21. 辺境の日常
「ご安心を」
思わず侍女へ身を寄せた私へ、領官長が穏やかな声で言った。
「こちらに砲弾が飛んでくることはありませんよ。ただの威嚇です」
「い、威嚇?」
状況を飲み込めずに私は聞き返した。
「奥様もご存知の通り、辺境伯領はヴァルディア帝国と隣接しております。そして、彼の国と我が国は長きにわたる争いの末、二十年前に停戦条約を結んでいます」
しかし、停戦したとはいえ国境の緊張状態は変わらない。
ヴァルディア帝国は、時折こうして事前の通達もなく砲撃訓練を行うのだという。
「国境付近で事前通達なしの砲撃訓練はやめるようにと、辺境伯様より何度も抗議文を送っていますが、一向に変わらず……困ったものです」
領官長がため息をつく。
「『条約がなければいつでも攻め込めるぞ』という、挑発ですな」
「暇な奴らじゃ」
護衛騎士と村長が渋い顔をする。
「そんなに頻繁にあるのですか」
「年に数回はな。前は四の月の初めだったか。もうそろそろかと思っておったが、今回は少し早かったな」
村長は至極冷静に言うと、お茶を啜った。
——ここでは珍しいことではないのだ。
常に隣国の脅威を警戒しながらも、この状況を受け入れて暮らしている。
「ところで、奥様」
村長が茶碗を盆の上に置きながら私の方を向いた。
「今、赤豆のペーストを作ってるのは奥様と城の料理長だろう?これから需要が増えたらどうする?」
村長の心配はもっともだ。
今、赤豆のペースト——餡子の作り方を知っているのは私と料理長のみ。
城の料理人達にも少しずつ教えてはいるけれど、彼らの本来の仕事は城の食事を作ることだ。
そのため、今は空き時間を使って手伝ってもらっている。
需要が増えた時の生産体制を今のうちに考えておかなければならない。
この件は城でもう一度話し合うことになった。
城に戻ってからの数日、私は書類仕事に勤しむ傍ら、餡子を作ったり、城下町のパン屋や菓子店の店主達と新商品について相談を受けたりと忙しく過ごした。
そこへ、旦那様達が武装集団を見事撃退したとの知らせが届く。
「よかった。皆さんご無事なのね」
私はほっと胸を撫で下ろした。
「はい!しかし、ダンヴェル伯爵が落馬の際に肩を負傷されたため、辺境伯様はダンヴェル伯爵領にお立ち寄りになってからお戻りになるとのことです」
ダンヴェル伯爵が怪我をされた。
怪我はそこまで深刻ではないと聞いたけれど、心配だ。
旦那様がお戻りになったら、お見舞い品について相談をしてみよう。
——それにしても。
旦那様の無事がわかり、もうすぐ戻られると聞いて、私は自分でも驚くほど心が弾んだ。
自分でも気づかないうちに、旦那様は私にとって大切な存在になっていたのだ。
その気持ちに戸惑いながらも、私は気持ちを切り替え、旦那様のご帰還まで領主夫人としての日々を過ごした。
次回更新は
7月17日(金)20時です。




