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13. 奥様を守るために (※視点変更あり)

【メイサ視点】


 

 旦那様と私は乳姉弟で、幼い頃から共に育ってきた。

 六歳の時に、旦那様のご両親が相次いで亡くなってからは、恐れ多いが姉代わりとして近くで見守ってきた。

 だから、あまり結婚に乗り気でなかった旦那様が、ご結婚された時は嬉しく思った。

 いらっしゃった奥様も、領地や民を思う素晴らしい女性だ。

 けれど——。

 どうにもお二人の間に距離がある気がする。


 「明日は外出の予定もございませんし、ごゆっくり過ごされてください」


 寝間着に着替えてベッドに横になった奥様に掛け布をかけながら言うと、奥様は小さく頷かれた。


 「ええ。でも、明日は料理長に新作に使う材料のことで聞きたいの」


 「奥様は、すっかりあの甘味に夢中でいらっしゃる」


 そう言うと、奥様は照れたように笑った。


 「ふふっ。そうよ。もっと、あの甘味の良さを広めたいわ……」


 そうおっしゃると、小さくあくびをされた。


 「……おやすみなさいませ。奥様」


 一礼し、奥様の寝室を後にする。


 その足で私が向かったのは、一階の食堂だ。


 ——といっても、奥様方がお食事で使う大食堂ではなく、使用人用の小さな食堂である。


 中へ入ると、小さなテーブル脇の椅子に、大旦那様が腰掛けていらっしゃった。

 そのまわりには、家令のサイモン様と侍女頭である母ヘレナ、料理長と騎士団長が集まっている。


 「アンは寝たのか」


 大旦那様が私にお尋ねになる。


 「はい」


 私の答えに大旦那様は静かに頷く。


 「ふむ。それでは始めよう」


 大旦那様が合図をすると、サイモン様が一通の便箋を手にし、口を開いた。


 「王都の屋敷からの報告でございます。結婚式当日の夜、旦那様と奥様は同じお部屋でお休みになられました。しかし、翌朝早く旦那様は王宮へ登城なさいました。その際、奥様が領地へ向かう準備を調えるよう、あちらの執事に指示を出されております。奥様はその日のうちに、ご出立なさいました」

 


 「前日に結婚したばかりの者を呼びつけるとは……王も随分不粋なことをなさる」


 大旦那様が苦々しげに呟かれた。


 「いえ、それが……」


 サイモン様が言いづらそうに切り出す。


 「登城された理由は、王宮近衛騎士団との鍛錬ですが……この件は事前に決まっておりました」


 「ほう?それなら、終わってから奥様と一緒に来ればいいだろうに」


 騎士団長がそう言って首を傾げる。


 「これでは、まるで奥様を厄介払いしたようにみえますわ」


 思わずそう漏らすと、母が咎めるような視線を私に向けた。

 しかし、


 「……メイサの言うことももっともだ」


 大旦那様は低い声でおっしゃり、頷いた。


 「たった一晩過ごしただけで、新妻だけ領地へ寄越すとは……何かあったのかの」


 「例えば……喧嘩、とかですかね?」


 料理長が頭をかきながら言った。


 「喧嘩?あのお二人が?」


 お二人とも、どちらかというと穏やかな性格でいらっしゃるので、とても想像がつかない。


 「言い争いにならなくとも……どちらかが、相手を傷つけるようなことを言った、とか」


 「それならば、言ったのはイーサンの方だろうな」


 大旦那様の言葉に、全員が頷いた。

 あの優しい奥様がそんな事をするはずがない。


 「それにしたって、どうして?」


 騎士団長が口にした疑問に、皆が首を傾げる。

 大旦那様はしばらく考え込まれ、やがて、ため息をついた。


 「これは他言無用にしてほしいのだが……」


 そう言って大旦那様が話されたのは——。


 もともと旦那様は、奥様の妹君に縁談を申し込まれたこと。

 妹君が病弱なことを理由に断られ、代わりに奥様が嫁ぐことになったこと。


 「……まあ。そんな事情がおありだったのですね」


 母がしんみりとした口調で呟いた。


 「でも、旦那様も奥様が嫁ぐことを了承されたのでしょう?なのに、どうして……!」


 私はだんだん腹が立ってきた。

 代用品のように奥様を差し出した奥様のご実家にも、それを受け入れながら奥様を遠ざけた旦那様にも。

 

 「アンを傷つけたというのは確定ではないが、あやつがアンを遠ざけたのは事実じゃの」


 静かに呟き、大旦那様は虚空を見つめながらテーブルを指で叩く。


 「……あやつが戻ったら、一つ、話をせんといかんのう」


 その声には静かな怒りが滲み出ていた。

 私たちはごくりと息をのむ。


 その後、帰還する旦那様をどう迎え入れるか、私たちは長い時間話し合った。



* *


【アンジェリーナ視点】


 二日後の夜。

 仕込みが終わった厨房で、私は鍋と向き合っていた。

 鍋の中には村の赤豆が甘い匂いを漂わせている。


 不意に扉の音がして、誰かが入ってくる気配がした。

 さっき席を外した料理長が戻ってきたのかしら。

 ちょうどよかった。餡子の味をみてもらおう。


 「戻られたんですか?味見をお願いしたいのですが」


 鍋を見つめながら声をかけたが、返事はない。


 ……気のせいだったのかしら。


 そう思った、その時——


 「アンジェリーナ」


 不意に名前を呼ばれて、心臓が大きく跳ねる。

 この声は……。


 私はおそるおそる振り返った。

 

 目の前に立っていたのは、結婚式の日に会ったきりの旦那様だった。




次回更新は

6月19日(金) 20時です。

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