたわね」
「ええ。これは辺境伯夫人が考えたものですわ」
「まあ!そうですの!」
辺境伯夫人は、今まで社交界にお出になったことがなく、どのような方かは存じ上げない。
皆は興味深げに身を乗り出した。
「辺境伯領を訪れた時に、夫人がこのお菓子でもてなしてくださったの。どうぞお食べになって。ペーストはスコーンに塗ってくださいな」
アルティス夫人に促され、皆はお菓子に手を伸ばす。
私もペーストが挟んである焼き菓子を手に取った。
一口食べると、初めての味が口に広がった。
甘い。けれど、この甘さは今まで食べたどのお菓子の甘さとも違う。
焼き菓子が少し塩気がある分、よりその甘さが引き立っている。
「いかがかしら?」
アルティス夫人が私に尋ねた。
「今まで食べたことのない甘味がしますね。色だけならばチョコレートにも少し似ていますけれど、全然違う」
そう答えると、アルティス夫人は嬉しそうに笑った。
「でしょう?私も同じ感想を持ちましたわ。もう一ついかが?」
「あ……では、こちらの四角いお菓子を」
私はフォークに刺したそのお菓子を一口かじった。
ゼラチンで固めたのかしら?こちらはペーストと違って食感があって面白い。
他の方々も、
「不思議な味ですわ」
「でも、美味しい」
と、口々に賞賛している。
隣に座る娘は、先ほどからスコーンに何度もペーストをつけ、夢中になって食べている。
……ああ、口の端にペーストがついていてはしたないわよ。
「このお菓子には、こちらのお茶が合いましてよ」
勧められたお茶を飲むと、程よい渋みがこのお菓子の甘さによく合っていた。
「あの……このペーストは辺境伯家から買えますの?」
誰かが尋ねた。
「ええ。今は試作の段階で、辺境伯領内でのみ流通していますが、生産体制が整ったら、他領への販売も考えていらっしゃるそうです」
アルティス夫人の言葉に、皆が嬉しそうに声を上げた。
「まあ!是非買いたいわ!」
……私も欲しい。
不躾だけれど、辺境伯夫人にお手紙を差し上げてみようかしら。
そう思いながら、私はペーストをスコーンに塗り始める。
その日のお茶会は、新しいお菓子の話題でもちきりになっていた。
次回更新は
9月8日(火)20時です。




