27. パン屋でのひととき
「奥さま、こっちこっち!」
孤児院の小さな子供達が無邪気に笑いながら私の手を引いて進んでいく。
角を曲がると、焼きたてのパンの香ばしい香りが漂ってきた。
「おじさん、こんにちは!」
子供達がドアを開けて元気よく挨拶をすると、小太りで人の良さそうな男性が奥から出てきた。
「おお、来たか!……えっ!?お、奥様!?」
にこやかに子供達を迎えたパン屋の店主が、私を見て驚く。
「今日は旦那様とこちらへ伺う途中、この子達と会いまして」
「へっ?旦那様?——りょ、領主様!?」
私の話に続いて姿を現した旦那様を見て、店主がさらに驚いた。今にも目がこぼれ出しそうなくらい目を丸くしている。
「ど、どうしてうちに……」
「妻から豆のペーストを使ったパンの話を聞いて、一度食べてみたくなってな。連れてきてもらったんだ」
「そ、それは、こ、光栄です……」
店主は緊張した様子でぎこちなく微笑んだ。
領主である旦那様と面と向かって話すのは初めてなのだから無理もない。
「先日から本格的に販売されたのですよね。売れ筋はどれですか?」
店主があまりにも固まってしまったので、私が助け舟を出すと、店主の表情が少し和らいだ。
「あっ、はい。ペーストを生地に練り込んだねじりパンが人気です。気に入ってくれたお客が饅頭パンやサンドウィッチを買いに来てくれます」
豆のペーストはまだ未知の食べ物だ。まずは量が控えめなねじりパンを試して、味を気に入れば、よりたっぷり使われているパンに挑戦するのだろう。
「饅頭パン?」
旦那様が不思議そうに聞き返される。
店主が店に並んでいる丸いパン——中に豆のペーストを包んだ、いわゆる『あんぱん』だ——を指して説明した。
「東方には、具材を小麦の生地で包んで蒸す『饅頭』という食べ物があると、奥様の護衛の方に教えて頂きました。これはパンなので焼きますが、ペーストを生地で包む点は同じなので、そのように名付けました」
『饅頭』について教えた護衛というのは、最初の試食の際に同席していたプラド卿だ。
彼の故郷の人々の祖先は東方の国から渡って来たという。
『饅頭』も大勢が集まる時のご馳走として出るのだと言っていた。
もっとも、彼らが食べる『饅頭』は、肉や野菜を包むそうなので、甘味というよりおかずに近い。
——いずれ、甘い饅頭も作ってみたいわ。
「面白い名付けだな。『饅頭』というのにも興味がある」
「今度、プラド卿や村長に詳しく聞いてみましょう。エドガーが作ってくれるかもしれません」
私がそう言うと、
「そうだな」
旦那様は楽しそうに頷かれた。
「ああ、そうだ。今日子供達に食べてもらうパンも豆のペーストを包んでるんです。ただ、ちょっと変わり種ですがね」
外でお待ちを、と言って店主は店の奥の厨房へ入って行った。
外に出て待っていると、十歳くらいの女の子が籠を持って出てきた。店主と奥さんが続いて出てくる。
「あ、奥様だ!」
女の子は学校を訪問した時に出会った子だ。
「お手伝いしてるの?偉いわね」
「うん!これが今日試食してもらう新作だよ!」
女の子が差し出した籠の中を見て私は目を丸くした。
「これは……揚げてあるの?」
籠の中には小さな丸い揚げパンのようなものがたくさん入っていた。
私の問いかけに、店主が頷く。
「最近、パンを油で揚げて砂糖をまぶすのが流行っていましてね。これは、その応用で試しに作ってみました」
どうぞ熱いうちに、と店主に言われ、私は一口食べてみた。
焼くのとはまた違った食感の生地と、餡子の甘い味わいが口の中に広がる。
(これは、前世で食べたあんドーナツに少し似てるわね)
「うむ。揚げるとまた面白い味わいになるな」
私の隣で召し上がる旦那様が、こちらを見て感心したようにおっしゃったので、私も微笑んで頷いた。
子供達も嬉しそうに次々と頬張り、籠の中はあっという間に空っぽになった。
*
「ありがとうございました。子供達も喜んでいますわ」
帰り際に、オードリーさんが店主へお礼を言った。
「なんの。育ててくれた孤児院への恩返しです。俺も、子供達の笑顔に元気をもらっていますから」
店主がそう言っておおらかに笑った。
「私たちにも試食させて頂き、ありがとうございました」
「購入したパンは城から取りに来させるから、よろしく頼む」
私達からも店主へ感謝を伝える。
城の皆へのお土産に餡子を使った以外にもこの店のパンを購入した。
「はい。領主様と奥様のご感想を聞けて良かったです。どうぞお気をつけて」
店主に見送られ、私たちはパン屋を後にした。
私は隣を歩く旦那様を見る。
すると、こちらを見た旦那様と目が合った。
「さて、まだ時間があるな。次はどこへ行こうか」
そうおっしゃる旦那様の声は、どこか楽しそうに聞こえた。
次回更新は
8月7日(金)20時です。




