30. マチルダ叔母様
旦那様との外出から半月経った、七の月の終わり頃。
旦那様の叔母にあたられるマチルダ・アルティス様がブラッドレイ辺境伯領を訪ねて来られた。
「叔母上、遠い所をようこそお越しくださいました」
旦那様が馬車から降りられるアルティス夫人に手を差し伸べる。
「結婚式以来ですね、イーサン殿」
淡い茶色の髪をまとめ、薄紫色のドレスを纏ったアルティス夫人が、旦那様に手を引かれてゆっくりとこちらへ歩いて来る。
「マチルダ殿、久しぶりじゃの」
「まあ!アーロン様!」
おじい様が声を掛けると、アルティス夫人の表情がぱっと明るくなった。
次の瞬間、おじい様に駆け寄り、力強く両手をとる。
「お元気そうで安心いたしましたわ!結婚式ではお会いできず残念に思っておりましたの。お会いできて嬉しゅうございます」
一息に捲し立てるようにお話しになった。
その勢いに私は呆気にとられたけれど、おじい様は慣れているようでにこやかに笑っている。
「ほっほっ。お前さんは相変わらず賑やかじゃのう」
「フフッ。両親にもよく姉様を見習ってしとやかでいろと言われましたわ」
にっこりとおじい様に笑いかけると、アルティス夫人は私へ視線を向けた。
「お久しぶりですね、アンジェリーナ様」
「はい。結婚式の際はご参列頂きありがとうございます」
私が答えると、アルティス夫人は顔を綻ばせた。
「ええ。イーサン殿は私の姉の忘れ形見ですもの。あなたのことも、娘同様に思っていてよ」
「お心遣い、ありがとうございます。アルティス夫人」
「まあ、そんな堅苦しい。『マチルダ叔母様』とお呼びになって」
アルティス夫人……マチルダ叔母様はそうおっしゃると、不意にため息をつかれた。
「息子一家も一緒に来たかったのだけれど、今回はレティシア——侯爵夫人の出産が重なってしまって……。あなたと会えずに残念がっていたわ」
マチルダ叔母様の夫である前侯爵は既に亡くなり、今はご子息がアルティス侯爵家を継いでいる。
そして一週間前、その侯爵夫妻に二人目となるお子様が生まれたばかりだった。
「めでたいのう。そのような時に、こちらに来ても良かったのかの?」
「帰ればいつでも会えますもの。それに、アンジェリーナ様とは一度、お話がしてみたくて」
そうおっしゃって、マチルダ叔母様が目を細められたので、私は自然と背筋が伸びるのを感じた。
もしや、私が旦那様の妻に相応しいか見定めにいらっしゃったのでは……?
「お、叔母様のためにお茶の準備をしておりますので、まずはお部屋にご案内を……」
緊張で声が裏返りそうになるのをどうにか抑えて言うと、私の後ろに控えていたヘレナが静かに前へ出た。
マチルダ叔母様はヘレナを見て懐かしげに目を細められる。
「ヘレナ、久しぶりね。会えて嬉しいわ」
侍女頭のヘレナは、旦那様のお母様が嫁いでいらした際、ご実家から連れてきた侍女だったので、マチルダ叔母様とも面識がある。
ヘレナも一瞬頬を綻ばせたが、すぐに表情を引き締めゆっくり頭を下げた。
「マチルダ様におかれましては、ご息災のご様子で何よりと存じます。では、お部屋へご案内いたします」
「ええ、ありがとう。アンジェリーナ様、それでは後で」
マチルダ叔母様は、その場に残る私たちに一礼してヘレナの後ろを歩いて行った。
「どうじゃ、アン。マチルダ殿は親しみやすい御仁じゃろう」
おじい様に尋ねられ、私は一瞬言葉に詰まる。
たしかに親しみやすい方だと思ったけれど……。
「え、ええ……」
そう答えたものの、私は、叔母様とのお茶会への不安を拭いきれなかった。
次回更新は
8月21日(金)20時です。




