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16.少しずつ縮まる距離

 旦那様が帰って来て一週間。

 いくつか変化があった。

 

 まず、今までおじい様と一緒だった食事の時間に、旦那様が加わったこと。


 といっても、多忙な旦那様は、昼食は執務室か兵舎の食堂で召し上がるので、朝食と夕食だけだ。


 旦那様は、おじい様へその日の予定を話しながら、時には軍事についての難しいお話をされる。

 私はそのお話を隣で聞いたり、領政については勉強中の身ではあるけれど、会話に加わることもある。

 

 「そういえば、もうじきダンヴェル伯爵領との合同訓練じゃのう」


 「もうそんな時期ですか」


 おじい様の言葉に、旦那様が驚いた声をあげる。


 ダンヴェル伯爵領は辺境伯領に隣接する領地だ。

 北のスノルド王国との国境付近に現れるならず者集団と渡り合う為、軍もそれなりに強い。

 毎年六の月になると、辺境伯領の軍と合同で一週間ほど訓練を行うそうだ。


 「訓練は、一年交代で互いの領地で行う。今年はうちの領地の番じゃ。伯爵軍を迎える準備は、アンに任せるとしよう」


 「私が……ですか?」


 辺境伯夫人として客様を迎えるのは初めてだ。

 ……これは、重大な役目だわ。


 思わず表情を強張らせる私に、旦那様が付け加えた。


 「サイモンやヘレナに聞けば大丈夫だ。ダンヴェル伯爵とは付き合いが長いし、あまり気負わずやるといい。」


 私はその言葉に小さく頷いた。



*


 また、執務室でお仕事をする旦那様にお茶とお菓子をお出しするようになったのも変化の一つだ。


 「旦那様とお話する機会を増やしませんと」


 と、メイサを筆頭とする周囲の人達がしきりに勧めるので、いつの間にかこうなってしまった。


 「失礼いたします」


 「——入れ」


 中から応答があり、サイモンが扉を開けてくれた。


 「もうそんな時間か」


 執務机で書類に目を通していた旦那様が、私の姿を見て立ち上がる。

 そして、お盆を置いた応接机の椅子に腰掛けた。


 「……これは、新しい菓子か」


 「はい。羊羹といって、赤豆のジャムをゼリーのように固めたものです」


 本来は寒天で固めるものだけれど、海に面していないこの国では、材料となる天草が手に入らない。

 そこで、エドガーに相談してゼラチンで代用することにした。

 完全に同じとは言えないけれど、記憶にある味に近いものは作れたと思う。


 「型から出したら切り分けて、フォークで食べます」


 「——なるほど。固めると、また違った食感がするな。君は本当に色々な菓子を思いつく。感心するよ」


 「……ありがとうございます」


 前世の知識なんだけど……ここは、控えめにお礼をいっておこう。



 「ところで……これは、食べるのは俺が初めてか?」


 「はい?」


 真剣な顔で、旦那様が私に尋ねた。

 どうしてそんな事を聞くのだろう……。


 「ええと、旦那様にお出しできるものか、料理長に味見を頼んだのですけれど……」


 気のせいか、旦那様の目つきが一瞬険しくなる。


 「『奥様がお作りになったものなら、俺が味見しなくても大丈夫です!』と押し通されて……。自分で味見をした限りは、問題ないと思うのですが……」


 旦那様が召し上がるものを、料理長の味見無しで出すのはどうなのと思ったが、料理長がすごい勢いで「大丈夫」と言い張るので押し切られてしまった。


 ……やはり、料理長の味見は必要よね。


 「料理長に言って、これからは味見を」


 「いや、いい。そのまま出してくれて構わない」


 ——へっ?


 私は驚いて旦那様を見る。


 「そう……ですか?」


 「ああ」


 旦那様がそう言うなら、これからは新作も旦那様に先に出そうかしら。


 ——ところで、サイモンがさっきから後ろを向いてるのはどういうこと?

 肩が小刻みに震えているし……。


 旦那様はそんなサイモンをひと睨みして咳払いをした。


 「——先日、城下町のパン屋達と話していた件は順調か?」


 「はい。皆さんとても熱心に考えて下さって」


 ——城下町の学校の子供達に餡子の菓子を配った後、お土産のお菓子を食べたパン屋の店主達が私を訪ねてきた。


 『奥様がお作りになった甘味を、是非うちのパンに使わせて下さい!』


 と頼まれたので、餡子を持ち帰ってもらったところ、すぐにいくつか試作品を持ってきてくれた。


 小さな餡パンのようなものから、餡子を生地に練り込んだねじりパン、餡とバターをはさんだサンドウィッチ……。


 どれも、とても美味しかった。


 「近く、本格的に売り出すそうです」


 そう言うと、旦那様が微かに口元を引き上げた。


 「そうか。それは良かったな」


 ……また笑った。思わず私の胸の鼓動が早くなる。


 「お仕事が落ち着かれたら、ご一緒に城下町へ食べに行かれてはいかがですか?」


 サイモンがにこやかに勧めた。

 あのパンを旦那様にもぜひ食べて頂きたい。


 「はい!合同訓練の準備で忙しくなるでしょうから、それが終わった頃にでも参りましょう」


 そう言うと、旦那様は目を丸くしてこちらを見た。

 もしかして、お嫌だったかしら?


 「いかがですか?」


 不安に思って旦那様を窺うと、旦那様は穏やかに頷かれた。


 「……ああ。楽しみにしている」


 その言葉に、私も自然と頬が緩んだ。

 旦那様と少し打ち解けられたと感じたひと時だった。




次回更新は

6月30日(火) 20時です。

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