19.初めての見送り
飛び込んだ報せに、その場の空気が張り詰めた。
「状況は?」
旦那様が静かに尋ねる。
「敵はおよそ五十!複数に分かれて侵入し、砦の兵士が応戦中!ダンヴェル伯爵領へも侵入し、そちらでも交戦中です!」
スノルド王国を拠点とする武装集団は、以前から国境を越えて略奪を繰り返していた。
傭兵崩れが多く戦闘慣れしている上、小規模で動きが速い。
それ故、国境付近の領主達はその対応に頭を悩ませていた。
「おのれ、北のならず者どもめが」
低くうめいたダンヴェル伯爵が、素早く馬に跨った。
「帰りがてらに一掃してくれる!辺境伯、力を貸してくれるな?」
「無論だ」
旦那様は頷くと、兵士達の方を振り返った。
「騎士団長と騎士十名、第一部隊の兵士二十名は俺と共に出陣せよ!」
「はっ!」
旦那様の指示のもと、兵達はバタバタと準備を始める。
——出陣を見送るのは初めてだ。
私は両手を握りしめながら、その様子を見守るしかなかった。
旦那様も甲冑に身を包み、颯爽と愛馬に乗る。
何か言わなければ……。
そう思っていると、
「アンジェリーナ」
旦那様が私を呼んだ。
「はいっ!」
慌ててそばに駆け寄り、旦那様を見上げる。
「じい様と、領地を頼む」
その言葉に、思わず頬がひきつるのがわかった。
「あの……」
「大丈夫だ。すぐ戻る」
安心させるような優しい声で、旦那様は言った。
穏やかな瞳と視線が合う。
旦那様や皆に何かあったらと思うと不安なのは変わりない。
でも——。
私はゆっくりと息を吐くと、旦那様に微笑んだ。
「……はい。無事のご帰還をお待ちしております」
そう言うと、旦那様は目を細めた。
「ああ。行ってくる」
静かに言って、兵とともに駆け出して行った。
姿が見えなくなっても、ずっと立ち尽くす私の肩に、おじい様が軽く手を置く。
「大丈夫じゃ。あやつらなら、この程度の敵、すぐ蹴散らして戻ってくる」
「……はい」
辺境では、戦いは珍しいものではない。
しかし、私は無事を祈るしかできない自分が歯痒くて仕方がなかった。
*
——旦那様達が出陣して三日が経った。
「……奥様!焦げますって!!」
エドガーの声にハッと我に返る。
隣を見ると、呆れ顔のエドガーが鍋を持ち上げていた。
「奥様、昨日もやりましたよね?」
「す、すいません……」
私が謝ると、エドガーが深いため息をついた。
「こんな状態じゃ火を使わせられねえです。あとは俺がやりますから休んで下さい」
「ええ……」
不甲斐ない。
旦那様達の事が気になってずっと上の空だ。
失敗ばかりしてしまう。
餡子を作ろうとすれば焦がしそうになり、縫い物をしようとすれば針で指を刺す。
書類仕事をしようにも、書類の内容が頭に入ってこない。
「しっかりしなさい。旦那様に任されたのよ」
頬を叩いて自分に言い聞かせる。
「おや、奥様?」
声をかけられて振り向くと、クラーク領官長が立っていた。
彼の後ろには数名の領官が控えている。
「あ、領官長。これから外に出られるのですか?」
私の問いかけに、領官長はにこやかに笑って頷いた。
「ええ。赤豆の畑の様子を見に行くところです」
——そういえば、パン屋からの申し出があった時に、需要が増えることを見越して赤豆の畑を増やす話が出ていた。
合同訓練の準備ですっかり忘れていたわ。
「よろしければ、奥様もご一緒にどうですか?」
領官長の思わぬ申し出に、私は目を丸くした。
「よろしいのですか?」
「ええ、もちろん。奥様に関わりの深い事業ですので」
是非、と領官長は穏やかに微笑んだ。
次回更新は
7月10日(金)20時です。




