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22. おかえりなさいませ

 旦那様の出陣から十日後。


 書きものをしていた私の部屋をサイモンが訪れた。


 「奥様。旦那様が間もなくお戻りになります」


 その知らせに、私は思わず手にしたペンを落としそうになり、慌てて握り直した。

 その拍子にペン先が紙に触れ、小さな黒いしみがじわりと広がった。

 書き損じてしまったけれど、それどころではない。


 「お出迎えをしないと……!」


 私は慌てて立ち上がると部屋を飛び出した。


 息を切らして玄関に着くと、既に待っていたおじい様が私を見て目を細めた。

 遠くから馬のいななきが聞こえ、間もなく旦那様の一行が姿を現した。


 報告通りの怪我のないお姿を見て胸を撫で下ろす。

 よかった。

 お元気なお姿を見られただけで、張り詰めていたものが少し緩んだ。


 旦那様は私達の近くまで来ると、馬から下りて私の顔をじっと見つめる。


 「お、おかえりなさいませ」


 そう言って迎えると、旦那様が険しい表情をふっと和らげた。

 

 「よく帰ってきた。アンがたいそう心配しておったぞ」


 おじい様が私の方を見てにやりと笑う。

 ……もう!おじい様ったら!

 すると、旦那さまが少しだけ申し訳なさそうな顔になる。


 「待たせてしまって、すまない」


 旦那さまが気にしてしまわれた。

 私は慌てて首を振る。


 「いいえ、ご無事で何よりでございます」


 私の言葉に、旦那様はほっとしたような表情を浮かべた。

 

 「……君も、よく留守を守ってくれた」


 微笑みを浮かべた旦那様に見つめられた瞬間——

 私は、全身から力が抜けるのを感じた。


 「……どうした?」


 旦那様は、突然座り込んだ私の傍に慌てて跪く。

 メイサもすぐに駆けつけた。


 「あ、安心したら急に力が抜けて……」


 そう答えたが、今度は頭がクラクラとして目が回る。


 「奥様!お熱がありますわ!」


 私の額に手を当てたメイサが声を上げた。

 熱?

 そういえば身体が熱いような……。


 次の瞬間、身体がふわりと浮く感覚がした。

 旦那様が私を抱き上げたのだ。


 「だ、旦那様!?」


 旦那様の思わぬ行動に驚くと、私を支える旦那様の腕に力が入った。


 「動くな。じっとしていろ」


 低い声で旦那さまが囁く。


 声も、顔も近い。

 ますます熱が上がってしまいそうで、旦那様をなるべく直視しないよう目を伏せる。


 「このまま君の部屋まで運ぶ」


 「お、お疲れでしょうに……」


 「大したことはない。それよりも、無理をして喋らなくていい」


 旦那様のおっしゃる通り、だんだん頭が回らなくなってきている。


 「奥様のお部屋に氷を持ってきて!あと、お医者様の手配を!」


 メイサが若い侍女に指示をする声が聞こえる。

 視線を上げると、旦那さまがこちらを見つめていた。

 その表情がなんだか苦しそうに見えて、私は思わず旦那様の頬に手を伸ばす。

 旦那さまが目を見開いた。


 「私は、大丈夫です……」


 そう伝えると、私の意識は遠のいていった。

 

 


 


次回更新は

7月21日(火)20時です。

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