15.気まずい再会
「旦那様」
驚きのあまり、私にはそう言うのがやっとだった。
——今日がお帰りになる日だったの?お祖父様やサイモン達は何も言ってなかったけれど。
「予定が少し早まった」
まるで私の考えを読まれたかのように、旦那様は簡潔に言った。
「そうですか。お出迎えできず、申し訳ありません」
「構わない」
旦那様の視線が鍋に向けられた。
「祖父から聞いている。新しい甘味を作ったらしいな。……これが、その甘味か?」
「あ、はい。赤豆を甘く煮詰めた、ジャムのようなものです」
私が説明した後も、変わらず鍋を見つめ続けている旦那様。
……ひょっとして、食べたいのかしら?
「よろしければ……味見をなさいますか?」
「ああ」
恐る恐る尋ねると、旦那様が頷いたので、小さなお皿に餡子をよそう。
「どうぞ」
スプーンを添えて手渡す。
「……ありがとう」
——初めてお礼を言われた。
旦那様は見た目が珍しいのか、しばらく見つめていたけれど、ゆっくりと餡子を掬って口に運んだ。
旦那様はわずかに目を見開いた。
「……甘いな」
静かに呟いた後、
「だが、ちょうど良い甘さだ。悪くない」
そう付け加えられた。
……よかった。お気に召して頂けた。
私はほっと胸を撫で下ろす。
「お口に合ったようで……よかったです」
そう言うと、旦那様は私のことをじっと見つめられた。
「……あの?」
「君は……」
「——おやあ?」
旦那様が何か言おうとしたのを遮るように、割って入ってきた声。
声の主は扉口に立った料理長だった。
「奥様以外に誰がいるのかと思えば・・・・・・」
料理長は、やけにもったいぶった足取りでこちらに近づいてくる。
旦那様の前で立ち止まると、帽子を取って恭しくお辞儀をした。
「おかえりなさいませ、旦那様。『お早いお帰りで』」
エドガーの嫌味に旦那様が眉根を寄せて彼を睨みつける。
「奥様がこちらにいらしてから半月以上経ちますよ。もう少し早くご帰還なさることもできたのでは?」
棘のある口調で、旦那様を見据える。
そんな、旦那様を責めるみたいに……。
「エドガー、私は別に……」
「それは、悪かったと思っている」
旦那様の声が、慌てて旦那様を庇おうとした私の声を遮る。
「おや。素直なんですね」
意外だというようにエドガーが目を丸くする。
「ああ。いろいろと、配慮が足りなかった」
静かに目を伏せた旦那様がゆっくりと私を見つめた。
「それでも君は、領地を良くしようと考えてくれたんだな」
旦那様がそう言って口元を緩める。
——笑っ……た?
そう思った瞬間、頬が熱を帯び始める。
「……どうした?顔が真っ赤だぞ」
訝しげな顔で旦那様が私に近づく。
「火のそばにいて、熱くなったのではないか?」
旦那様の指が頬に触れて思わず後ろへ下がった。
「いいえ!な、なんでもありません!」
そう叫ぶと、そのまま呆然と固まっている旦那様を尻目にエドガーへと向き直る。
「すみません!今日は部屋に戻るので、後はお願いします!!」
「はいはい。承知いたしましたよ奥様」
エドガーが頷きながら、ニヤニヤしている。
——何がおかしいのよ!
そして、私はぎこちない歩き方で扉へと向かう。
扉を出たところで、メイサとぶつかりそうになった。
「申し訳ありません、奥様」
「だ、大丈夫よ」
「あっ、奥様!?」
早口に言って駆け出すと、背後からメイサの慌てた声が聞こえた。
自室に戻って息を整えていると、遅れてメイサが入ってくる。
「どうなさったのです。走るなんて珍しいですね」
そう言われて、気まずくなり俯いてしまう。
「もしや……旦那様に何か言われたのですか」
勢いよく首を振る。
「では、何かされたとか?」
ドキッと心臓が跳ねて、顔を上げる。
顔色が変わった私を見て、メイサの顔からすっと感情が消えていく。
「……されたんですね?」
静かな冷え切った声が怖い。
一瞬の間の後——。
「——私、旦那様にお話しして参ります」
そう言うと、メイサはゆっくりと私に背を向けた。
どうしてだろう。一瞬、背中に般若の面が見えた気がする。
私は思わずその腕に縋りついた。
「メイサ、ち、ちがうの……」
これは絶対、旦那様が私に酷い事をしたと思ってる!
「ご心配なさらず。事実確認と、必要であれば鉄槌を下すだけですから」
——鉄槌って何!?
「本当に大丈夫なの。誤解よ」
首を振りながら必死で説明をする。
触れられただけで逃げたと白状するのは恥ずかしかったけれど、勘違いで旦那様が責められては申し訳ない。
私の説明に、メイサは初めは無言で聞いていたが、次第に表情が柔らかくなった。
それどころか、機嫌良くにこにこし始める。
「まあ。そうでしたの。ふふ、旦那様が」
「気を悪くされてないかしら」
「それは大丈夫でしょう。料理長が一緒なら、説明してるはずですし」
——料理長が?どうして?
きょとんとする私に、メイサは一層頬を緩めて
「奥様は、本当にお可愛らしい」
と呟いた。
その真意が掴めず、私はますます困惑するばかりだった。
次回更新は
6月26日(金) 20時です。




