悠々の対義語は難しい字 ー8
ダンジョンの扉の前にワープすると、無言でスタミナのないツワシとシロハをクロハがサッと担ぎ、ディーがライラを抱き上げ、振り返ることなく走り出した。
自分たちが脱出したあと、きっとあの冒険者一行も出てくるだろう
鉢合わせしたくないので、逃げるように来た道をどんどん駆けていく。
途中で現れた魔物もガン無視して進む。
途中でふらふらとしている人間が遠くに見えた。
「お、おのれ……あの野蛮の極み。凡人どもめ……絶対許さない」
今にも倒れそうな男は気合いだけで踏ん張っていたが、こちらに向かって走ってくる一行を見て、目を丸くした。
「き、貴様らは……ッ」
何か言葉を続けようとしたようだが、クロハは止まることなく、抱えていたツワシを一度軽く空中に投げると、その無防備な足をつかみ大きく振り回した。
目の前の理解しがたい行動に思考停止していたロネスは、本日二回目の邂逅だったのにもかかわらず、一言も会話を交わすことなく呆気なくブッ飛ばされた。
「わぉホームラン」
悲鳴を上げて飛んで行った男を拍手しながら見送るシロハ。
ディーに抱かれているライラが困惑しながら心配の声をあげた。
「今の人すごく飛んでいきましたけど、いいんですか?!」
「いいよ」
「どうでも」
クロハの言葉の前にある消えた音をシロハが続けて言うと、ライラはあきらめたように目を閉じて、名も知らぬ男のために祈った。
「ねえ、痛いんだけど!! 折れた気がする」
「心が?」
「骨が!!!」
しょうもないやり取りをしていると村に戻ってきた。
ダンジョン内で一夜が明けていたらしく、ライドのおっさんは村人から差し出された朝ご飯をもぐもぐと食べていた。
息を切らしている二人をみて、おっさんは困惑気味に尋ねる。
「魔物の群れにでも襲われたんで……?」
「似たようなもん」
クロハは呼吸を整え適当に返事すると、抱えていた荷物を降ろす。
痛いよおと泣いて転がっているツワシに心配そうに近寄るライラ。
「あ、大丈夫です。青あざすらありません」
「ええ……こんなに痛いのに……?」
「武器扱いでダメージ無効だったんじゃない?」
「ええ……?」
ディーの推測にそんなことあるう? とドン引きしているツワシのことを一切気にせず、シロハはライドのおっさんに近寄ると食べているものをジッっと見つめる。
「おいしそう」
白い分厚いパンのようなものの中にはさまれた、味の濃そうなタレにおぼれるお肉の塊とサラダ。
いい匂いに一行のお腹がぐうと鳴る。
それに気付いて、村の人が笑いながらいそいで準備してくると言い、家の中に歩いて行った。
中央広場のど真ん中にある大きな焚火の近くにある、ベンチ代わりの丸太の椅子に並んで座って朝食を待つ。
「みなさん確か花鳥三姉妹っちゅう大精霊様に会いに行ったんでしたっけ」
「手に入れたよ」
「ええ!? そりゃすごい。そんなすごい力を手に入れて……もしかして、本当に魔王討伐にいこうって感じですかい?!」
おっさんの言葉に一行は一瞬黙る。
そして全員同じことを心の中で思った。
≪ ああ、そういえば魔王討伐の名目で旅してるんだった…… ≫--- と
「もちろん」
ディーがそう答えると、一行はウンウンと首を縦に振る。
「い、今の間は……?」
「気のせい気のせい」
できたてほやほやの食事に大喜びするシロハ。
口に入れた柔らかく濃厚のタレのかかったお肉が気に入ったツワシが、小さくちぎったものをラムダにあげながら村人に聞く。
「これ何のお肉なんですか?」
「フルモフですよ」
その瞬間口からボト……とお肉を落とすラムダ。
「食料に困ったら食えるな……」
小さい声でクロハがそうつぶやくと、着信が入ったスマホのバイブのように小さく、しかし激しく振動して震えるラムダ。
その顔は絶望と恐怖に涙している。
「もふたんは食べないよ」
「金色でまずそうだから?」
「かわいいから!」
クロハはちらりとラムダを見ると、小さい声で「確かに……」と呟いた。
「魔王と言えば、北のほうにある都市が魔族に占拠されたって噂ですぜい」
「それって、マンデムーン?」
「確かそうだったと」
一行はこそこそと集まる
「確か私たちそこ向かってるんじゃなかった?」
「特に目的無かったけど、そうだね」
「えー。行くの?」
ツワシの嫌そうな声にディーは頷く。
「どうせ、すぐにつくわけじゃないから、その間に滅びるかほかの冒険者が倒すでしょ」
「滅ぶ可能性を軽視するのはどうかとおもいますが……」
ライラの言葉に双子は首を横に振った。
「滅びる時は滅びるんだよ」
「首都一つ無くなったって世界はまわるよ」
「あのう? 見捨てるんで?」
双子の発言が聞こえたライドのおっさんは困惑顔でこちらをみてきた。
少し沈黙した後「まさか」とディーは棒読み気味に言い切る。
「で、ですよね。それならあっしがマンデムーンまで皆さんをお運びしますよ」
「「「「え??」」」」
思わぬ提案に一行は思わず声に出す。
「ここからだとひと月かかるでしょう? カエルムなら数日でたどり着きますよ」
「いや、いい」
「え」
ディーはキリッと決め顔を知ると、首を横に振った。
「魔物に占拠されているなら上空も危ないだろうし、おじさんたちにそんな危険を冒させることはできないよ。直接行くより、情報を集めながら準備したいしね」
「もっともなこと言ってる」
それならば、と納得した様子のおじさんに一行はふうと一息つく。
勇者ごっこをしているだけで本当に勇者になるつもりなどは一切ない。
しかしそれを否定してしまえば通行手形の価値が無効になってしまう。
ひそひそと双子は顔を近寄らせて会話する。
「私たちはともかく、ディーも自由を求めて旅してるって感じかな」
「んだな。ライラはどうだろう、ツワシと同じ流された形か」
「てけとーに旅して、よさげな土地で一緒に永住しようね、シスター」
「永住なんてしなくても、ずっと歩き続けようよシスター」
二人が拳を合わせたところでおっさんはカエルムを召喚士、その背中に乗った。
「他にやり残したことがなければ、背にのってくだせえ」
「もういい?」
ディーの言葉に、ライラがおずおずと思いを告げた。
「最後に。もう一度ホーラ様にご挨拶をしてきてもいいですか?」
「いいよ。俺は待ってる」
「せっかくだし見に行く? シスター」
「んー」
めんどくさそうな声を上げたクロハの腕を引っ張ってライラの横に立つシロハ。
「ツワシはいなよ。どうせ興味ないでしょ」
「ええ、ないけど……そんな決めつけないでしょ」
無視して女子三人はホーラ霊廟に向かう。
結構な斜面をゆっくりと歩いていく。杖をつかってなんとか滑らずに前に進んでいると村の位置がどんどん低くなっていく。
大きなカエルムも、手のひらサイズだ。
「ぴいぴい、シスターァ」
「そうなるとおもったよ」
泣き言を言いだしたシロハをおんぶするクロハ。
ライラは真面目に自力でどんどん進んでいく。
しばらく上がっていると、ダンジョンがあった位置までも見え。
さらにいけば、やっと霊廟の入り口となる門にたどり着いた。
金色の屋根に、赤い柱。
続く道は整理された均等な石畳み。
これまた立派なお堂の前でライラは膝をつき、両手を組んで祈りを捧げた。
目を伏せ、敬虔なるその姿を横目で見つつ、クロハはシロハを降ろす。
「すごい、魔力の粒子を感じるね。どこかにコアでもあるのか、それとも湧きどころが……?」
シロハはうろうろとお堂の周りをまわったかと思いきや、徐に扉を開いた。
「ちょちょちょ、シロハさんッ」
さすがに慌てた様子で止めに入るライラだったが、一足遅く、扉は完全に開かれた。
「!?」
いろんな小さな数字がぶわっと吹きすさぶ吹雪のように飛び出したかとおもうと、三人をそのまま包み込んだ。まるで夜空のような空間に閉じ込められたが、星のように輝く小さな数字のおかげで恐怖心はない。それはぐるぐると回転すると、小さな花に変わりふわふわ浮きながら発光している。
唖然としていたが、ハッとしたライラが周りを見渡す。
「こ、これは一体」
「魔力が凝縮されてる感じがするね。敵意もなければ知性も感じられない。ただあるだけって感じ」
「まさかこれは」
ライラは手を組んで、天を仰ぎ見る。
「ホーラ様の導き」
「いや違うと思う……いや、いや。うん、いやきっとそう、ホーラ様の意志だよ」
興味なさそうに否定しようとしたシロハだったが、うんうんと手のひらを返して頷く。
何企んでいるんだとクロハがジト目で見ると、シロハはライラの肩をつかんだ。
「だから、この魔力もらっちゃおう」
「え?!」
「これはもっと強くなりなさいってホーラ様がいってんだよ」
「えぇ……そうなのですか?」
魔力欲しかっただけかあ、とクロハは納得した。
特になにかいう必要も感じなかったが、このまま放置していてもどうしようもないので、ここはシロハにのっかっておくことにした。
「そうそう、人々をより救えるように強くなれってことだよーしらんけどー」
「んね、シスターもそういってる。ってことで、魔力きゅーしゅー」
「は、はい」
二人が魔力を吸収すると花びらがどんどん散っていき、夜が明けていく。
キラキラと朝日が差し込んでいくと、世界は何もなかったかのようにもどってきた。
目の前には何もないお堂の扉が開きっぱなしなっているだけ。
「おお、レベルあがったー」
てってれーと歌いながらご機嫌にくるくる回るシロハ。
「私も、一時ノ逆流が三分の緩急から20分前まで時間をもどせるようになりました」
「ラーメン完成の時間が、お風呂が沸く時間までになったのか」
すごいんだろうけど、なんとも中途半端な進化だ。
「私も煌めき星の威力が、壁反射すると光玉が倍増する仕様になったよ、跳ねれば跳ねるほど増える」
「それ以上殺意高めてどうすんだ」
「室内で撃つのだけはやめてくださいね……」
用事を終え、ツワシたちのところに合流しようと戻ってくると、男同士二人会話しているのが聞こえてきた。
声をかけようとしたライラを止めて、シロハはしーと指で静かにするよう合図を出した。
「何話してるか気にならない?」
「どうせしょうもないだろ」
「でもツワシさんはいつになく真剣な顔ですよ」
女子のほうが多いのでいつも少しだけ気を使ってくれている男組。
男だけの時はいつも何を会話しているんだろうと好奇心が勝ち、こそこそと隠れることにした。
「でしょ。だからさ、やっぱり僕思うんだよね」
「うん」
「異性だとしてもあの双子は恋愛対象にはなれないって」
「はは。わかる」
「……」
女子三人は無言でさらに二人の背後に回る。
「だって考えてごらんよ。シロハはわがままで散財癖もあるし、ギャーギャーうるさい。クロハは気に入らないと殴ってくるし、なにより目が死んでて怖い」
「殴られるより目のほうが怖いんだ?」
最近ライラに気を使って威力下がってるからね。と笑うツワシに冷ややかな目を向ける双子。
「ライラは?」
「あの二人に比べたら天と地ほどの差でいい子だけど、僕肌白い子より麦色の子が好きなんだよねー。ライラはちょっとほそっこいからなー。ディーはどうなのさ」
「んー……俺は、俺が一番好き」
魔法で鏡を出しながらうっとりと自分の顔を見ている。
「ほら、髪型も決まってるし、お肌も女子ズよりもつやつや、何より顔が良い」
「ナルシストって恋することあるの……?」
「そもそもあの三人は女子力低いと思う」
「確かにーッ」
「俺が女装したほうが多分一番美女になるとおもうよ」
あはははと笑う二人の背後に立つシロハ。
突然現れた殺気に気が付き急いで後ろを振り向く二人。その瞬間冷や汗をどばどば流す。
いつも冷静でスンッとした顔がデフォのディーですら先ほどの会話はやばいと理解しているようで、目がやばいやばいと焦りに揺れている。
「えっと、どこから聞いてた?」
「んふー」
シロハは杖を構えた。
「あの世に行ったら教えてあげる♡」
杖がカッと光る。
「煌めき星!」
ツワシの悲鳴と、とばっちりをうける村の人たち。
阿鼻叫喚を見ながらクロハはライラのほうを見た。
「あとで時間戻してくれる?」
「はい……レベル上がっていてよかったです……ほんとに」
クロハはこっちに飛んできた煌めき星をライラに当たらないように撃ち落としながら、ぼそっと呟く。
「こっちもお前らなんか願い下げだっつーの」
「私も今回ばかりはそれに同意します……」
パーティー内の恋愛には発展しなさそうで、それはそれで安心だけど、と思うクロハであった。




