11.村の豆の新たな価値
翌朝。
「これはなんじゃ?」
おじい様が、朝食のテーブルに置かれた餡子入りの器に気づいた。
「昨晩作った甘味です。村の豆で作りました」
「ほう?」
おじい様が餡子の入った器を手に取る。
後ろに控えているサイモンも、興味深げに器の中を覗きこんだ。
「この甘い匂い……たしかに甘味じゃの」
「豆から甘味とは……斬新な発想ですね」
おじい様は、スプーンですくって一口含んだ。
すると、おじい様の顔に驚きが広がっていく。
「ほう!これは面白い!たしかに甘味じゃが、初めて食べる味じゃ。——ほれ、おぬしも食べてみよ」
おじい様に勧められて餡子を口にしたサイモンも思わず声をあげる。
「なんと!あの豆からこのようなものができるとは」
「ふふ、美味しい食べ方をご紹介いたしますね。——料理長」
「はい、奥様」
エドガーが持ってきたのは食パンを焼いたもの。いわゆるトーストだ。
エドガーは、その上に餡子を塗り始める。
「ほう。ジャムのように塗るのか」
「はい。仕上げにバターを……」
餡の上にバターをひとかけ落とすと、おじい様から笑いがこぼれた。
「ホッホッホ!これは美味そうじゃのう!」
エドガーが餡子載せトーストをおじい様と、私のお皿に置いた。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
「うむ。まずは一口」
おじい様がトーストをかじると、サクッと香ばしい音がした。
「思ったとおり!美味いのう!」
そう言うと、髭に餡が付くのも構わず夢中になって食べ始めた。
そんなおじい様に頬を緩めながら、私もトーストを口に運ぶ。
サクッとしたトーストに優しい甘さの餡子。そこへ、バターのコクが口いっぱいに広がる。
「ふふ……美味しい」
「うむ。実に美味じゃった。この年で、新しい味に出会えるとはのう」
食べ終わったおじい様は髭を拭きながら満足げに言うと、私を真っ直ぐに見つめた。
「あの村の豆の価値をよくぞ見出してくれた。礼を言う」
その言葉に、私の胸は嬉しさでいっぱいになった。
*
午後、私はメイサと共にあの村へと向かっていた。
膝の上に置いたバスケットの中には、陶器の壺に入れた餡子と、焼き菓子入りの箱が入っている。
「奥様、着きましたよ」
プラド卿に言われて馬車を降りると、村の入り口には村長が立っていた。
「またあんたか。今日は何の用だ」
相変わらず不機嫌な態度の村長だが、私の後ろに控えるメイサを見ると、表情を一変させた。
「あ、あんたは……!」
随分と驚いているけれど……二人は知り合いかしら。
「ご無沙汰をいたしております。お義父様」
メイサが村長に向かって丁寧に頭を下げた。
「お、お義父様!?」
私は思わず叫んだ。
「はい。村長は、そこにいる我が夫、ラウルの父君ですので」
メイサの説明に理解が追いつかない。メイサの夫がプラド卿ですって?
「メイサって、プラド卿と夫婦だったのね」
そう言うと、メイサは口元に手を当ててハッとしたように目を見開いた。
「まあ……私としたことが、お伝えするのを失念しておりました。申し訳ございません」
「……君は意外と抜けているところがあるから」
プラド卿がぼそりと呟く。
だが、メイサに鋭く睨まれてすぐに顔を背けた。
その一瞬で、夫婦の力関係が垣間見えた気がした。
「……ふん。ぞろぞろとやって来て何の用だ」
村長がメイサを横目に気にしながら、そっけなく言う。
しかし、その声音は先ほどよりも弱々しい。
――メイサのことが苦手なのかしら。
そんなことを思いつつ、私は気持ちを切り替えて手にしたバスケットを軽く掲げた。
「先日、ご息女から頂いた豆で甘味を作りました。それの試食をして頂きたくて」
「……甘味、だと?」
村長がわずかに眉を顰める。
「ええ。召し上がって頂けますか?」
そう尋ねると、村長はしばらくこちらを見つめて――やがて、ため息をついた。
「食わんと言っても、わしが食うまで居座るつもりだろう?……うちに来い。茶ぐらい出してやる」
そう言って私たちに背を向けて歩き出した。
村長の家ではプラド卿のお姉さん——ミランさんと子ども達が迎えてくれた。
「あら、まあ!ようこそいらっしゃいました、奥様」
私に挨拶をすると、メイサにも笑顔を向ける。
「メイサちゃんも、久しぶりね。エマちゃんは元気?」
「お義姉さん、お久しぶりです。ええ、お蔭様で」
エマというのはメイサとプラド卿の娘だと教えてもらった。
今度、その子にもこの甘味を食べてもらおう。
「突然申し訳ありません。先日の豆で作った甘味を持ってきたので、召し上がって頂きたくて」
「ええっ!?あの豆で甘味を?」
「甘いの?——食べたい!」
やはり、ミランさんも驚いている。
その後ろでは、甘いものと聞いた子ども達が無邪気にはしゃいでいた。
「これが、豆から作った甘いペーストです」
テーブルのまわりに集まった皆の前で、壺の中身を見せる。
その中には暗い赤褐色のペーストが入っている。
「なんじゃ。不気味な色だな」
村長が顔を顰めて言う。
ミランさん達も口には出さないが、戸惑ったような表情をしている。
「これを、焼き菓子に挟んで召し上がってみてください」
すぐに食べてもらえるよう、エドガーに焼き菓子を用意してもらった。
それにペーストを塗って村長に手渡す。
「ふん。匂いからして甘味なのは間違いないな」
そう言って、注意深く見つめる。
やがて、決心したように口の中に入れた。
咀嚼していくうちに、村長の目が見開かれていく。
「これは……本当にあの豆から作ったのか!?」
村長が探るように私を見る。
「はい」
私は静かに頷いた。
食べ終わった村長はしばらく無言だった。そして——。
「……もう一つくれないか」
「——ッ!もちろんです!」
村長の言葉に私は胸がいっぱいになる。
それを見たミランさんも声を上げる。
「私にもお願いします」
「オレもー!」
ミランさんに続いて、子ども達からも手が上がった。
村長の家での試食は大成功に終わった。
*
「——これを、ひとまずは領内に広めようと思います」
帰りの馬車に乗り込むときに、私は見送りにきた村長に言った。
「このペーストを使った商品が増えれば、あの豆の需要がもっと高まると思うんです」
村長は静かに頷く。
「ああ——」
そして、私の方へゆっくりと右手を差し出した。
「奥様。あんたがそう言うなら間違いない。……よろしく頼む」
私はこみあげてくるものを堪えて、村長の手を握り返した。
「はい。——必ず」
次回更新は
6月12日(金) 20時です。




