26. 旦那様の思い出話
街歩き当日。
私は、お出かけ用の軽やかなドレスを身に纏った。
色は若草色で、襟元や袖口には白のレースがあしらわれている。
癖のある赤毛は、後ろで上品にまとめてもらい、服と同じ若草色の帽子を被った。
「ど、どうかしら……?」
私は鏡の前でくるりと一回転すると、侍女達を振り返った。
「とてもよくお似合いですわ」
メイサも他の侍女達も笑顔を浮かべて口々に褒めてくれる。
その言葉に少し勇気をもらい、私は意を決して一階へ下りた。
城下町や村の視察の時も、服には気を遣っている。
けれど、こんなに悩み抜いたのは初めてだった。
旦那様は、どんな反応をされるかしら。
私は異母妹のロゼリアのように器量が良い方ではない。
継母譲りの美しい金の髪とサファイアのような大きな瞳。
ロゼリアはとても愛らしい顔立ちをしていた。
対して私は、髪色はお父様譲りで赤く、瞳の色は同じだけどお父様曰く「母親に似て地味な顔立ち」だった。
ロゼリアを見初めた旦那様の目には、どんなに着飾っても、ロゼリアのように魅力的には見えないだろう。
一階の扉の前には、既に旦那様が待っていらっしゃった。
お仕事についてなのか、サイモンと立ち話をしている。
「おや、奥様」
サイモンが私に気づいて一礼した。
こちらに背を向けていた旦那様が振り返る。
「お待たせして、申し訳ありません」
そう言ってお辞儀をすると、旦那様は言葉を失ったような表情でこちらを見つめている。
……私の顔に何かついてるかしら。
それとも——やはりロゼリアとは違うとがっかりされたのかしら。
胸がきゅっと締め付けられた。
すると、サイモンが見かねたように小さく咳払いをした。
旦那様ははっと我に返ったように、改めて私を見つめられた。
「ああ……その、よく似合っている」
そう言うと、ぎこちなく視線を逸らされた。
「あ、ありがとうございます」
頬に熱を感じながらお礼を言うと、旦那様の後ろでサイモンが穏やかな微笑みを浮かべて頷いた。
「本日はご夫婦で初めてのお出かけでございます。どうぞごゆるりとお過ごしください」
サイモンと使用人達に温かく見送られ、私たちは城下町へ向かった。
*
久しぶりに訪れた城下町は今日も多くの人で賑わっていた。
「ここはいつも活気がありますね」
「ああ。そうだな。この賑わいを見ると、領主として安心する」
私は周囲に視線を巡らせる。
護衛には少し距離をとってついてきてもらっているけれど、城下町の人々は私たちに気づいたようで、遠巻きにこちらを見ていた。
「皆さんに気を遣わせてしまったかしら」
「いつもは視察で来るからな。気を遣うのも無理はない」
私の呟きを聞いた旦那様が苦笑を浮かべられた。
その時、見覚えのある子供達が私たちの前に駆け寄ってきた。
「奥様!」
「あら、あなた達は孤児院の……」
駆け寄ってきたのは、何度か慰問で訪れた孤児院の子供達だった。
「こんにちは!」
「奥様、どこに行くの?」
子供達が私に口々に話しかける。
「こら、あなた達!」
そこへ、栗色の髪を後ろで一つにまとめ、眼鏡をかけた女性が慌てて追いかけてきた。
「いきなり話しかけては失礼ですよ!」
「オードリーさん、ご無沙汰しています」
子供達を叱る女性に私は声をかけた。
オードリーさんは孤児院の職員の一人で、料理人も兼任している。
「奥様、お久しぶりでございます。子供達が失礼を」
オードリーさんは私に向かって深く頭を下げた。
「気になさらないで」
「オードリー、久しぶりだな」
すると、旦那様がオードリーさんに声を掛けた。
オードリーさんは驚いて旦那様を見上げ、懐かしそうに目を細めた。
「坊っちゃま。いえ、辺境伯様。お元気そうで何よりでございます」
『坊っちゃま』……?
「聞いてなかったか?オードリーは、俺が子供の頃に城塞の料理人だったんだ」
旦那様とオードリーさんを不思議そうに見比べる私に、旦那様が説明をしてくださった。
まさか、お二人にそんなご縁があっただなんて。
「そして、エドガーの妻だ」
続く旦那様の言葉に私はさらに驚いた。
「エドガーの!?あ、それじゃ、オリバーは……」
「はい。オリバーは私達の息子ですわ」
オードリーさんが照れたように言った。
「そうだったのですね」
「ええ。エドガーとは元同僚でした。結婚して家庭に入ったのですが、子供が大きくなった頃、孤児院の料理人にならないかと大旦那様からお声がけ頂いて」
もともと世話好きな性格だったので、今は子供達のお世話や孤児院の管理にも関わっているのだとオードリーさんは言った。
「たしかに、君は子供の扱いがうまかった」
「まあ、ふふふ。それは旦那様のお陰ですわ」
オードリーさんがクスッと微笑んだ。
「嫌いなものが出ると食卓から逃げ出されたり、剣術の後のつまみ食いを阻止するのに手を焼かされましたから」
「……そうだったか?」
旦那様は覚えていないのか、思い出したくないのか、なんとも微妙な表情をされている。
「ええ。嫌いなものも食べていただくために、気づかれないくらい細かく刻んだり、つまみ食いをお止めするのが大変でしたわ。その後の夕食が入らなくなることもありましたから」
「ふふっ」
その話を聞いて、旦那様にも可愛らしい子供時代があったのだと微笑ましく感じて笑いを漏らしてしまった。
「子供の頃の話だぞ」
少し拗ねたように旦那様がおっしゃった。
「ええ。今はちゃんとお召し上がりになれますものね」
オードリーさんはからかうように言うと、はっとした表情になった。
「あら、申し訳ありません。懐かしさからお引き止めしてしまって……」
「いいえ。素敵なお話を聞かせていただいてよかったです。オードリーさん達も、これからお出掛けですか?」
「パン屋さんに行くの!」
答えたのは子供達だった。
「パン屋さんに?」
「はい。新しいパンを考案したので、食べにおいでとお誘いを受けまして」
聞けば、新作ができるたびに試食に誘ってもらうという。
「そうなんですか。私たちもパン屋さんに行くところなんです」
私が旦那様を見ると、旦那様は穏やかに頷かれた。
「ああ。君たちも一緒に行かないか」
旦那様の言葉に、子供達が嬉しそうに歓声をあげた。
次回更新は、
8月4日(火)20時です。




