25. 熱は下がったけれど
それから二日ほど、私は旦那様やメイサの言う通り、ゆっくりと休んだ。
目が覚めたその日のうちに熱は下がったけれど、いつも通りに動けば熱がぶり返すかもしれないと言われて、大人しく過ごすことにした。
「ご無理は禁物ですよ」
と、メイサに真顔で忠告されたので、眠る以外は部屋で少し本を読んだり、身体を伸ばしたりする程度に留めた。
そして、熱が下がってから三日後の朝。
私は久しぶりに皆で朝食をとろうと食堂へ下りた。
「おお、アン。元気になったのか」
食堂へ入ると、先に来ていたおじい様が嬉しそうに私へ笑いかけた。
「はい。ご心配をおかけしてしまって……。でも、もう大丈夫です」
「それは良かった。お前さんがいない間は寂しい食卓じゃった。のう?」
おじい様はそう言って隣に座る旦那様に向かってにやりと笑みを浮かべた。
旦那様と目が合う。
しかし、旦那様はすぐに目を伏せて
「……そうですね」
と、短くお答えになった。
——寂しいと思って下さったの?
思ってもみなかった言葉に胸が弾んだ。
「まだ病み上がりの身体だ。あまり無理はするなよ」
続けてかけられた言葉に胸の辺りが温かくなる。
「はい。……ありがとうございます」
お礼を言った途端、頬にほんのりと熱を感じた。
「どうした?顔が少し赤いぞ」
旦那様は心配されたけれど、病気の発熱ではない。
けれど、とても本人には言えずに私は俯いてしまった。
そんな私達を見ながら、
「……武芸ばかりを仕込み過ぎたかのう」
おじい様がサイモンに小さく耳打ちしていたことなど、私は知る由もなかった。
*
朝食後、私は早速厨房へ向かった。
「奥様!お元気になられたんですね」
料理人見習いのオリバーが私に駆け寄って来た。
料理長エドガーの息子であるオリバーは、私より四つ年下の十五歳。栗色の癖毛と目元のそばかすが可愛らしい少年だ。
「こら、持ち場を離れるな!」
エドガーに叱られ思わず肩をすくめたオリバーは、
「はーい。すみません料理長」
と、軽く舌を出して調理台に戻った。
「まったく……。奥様、回復されて何よりです」
「私が寝込んでる間、豆のペースト作りを任せてしまってごめんなさい」
「ハッハッハッ!なんのなんの。気にせんでください」
エドガーが豪快に笑った。
「今日は奥様が作られるんですよね。材料はこちらに」
「ありがとう。上手くできるかしら」
寝込むまでは毎日のように作っていたから。
思わず不安を口にすると、
「なに。作り始めれば、身体が思い出しますよ」
エドガーはにっと笑って片目をつぶってみせた。
*
久しぶりに作った餡子の出来栄えは上々だった。
それを保存用の壺に入れて蓋を閉める。
「ダンヴェル伯爵様に贈られるんですよね」
私の作業を後ろから見守りながら、エドガーが言った。
「ええ。お見舞い品の一つとして贈ろうと思うの」
——帰り際にお渡しした分は、負傷されて領地へ戻る道中、痛みを紛らわされるために全て召し上がってしまったらしい。
今度はご家族にも召し上がっていただけるよう、贈らせていただくことにした。
サイモンに前例を尋ねながら準備した他のお見舞い品と一緒に、餡子はすぐに贈られた。
数日後、ダンヴェル伯爵領からは、伯爵と奥様からの丁寧なお手紙とともに、伯爵領の名産品もこちらに届けられた。
「ダンヴェル伯爵への見舞い品は好評だったようだな」
旦那様の執務室に、いつものように休憩用のお菓子をお持ちする。
その時に手紙をお見せすると、読み終わった旦那様が穏やかに言った。
「はい。喜んでいただけてほっといたしました」
私がそう言うと、旦那様はふっと目を細められた。
「そうか。……ところで、明日は空いているか?」
旦那様にそう尋ねられ、私は首をかしげる。
明日は何も予定を入れてないはずだけれど……。
「明日、城下を一緒にまわらないか」
「それは……視察をなさるのですか?」
私の言葉に旦那様は目を丸くされ、後ろでサイモンがわざとらしく咳払いをした。
「奥様、以前のお約束をお忘れでしょうか」
「……あ」
サイモンに言われて思い出した。
そう言えば、六の月に入る前に、一緒にパン屋に行く約束をしていたわ。
「どうぞ、視察ではなく、ご夫妻のお出かけとしてお楽しみください」
サイモンにそう言われて、私は鼓動が早くなり、再び頬に熱が集まるのを感じた。
次回更新は
7月31日(金)20時です。




