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23. 心配なんだ(※イーサン視点)

 「心労による発熱です」


 アンジェリーナを診た医者はそう言った。


 「安心されて、今までの疲れが一気に出たのでしょう」


 医者は熱冷ましを処方し、ゆっくり休ませるようにと言って帰って行った。



 ベッド脇の椅子に腰掛け、眠るアンジェリーナの顔を見つめる。

 赤らんだ顔で苦しげに呼吸をする彼女を見ていると、胸が締め付けられそうになる。


 彼女の苦しむ顔に、俺の母の顔が重なった。





 ——父は二十年前、俺が六歳の時に戦で死んだ。


 亡骸となって帰ってきた父に、母は縋りついて泣き叫び、その後すぐに熱を出して寝込んでしまった。


 食事も受け付けず、日に日に弱っていく母を、俺は見ていることしかできなかった。

 そして、父の死からわずか数ヶ月後、母もこの世を去った。


 それ以来、俺はこう思うようになった。


 ——俺が死ねば、未来の伴侶も母と同じようになってしまうのではないか。


 だから、今まで結婚を避けてきたし、アンジェリーナにも冷たい言葉をかけた。


 万が一俺が死んでも、嘆き悲しまれないくらいに嫌われよう。

 ——そう思って。

 

 しかし、彼女は祖父や使用人達、領民達の心を掴み、領地を盛り上げるため新たな特産品まで考えた。

 そして、俺のことも嫌うどころか夫として慕ってくれている。……少なくとも俺にはそう見える。

 

 そして、俺はそんな彼女にいつの間にか惹かれていた。

 今回ほど帰還が待ち遠しく思ったことはない。



 しかし、目の前で熱にうなされる彼女を見ていると不安になった。

 もし、俺が死んだら母のように苦しんでしまうのではないか。

 そう思ってしまう。


 やはり、今からでも……。




 「——旦那様!」


 メイサの声にはっと現実に引き戻される。


 目の前には険しい表情をしたメイサがいた。


 「もう。何度もお呼びしていますのに」


 「すまない……」


 「旦那様」


 メイサが再び俺を呼んだ。


 「奥様は、大丈夫です」


 ゆっくりと言い聞かせるように言った。


 「お薬も飲みましたし、よくおやすみになられたら、熱も下がってお目覚めになります」


 そう話しながら、メイサは優しい眼差しをアンジェリーナへ向けている。


 「だから、大丈夫ですよ」


 メイサはこちらを向いて穏やかに微笑んだ。


 ——俺が母のことを思い出していると、メイサは気づいたのだろう。


 乳姉弟であるメイサは俺の母に可愛がられていた。

 だから、母が亡くなった時のことは、メイサにとっても忘れられない記憶のはずだ。


 これは、彼女なりの気遣いから出た言葉だろう。

 少しだけざわついていた心が静まっていくのを感じる。


 「……ああ。そうだな」


 そう言って、ベッドで眠るアンジェリーナを見つめる。


 「……アンジェリーナが目覚めるまで、ここにいていいか?」


 「駄目です」


 俺の頼みをメイサは一蹴する。

 ……そこは頷いてくれてもいいだろうに。


 「奥様の看病は私にお任せ下さい。お目覚めになられたら呼びに参りますから」


 アンジェリーナのことになると、メイサは頑として譲らない。


 「しかし……」

 

 「ご不在の間に溜まったお仕事を片付けて下さい」


 「うっ……」



 仕事が溜まっているのは知っている。

 しかし、どうしてもアンジェリーナの側を離れる気にはなれなかった。



 「……心配なんだ」


 そう言うと、メイサが目を丸くして俺を見つめた。

 俺がここまで食い下がるのを珍しく思ったのだろう。

 やがて、深いため息をついてから言った。


 「……仕方ありませんね。こちらにお仕事の書類をお持ちします。このお部屋で仕事をしながらならば、奥様のご様子も直接ご覧になれるでしょう」


 ……仕事をさせる気なのは変わらないらしい。

 それでも、メイサにしてはだいぶ譲ってくれた方だ。


 「ありがとう」


 礼を言うと、メイサは表情を緩ませた。


 「お目覚めになった時に旦那様がいらっしゃる方が、奥様も嬉しいかと思いますので」


 そう言われて、思わず苦笑が漏れた。

 やはりメイサにとっての一番はアンジェリーナなのだ。


 

 


次回更新は

7月24日(金)20時です。

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