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17.ダンヴェル伯爵


 六の月に入って十日後——。


 「伯爵閣下がお泊まりになる客室と、軍の方々が寝泊まりされる兵舎の部屋の準備は!?」


 「滞りなく」


 「ええと、初日の夕食は兵士達の懇親会も兼ねてるから、旦那様と伯爵閣下も兵舎で召し上がるのよね?」


 「さようでございます。献立の仔細も、厨房は把握済みです」



 ダンヴェル伯爵軍の皆様がご到着になる前、私はサイモンとヘレナに迎え入れの段取りを確認していた。



 「奥様、そろそろお迎えのご用意をなさいませんと」


 メイサに呼ばれ、私は弾かれたようにそちらを向いた。


 「あっ!そうよね!」


 明らかに動揺している私に、サイモンが穏やかに口を開いた。


 「あまりご緊張なさらず。笑顔で皆様をお迎え下さい」


 「はい。奥様の誠意は、あちらにも伝わりますから」


 サイモンとヘレナの言葉に心強さを感じながら、私はメイサを伴って玄関へと向かう。


 旦那様は先方を迎えに行かれたので、玄関の外でおじい様と並んで待つ。


 「間もなく、伯爵軍の皆様がご到着なさいます!」


 先駆けの兵士の声に、私は思わず背筋を伸ばした。


 馬の嘶きと、何十人もの力強い足音がこちらに近づいてくる。

 先導役のグランツ騎士団長の後ろに、灰色の馬に乗った旦那様の姿があった。

 旦那様の隣で黒い馬に騎乗している方が、ダンヴェル伯爵だろう。


 年齢は四十代半ばほどだろうか。濃い茶色の癖のある髪と顔半分を覆い隠すほどの髭を蓄えていた。


 「ダンヴェル伯爵閣下、到着致しました」


 「うむ。グランツ騎士団長、先導感謝する」


 騎士団長を労い、馬から降りた伯爵は、とても大柄で威圧感のある方だった。

 お二人がこちらへ近づいて来ると、おじい様が前に進み出て、にこやかに話しかけた。


 「ダンヴェルの。久しぶりじゃのう」


 途端にダンヴェル伯爵の顔がぱっと明るくなる。


 「先代閣下!お元気そうで何よりです」 


 そう言って、おじい様の手を取った。


 「そんな堅苦しい呼び方はいらん。アーロンで良い。……今年は、倅殿は連れて来なんだか」


 「成人致しました故、私に頼らず領地を守れるよう留守を任せました」


 「なるほど。お前さんらしい」


 そう言っておじい様は笑った。


 そして、私の方に視線を向けて合図をした。

 私が慌てておじい様の隣に並ぶと、旦那様がその隣に立つ。


 「ダンヴェル伯爵。私の妻のアンジェリーナです」


 「ようこそお越し下さいました」


 旦那様の紹介を受け、私は丁寧にお辞儀をした。

 何も問題はなかった。

 ——そう思っていたのだけれど。


 「……」


 ダンヴェル伯爵は私の事を無言で見つめる。

 おじい様と話していた時のにこやかな笑みは消え、探るような眼差しを私に向けている。


 「奥方はたしか……フェルナー伯爵家出身ではなかったか」


 低い声で呟かれた。

 

 「はい。その通りでございます」


 私は小さく頷く。

 実家の父とお知り合いなのだろうか。

 しかし、ダンヴェル伯爵は再び私を見つめた後、


 「……そうか。しばらく世話になる」


 それだけ言って視線をそらした。


 今の間は、一体……?


 ダンヴェル伯爵が旦那様と共に屋敷の中へ入って行った後も、私はその場に立ち尽くしていた。



*



 翌日、ダンヴェル伯爵は私達と一緒に朝食をとることになった。

 しかし、その時も彼の様子に違和感を感じた。


 おじい様や旦那様とはにこやかに会話されるのに、私に話題が振られた途端に無表情になられる。


 私の話に相槌は打って下さるけれど、ダンヴェル伯爵からは話しかけて下さらない。


 ……私、何か怒らせることをしたのかしら?


 不安に思っていると、食後におじい様に呼び出された。


 「ダンヴェル伯爵の、お前さんへの態度だがの」


 おじい様が難しい表情をしながら口を開く。


 「どうやら、原因はフェルナー伯爵——お前さんの父親らしい」


 「……そうですか」


 私は小さく息を吐いた。

 もしや、とは思っていたけれど……。


 「とある夜会で、フェルナー伯爵に領地の事を馬鹿にされ口論になったらしい」


 「……」


 それを聞いて、私は思わずこめかみを押さえた。

 田舎だからと自分の領地にもなかなか来なかった人だ。

 辺境に近いダンヴェル伯爵領のことも軽く見ていたのだろう。

 

 「なんてことを……」


 「……起こってしまったことは、取り消せん。しかし、そのせいで、アンも誤解されるのはのう」


 おじい様は宙を仰ぎながら所在なさげに髭を撫でた。

 ……私の身内のせいで、おじい様が困っている。

 そう思うと、とても申し訳なかった。


 「誤解が解けるよう、儂とイーサンからお前さんの人となりを話しておこう」


 おじい様はそう仰ったけれど……。

 

 ——私の実家が関係していることだ。


 私も動かなければならない。






次回更新は

7月3日(金)20時です。


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