12.温かな居場所 (※視点変更あり)
城塞内の訓練場では、木の剣を持った騎士や兵士が雄叫びをあげながら撃ち合いをしている。
あまりに白熱しているので、私はどう声をかけようかと物陰でずっと様子を窺っていた。
「——奥様?何かご用ですか」
私に気づいた副団長が声をかけてくれた。
「あの、皆さんに差し入れを……」
私はおずおずとバスケットを差し出す。
副団長は驚いた表情で受け取ったが、すぐに穏やかに微笑んで訓練中の一団に声をかけた。
「団長!奥様からの差し入れです!」
「なにぃ!?奥様だと!?」
そう言いながら、大股でこちらに歩いてきたのは、辺境伯領騎士団のバルド・グランツ団長だ。
逞しい体躯に短く刈り込んだ灰色の髪。
無精髭を生やしているのも相まって粗野な印象をうけるが、話してみると気さくな人だった。
「こちらを皆さんで」
「なんと!奥様自らありがとうございます!」
団長はバスケットの蓋を開けて目を輝かせた。
「おい!休憩だ!奥様が差し入れを持って来て下さった!」
団長の言葉に、兵士達は訓練の手を止め歓声をあげた
差し入れに持って来たのは、餡子を焼き菓子で挟んだものだ。この方が、訓練の合間につまめていいだろうと考えた。
「この挟んであるペーストが、プラドの故郷で作られてる豆なんですよね」
「はい」
「これは実に美味く作りましたね、奥様」
団長が片目を瞑ってみせた。
私の父親ぐらいの年齢なのに、お茶目な人だ。
「この甘さがしみるなあ。疲れがとれる」
兵士達も食べながら感想を口にする。
「サラダやスープに入ってる豆は正直苦手でしたけど、これなら大歓迎です!」
年若い兵士の言葉に皆から和やかな笑いが起こった。
*
「おくさまー!!」
外出の為玄関へ向かう私のところに、小さな女の子が駆け寄って来てドレスにしがみついた。
「エマ!お行儀が悪いですよ!」
メイサが目を吊り上げて叱ると、その子はすぐに私から離れて、ぴょこんとお辞儀をした。
「こんにちは、おくさま」
「はい。こんにちは、エマ」
私はエマと目線を合わせるようにその場にしゃがんだ。
「ちゃんとご挨拶ができて偉いですね。ご褒美にお菓子をあげましょう」
そう言って、持っていたバスケットの中から菓子を取り出す。兵士達への差し入れと同じ、餡子を挟んだ焼き菓子だ。
「わあ!ありがとうございます!」
エマが両手で受け取りにっこりと笑った。
その可愛らしさに私の頬も自然と緩む。
「奥様、あまり甘やかさないでください……」
後ろでメイサがため息をついた。
「おや、エマ。良いものをもらったね」
そう言ってゆっくりと歩いて来たのは領官長だ。
メイサの父親でエマの祖父と知った時には驚いた。
——村から帰った後、『エマという子とは離れて暮らしているの?』と私はメイサに尋ねた。
すると、メイサはなんとも複雑な表情を浮かべながら、領官長の執務室へ私を案内したのだ。
まだ四歳と幼く、身内が皆屋敷勤めなことから、日中はそこで過ごしているという。
祖父の隣で一人遊びをしたり、時には、他の使用人の子供達と簡単なお手伝いをしたりしている。
「父さん、ちゃんとエマを見ていて下さい」
メイサが領官長を睨みつける。
「ははは、すまない。奥様を見た途端走り出してしまってね」
「領官長もいかがですか」
私がお菓子を勧めると、領官長が目を丸くした。
「おや、よろしいのですか。街の子供達に配るものでは?」
今日の予定はあらかじめ領官達へ共有されている。
孤児院と学校を訪ね、建物の改修計画や備品購入についての話をするので、担当の領官にも同行してもらっていた。
「たくさんありますから」
「そうですか。それでは、一つ」
私から菓子を受け取ると、ひょいと口に入れた。
「うん!これは良いですな!執務の合間に食べたいくらいです」
「わたしも、たべていい?」
自分の分を両手に持ったまま、エマが尋ねる。
「君はお部屋に戻ってからね。おじいちゃまみたいに立って食べてはいけないよ」
メイサからの視線を気にしながら、領官長がエマの頭を撫でる。
「お引き止めして申し訳ない。そろそろお出かけの時間では?」
「あっ!そうだわ!それでは、また」
領官長に言われて、時計を見た私たちは慌ただしく駆け出した。
* *
【メイサ視点】
「今日は子供達に喜んでもらえて良かったわ」
お召替えを手伝っていると、奥様が嬉しそうにおっしゃった。
「はい。お土産用のお菓子も、持ち帰る前に食べてしまった子もおりましたよ」
私は思わず吹き出した。
——学校で配る時は、家族と食べられるよう別に包んだものを準備されていた。
その分、孤児院では多めに振る舞われて……どんな時も心配りを忘れないお方だ。
学校や孤児院では、奥様は常に子供達に囲まれていた。
『お菓子を持って来た人』というだけでなく、奥様の親しみやすいお人柄が、子供たちにも伝わっているのだろう。
エマが——あの人見知りな娘がすぐ奥様に懐いたのにも頷ける。
「今度行く時もたくさん持っていきましょう。それとも、別のお菓子がよいかしら」
「まあ。何か考えておられるのですか」
「ええ。材料について料理長に相談する必要があるけれど……完成したら、おじい様に食べてもらいましょう」
奥様が子供のように目を輝かせている。
大旦那様のことも実のお祖父様のように慕っておられて微笑ましい。
しかし——。
旦那様について、奥様からお話しされたことはほとんどなかった。
私や周囲の者が旦那様の話題を出すと、
「まあ、そうなの」
そう言って微笑まれるだけ。
その微笑みがどこか寂しそうで、私はずっと気になっていた。
次回更新は
6月16日(火) 20時です。




