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10.豆から生まれた甘味

 私が厨房に持ち込んだ小豆——ここでは赤豆と呼ばれているらしい——を見たエドガーは渋い顔をした。


 「奥様。その豆をどうするおつもりですか」


 「これを使って甘味を作るんです」


 「甘味ぃ!?」


 厨房に響く声に、仕込み中の料理人達が一斉に振り返った。


 「……豆ですよ?」


 「ええ」


 「それを、甘くする?」


 「ええ」


 「何故ですか!?」


 やはり、この世界——少なくとも、この国には豆を甘くするという文化は無いのだと、エドガーを見て確信する。


 「昔、とある文献で目にしたの。この豆を甘く煮詰めて甘味にする方法を。それを試したくて」


 昔といっても前世なんだけど。

 

 和菓子屋の祖父を手伝った事があるから、だいたいの手順はわかる。


 「その甘味が受け入れられれば——あの村の豆がもっと必要とされるはず」


 「……」


 エドガーは腕組みをして私をじっと見つめる。


 「料理長、力を貸してください」


 そう言うと、エドガーは諦めたように息を吐いた。


 「……わかりました。俺も料理人として、どんなのが出来上がるか興味がある。ーーやりましょう!」



 そして、翌日の夕食後。

 仕込みが終わった厨房に、私とエドガー、そしてメイサの三人がいた。メイサには記録係もお願いしている。


 「まず、豆を軽く洗います」


 汚れを落とす程度に水で洗った後、鍋に豆とたっぷりの水を入れて火にかける。


 「沸騰したら、一度お湯を捨てます」


 「もう捨てちまうんですか!?」


 「こうすることで、豆の渋みがなくなって美味しくなるんです。——そして、また水を入れて火にかけます」


 もう一度湯を捨て、水を入れる。

 今度は、沸騰したらアクを取りながら豆が柔らかくなるまで弱火で茹でる。

 私は豆を一粒すくって口に入れた。


 「——うん。このくらいかしら。ここで、砂糖を入れます」


 「茹でる時に一緒に入れないのは?」


 「早く入れ過ぎると、豆が固くなるんですよ」


 「……順番が大事ってことか」


 エドガーが感心したように唸る。


 ……そう。ここで砂糖を入れるんだけど、一つ問題がある。

 この世界は、砂糖がとても高価なのだ。

 

 「少し……いえ、かなり砂糖を使うのよね……」


 必要とはいえ、なかなか躊躇われる量だ。


 「……甘さを加えるなら、蜂蜜で代用できないんですか?」


 エドガーがぽつりと言った。


 「蜂蜜……!それなら——!」


 蜂蜜は砂糖に比べれば比較的安価だ。


 風味が変わってしまうかもしれないけれど、これはあくまでも試作。


 「蜂蜜でやってみましょう」


 砂糖も使える範囲で入れて、残りを蜂蜜で補う形にした。


 鍋からふわりと甘い匂いが広がる。


 「まあ……なんていい匂い」


 メイサがうっとりとして言った。


 水気を飛ばしながら餡を練り上げていくと——。


 「……できた」


 ついに餡子が出来上がった。


 人数分のスプーンですくい、それぞれで味見をする。


 ……記憶にある味より、甘さが控えめかも


 期待と異なる味に、私は眉を顰める。

 失敗した。そう思った時、


 「驚いた。こりゃ美味い!」


 エドガーが声を上げた。


 「え……?美味しい……?」


 思わず聞き返すとエドガーは力強く頷いた。


 「甘味として成立しています。絶妙な甘さですよ」


 「このような甘味、初めてです!」


 メイサも興奮気味に続けた。


 そういえば、外国の人が餡子を苦手な理由に『甘過ぎるから』というのがあった事を思い出す。


 甘さが抑えてあるのが、かえって二人には好ましく感じられたのかもしれない。


 これならば、他の人にもきっと……。



 「それで、この甘味の名前は何というんです?」


 エドガーが尋ねた。


 「これは、餡子という名です」


 「アンコ?」


 エドガーが私の言葉を繰り返す。

 しばらく沈黙した後、にやりと笑った。


 「……奥様、ご自分のお名前がアンジェリーナだからって……」


 「違うわ!」


 思わず否定した。

 私の名前からとったんじゃないのよ!


 「じゃあ、どうしてアンコという名前で?」


 「うーん、それは……」


 前世ではその名前で定着してたから、なんて言えない。


 「……これからは、赤豆のペースト、と呼びましょう」


 「アンコじゃなくてもよろしいので?」


 「いいの!わかりやすいのが一番だから!」


 無理矢理呼び名を決めて、私は気持ちを切り替えた。

 別の人にも試食をしてもらう。


 それは——おじい様だ。





次回更新は

6月9日(火) 20時です。


※11話以降は火曜・金曜更新です。


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