20. 村でのひととき
村に訪れると、プラド村長が出迎えてくれた。
「おお、奥様。久しぶりだな」
初対面の時の敵意が嘘のように、村長はにこやかだ。
私も笑顔で村長の手を取る。
「ええ。お元気でいらっしゃいましたか」
「ああ、もちろん。……しかし」
村長が私の後ろに控える領官長へ視線を向ける。
「あんたも来たのか。クラークさん」
そう声をかける顔は、『会いたくない奴に会ってしまった』とでも言いたげな苦々しい表情だ。
「それが私の仕事なのでね」
対して領官長はにこにこと笑顔を崩さない。
あ、そういえば……。
「お二人は、ご親戚なのでしたね」
村長の息子のラウル・プラド卿と、領官長の娘であるメイサは夫婦だ。
それを思い出して言ったのだけれど、村長が勢いよくこちらを睨みつけた。
「親戚ではない!この人は倅の嫁の父親だ!」
「そういうのを『親戚』と言うのですよ」
大声で否定する村長を、やれやれと困ったような様子で領官長が嗜める。
……この話題にはあまり触れない方が良いみたいね。
「さて、本日は先日追加で植えた赤豆の様子を見に伺いました」
領官長が真面目な表情に戻って、訪問の目的を伝える。
すると、村長も表情を引き締め、
「ああ。そう聞いている。畑はこちらだ」
と、私たちの先頭に立って案内をしてくれた。
赤豆——小豆の畑は、村長の家の庭に作られていた。
五列ほど等間隔に畝が並び、そこから小さな双葉を広げた芽が顔を出していた。
「ふむ。種蒔きから二週間でしたな」
領官長が畝のそばにしゃがみ込み、赤豆の芽をのぞきこんだ。
「ああ。少し小さく感じるかもしれないが、ちゃんと育つ。四の月の終わりに種まきをしたものは、もうこんなに育っている」
村長はそう言って、別の一角を指し示した。
その小さな一角は、もともと家庭用に育てている赤豆の畑なのだろう。
そこの赤豆は、草丈も伸びて青々と茂っていた。
「だいたい四ヶ月ほどで収穫できる。後で蒔いた方は、うまくいけば十の月には収穫できるだろう」
領官長は、村長の説明を領官に記録させる。
そして、自身も手帳に書き込んでいった。
「なるほど。栽培量が増えれば、赤豆のペーストの供給にも繋がりますし、村の収入源にもなりますな」
「ああ。実際、パン屋から需要が出たお陰でいくらか収入があった」
村長は私に向き直って頭を下げた。
「……奥様には感謝している」
かつて、不信感を露わにしていた村長からの感謝の言葉に、胸の奥が温かくなる。
「いいえ。村の皆さんのご尽力あってこそです。こちらこそ、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、村長は頭をかきながらふいっと横を向いてしまった。
「ま、まあ赤豆の成長具合はこんな感じだ。茶でも飲んで行くといい」
気恥ずかしさを誤魔化すような、ぶっきらぼうな口調だけど、それが村長なりの不器用な労いだと思うと、つい笑みがこぼれた。
*
「ところで、今日はいつもと違う侍女を連れているんだな」
村長の家でお茶を頂いていると、村長が私の後ろに控える侍女を見て言った。
今日はメイサではなく、まだ侍女になって間もない子を連れていた。
「おや。メイサに会いたかったんですか?」
領官長が目を細めて嬉しそうに尋ねる。
「そっ……!ただ、気になっただけだ」
村長があからさまに狼狽えて反論をした。
「メイサは、旦那様達が戻られるまで、外出には同行させないようにしています」
私は両手で包んでいる茶碗に視線を落とした。
「……エマが、少し不安定になっていて」
旦那様の出陣に同行した騎士の中に、メイサの夫でエマの父でもあるプラド卿もいた。
エマは普段からプラド卿と顔を合わせる機会が少ないが、大好きな父親だ。周囲の慌ただしい様子から、いつもと違うことを感じたのか、心細い様子を見せるようになっていた。
メイサを見つけると後を追うようになったので、侍女長のヘレナに相談をして、屋敷内ではエマをメイサの側におくようにした。
「……奥様のお仕事のお邪魔をしていませんか」
領官長が私に尋ねた。
「いいえ。とてもお利口です」
私が部屋で仕事をするときは、エマは同じ部屋で静かに絵を描いている。
『お父さまに見せるの』
と言って見せてくれた。
「とても、健気な子です」
あんな小さな子が父親の帰りを待っているのだ。
……私も、しっかりと留守を守らなければ。
そう思った、その時。
——ドォン!
突然響いた轟音に、私は思わず息を呑んだ。
次回更新は
7月14日(火)20時です。




