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プロローグF:魔術学園の問題児~原点にして頂点の魔術の祖、2000年後に転生して魔術学園に通う~

「賢者様~、また独裁官(ディクタトール)執政官(コンスル)がお呼びですよ~」


「賢者はやめて。エフィロインでいいわ」


 キリ良く思考が整理できたタイミングだったので、間の抜けたしゃべり方をする助手にすぐに返事をすることができた。

 ここは私の研究室で、私を呼び出した独裁官(ディクタトール)執政官(コンスル)の執務室はすぐ隣の建物だ。使いをやるぐらいなら直接くればいいものを、この国の最高権力者として一介の魔学者風情を訪ねるのは本人の意向関係なく立場が許さないらしい。


 仕方がないとは思いつつ、ため息をついて助手と連れ立って部屋をでる。広場では扇動者(デマゴーグ)が、魔学はいかに神の御業を冒涜するもので、それがどれだけ危険で気味が悪いものかを、声高に叫んでいた。


「最近多いですよね~。あの連中にこの前の戦役で何故勝てたか教えてやりたいですよ」


「魔に嫌悪感を抱くのは当然だわ。この世の理ではないの。異様であることに違いないわ」


「でも」


 彼女は子供のように口をとがらせてあからさまに不満顔だ。自分が必死で学んでいることが世間に気味悪がられているのだから仕方がないだろう。私だって世間に反発していた時期があったのだからよくわかる。


 当時のとっつきにくい態度だった自分を思い出して思わず苦笑する。当時の私と比べたらこの娘の方がよっぽど聞き分けがいい。そんな私に付き合ってくれていた彼の言葉を私は彼女にも伝えることにした。


「嫌悪感を抱くのは本能的な当然の反応。でもいつか理性でもって私たちはその嫌悪感を克服できる。その暁には、魔術の叡智の実が誰にでも口にできる楽園のような未来が来るわ」


「ほえ~どえらい考え方ですね」


「受け売りよ。私の友人から」


「エフィロイン様のご友人ですか。きっと聡明で思慮深く教養に溢れたかたなのでしょうね」


「その人自身は平凡な軍人よ、今回の防衛戦にも駆り出されているわ」


「ほえ」


「ちなみにその人とくっちゃべりながらできたのが階層世界論」


「ほええ」


「あなた私のこと馬鹿にしてるわけじゃないのよね?」


「ほえっ!?」


 助手を部屋の前で帰らせ執務室に入ると独裁官(ディクタトール)執政官(コンスル)はこの世の終わりのような顔をしていた。

 そしてもう一人、女性が泣きはらした顔で私を睨んでいた。


「海辺の砦が落ちた。この意味が分かるな?」


独裁官といっても民衆によって6ヵ月の任期限りで執政官の中から非常時に任命されるもので、民衆の支持がなければその権力は容易く崩れる。

 つまりは戦に負ければこの初老の戦士の立場はない。


「意味は分かるけどそれで私に何の用?」


「あなたが穴倉にこもっている間に誰が死んだと思ってるの!?」


 そうか、誰かと思えばこの女性は彼の婚約者か。この重鎮たちの間にいても問題がなく、先ほどの話題に関連のある人物。そういえば彼が今回の防衛戦の陣頭指揮官なんだったっけか。


つまりは彼が死んだのだろう。私に彼以外の従軍者の知り合いはいない。


 そうか死んでしまったのか。私に魔学で人の役に立って認めさせろと、道を示してくれていた彼が。


 彼女は彼の婚約者だ。指揮官夫人、それなりの格がある家出身のはず。戦死の報告を聞く権利がある。ここにいることを認められてもいいだろう。


「それで?私にまたつまらない兵器開発を命令するために呼びつけたわけ?」


「貴女ねぇっ!」


 女は無視して独裁官(ディクタトール)執政官(コンスル)に問いかける。感情的になっている人間の相手は嫌いだ。

 独裁官(ディクタトール)は手で女を黙らせ、私の問いに答えた。


「いや、砦が落ちたということは兵器の開発ももう間に合うまい。ここまで敵が来るのも時間の問題だ。だから我々は一部の希望を逃して、この都市から撤退しようと思っている」


 呆れた。日頃戦士に勇猛に戦えと訴えている最高司令官たちが最後は自分の命惜しさに亡命しようとしているのだ。


 私はどうしようか。正直愛国心のようなものはあまりない。ここではたまに要望に応えてつまらない仕事をすれば、好きに魔学の研究ができる環境があっただけだ。探究の先にある真理に比べたらこの国がどうなろうが大した興味は持てない。


 とはいえ敵国に寝返るには、少々私は兵器開発で功を立てすぎた。この国が終わるというなら私の探究もここで終わるのだろう。願わくば私の研究結果だけでも誰かが受け取ってくれるといいのだけれど。


 正直、生きていくことを第一目標にすれば、なんとかなるだろう。敵軍の魔学階層(レベル)次第では、私個人で敵軍を殲滅できると思える程度には自信がある。この人たちはあまり理解していないだろうが、魔学とは使い方次第ではそういうこともできる。一般人がグーしか使えない勝負に、パーを持ち込むようなものだ。


 でもそれをする気はなぜか全く起きなかった。というより何だろう、急速に全てがどうしようもなくなってしまった。ちょうど先ほど、研究の山を越えたからか、平穏な研究生活はもう望めなくなったからか。


「あなた方の意向は分かったわ。それではお気を付けて」


「待ちなさい。ベータが今回の出陣前にワシに宣誓をさせているのだよ。もし此度の戦に敗れ、この都市国家が滅びる場合は2人だけでもどうか逃がしてほしいと」


 一人はこの婚約者だろう。そしてここに呼ばれたということはもう一人は、


「エフィロイン、お主じゃよ」


 あいつは何をやっているのだろう。ただでさえ婚約者がいるくせに私の研究室に通っていたことで醜聞がたっていたというのに。こんなことをされては噂もよけい否定が難しくなる。なのになぜ私は。


 彼が私と彼女の命の保証をわざわざ独裁官(ディクタトール)に宣誓させていた。おそらくそれを為すために彼は相当な代償も支払ったはずだ。彼女は自分が守られた事実とその守護の対象が自分だけではなかった事実を受け止めきれず、零れてきたのは不満の言葉だった。


「なんで彼は、こんな人に!」


 それは本当にそう思う。こんなつまらない学者を捕まえて、なぜ彼はあんなに必死だったのだろう。


 それから彼女は泣きながら、いかにベータを大事に思っていたかを語った。

 それから彼女は怒りながら、ベータの婚約者としての至らない点を詰った。

 それから彼女は睨みながら、どれほど私が恥知らずで非常識かを非難した。


 彼女の上品で、自分勝手で、そして間違ってはいない暴言を私は黙って聞いてあげた。こういった手合いには落ち着くまで返事をしても無駄だ。私としては彼女の精一杯の暴言で傷つく心もない。


「そろそろ落ち着け。お前も助けられた命だろう。いつまでもそんなことを言ってはベータも気分がよくはあるまい」


 彼女の気持ちも慮って、それまで黙って聞いていた執政官(コンスル)が割って入った。しかし今は全ての刺激が彼女にとっては起爆剤だった。


「助かってないじゃない!ベータは犬死にして、国は滅びて、彼が必死に守ろうとした平和も彼が語っていた豊かな生活も、なにもないわ!!それなのに馬鹿みたい!」


その一言は今まで全く彼女の言葉を気にしていなかった私の琴線に触れた。


 彼女の言い分も分かる。それに彼女も婚約者の訃報を聞いて動転しているのだ。多少醜い言い様をしてしまうのも仕方がないだろう。

 だがしかし、私だって今しがた友人の死を聞いたばかりなのだ。多少感情的になっても仕方がないだろう。私は懐に入れていたものを取り出し彼女の足元に投げつけた。


「それ以上彼を貶める口を閉じなさい。言いたいことがあるならその手袋を拾って私に勝ってから死体に吐きすてればいいわ」


 彼女は自らの足元に叩きつけられた白手袋に驚いていた。

 これは由緒正しき貴族式の決闘の申し込みだ。


「代理人でも剣奴でも呼んでいいわ。あなたが勝ったら財産でも命でも好きにすればいい。その代わり私が勝ったら二度とあなたに彼の名前は呼ばせない」


「お、おい。この非常時になにをやっているんだ」


 執政官(コンスル)が慌てて仲裁に入ろうとしている。しかし彼女が手袋を拾う方が速かった。


「やはりあなた、彼のことを」


「下らない勘繰りはやめて。大切な友人の不始末をつけるだけよ」


 ため息をついて天を仰ぐ男二人をしり目に、私と彼女は決闘の宣誓を立てた。


「天空と絶対の最高神ゼフィアに誓って、決闘の結果に従います」


「申し訳ないけど私は信じる神はいないの。そうね、だから私が探究してきた真理に誓って、決闘の結果に従うわ」




 私は研究室に戻ると大急ぎで未整理の論文執筆を開始した。

 決闘にせよ敵軍の襲撃にせよ最悪死ぬかもしれないのだ。今私が考えている思考すべてを残しておかねば。後続の誰かが私の研究を継いで、私が至れなかった真理にも至れるかもしれない。そうなれば私は死んでも私の研究は残る。別にそのことに誇りは感じないけれど、真理に至る道の舗装役ができたなら、私が歩んだ研究の日々も真理に至るために間違いなく必要だったと意味を持てる。


 執筆は朝まで続いた。

 松明が尽きれば魔術で火を灯しながら書いた。パピルスが尽きれば羊皮紙に、羊皮紙が尽きれば白い服を裂いて布地に書いた。正直推敲する暇がなかったのでかなり難しくなってしまったが、私の思考は全て書きなぐった。


 日時計を見ると、そろそろ決闘に向かわねばならない。

 

 時計の隣には無造作に指輪がおかれていた。

 彼がくれた指輪だった。もちろん婚約指輪等ではない。あまりに飾り気がない私に当てつけのように行商から買ってきた安物だ。一度も指に嵌めたことはない。


 なんとはなしにそれを指に嵌めてみた。人差し指や中指にはサイズが小さく、小指だとゆるゆるであった。

 彼はとっくに死んでいるのに彼と対話しているようだ。


 その時、私は気付いてしまった。

 物質的な死が、魔学的な死と異なることは周知の事実だが、最終的にはわずかな時間でそれらは同義になる。しかし異なることは異なるのである。

 そしてこの事実をもとに、階層世界論のℵ0階層(レベル)神託(オラクル)機械(・マシン)原理を活用すれば・・・。


 気づけば私は部屋の物をすべてどけ、部屋の床に陣を描いていた。

 魔導陣は魔学現象の発生時に現世に顕現する深淵の理の投射余波である。その幾何模様には法則がある。逆にその幾何模様を現世に準備したうえで今の思考をトレースすれば。


 部屋の隅に陣を書いていた部分から火柱が上がった。これは水銀が不足して魔導回路がショートした時の反応と同じだ。つまりあちらに手を加えれば……。

 先ほど書いた部分が猛烈な勢いで劣化している。これはその手前の交換原則の停滞式が機能していないせいだろう。つまり繋がっている中心の陣を描きかえれば……。


 部屋の陣がどんどん複雑に、思考が加速度的に進んでいく。時たま発生する反応から、背景にある原理を推察し、仮説を立て、対処法を魔導陣に書き加えていく。何かを忘れている気がするが目の前の可能性を前には他のことは何も考えられない。

 何か異物が私の部屋に入り込み、陣を踏んだ。


「……決闘の場に現れないから、何をしているかと思えば貴女、こんなときまで」


「私の陣を踏むな!」


 私の剣幕に異物は一歩退いた。これで問題ない。


「あなた、彼のことが好きだったんじゃないの!だから私の言葉が許せなくて決闘を申し込んだんでしょ!!」


 全てがどうでもいいと思えた。一つの正解へ至れそうな高揚感とそれが意味する現象を予感して。


「それがなんで彼のための決闘を放り出して、なんでこんな穴倉で気色の悪いものを書いているの」


 訂正する。現象は、至れることに比べたら大したことではない。一つの学問の深奥に至れる、真理の一端に触れられることこそに最も胸の高鳴りを感じている。


「結局あなたは彼よりもそんな気味の悪い模様が大事な薄情な人なのね」


 これが私と彼が紡いできた理論をすべてひっくり返す所業だとはわかっている。でも私は考えることをやめられない。理論的には無理筋に無理筋を重ね、一部の矛盾をはらんだ形での計算。だからこそ成立する歪んだ現象。

 それでもこれは成立する。階層世界論を超えて、Z軸時間説における力場の従動性を利用して魔力の拡散ベクトルを逆巻き、魂魄の暗号化によって世界エントロピーを停滞循環から投射、K(カルトハック)-L(ライブラリー)情報量1ブック以内に圧縮された記憶を魂魄と共にその先へ。


 ああ分かった。私は至った。

 その瞬間、私は何の未練もなくそれを発動した。


 単に完成したそれを一刻も早く試したかったからではない。例え熟考の機会があったとしても、今すぐそれを行うことが最適解だったと思う。今の環境で可能な研究は全て形にできた。ここにいてもすぐに敵国に滅ぼされるか、やる気を出して敵国を亡ぼすかするだけで、落ち着いて研究などできないだろう。友人もいないことだし、この時代に未練はない。強いていえば慕ってくれていた助手のことが気になるが、彼女もあれで強かなところがあるし大丈夫だろう。


 光る陣の中心で、私は唱える。


「この結末のその先へ。彼方の生を、世界の全てを加速する。来たれ、版逆の徒。満ちる魂。揺れ移ろえ、夢頼不【リライフ】」


私はまだ魔学を追究できる。

そしてもしかしたら、また彼と出会えるのではないか。いや、それは理屈が合わない。これはそんな都合のよいものではない。


私の魔術、否。断じて魔術ではない何かを私は完璧に理解していた。それは私という存在を保存し、未来に送るもの。即ち前世の記憶を持ったままの生まれ変わりである。



――

―――

――――

―――――

「おいっ奇跡だ!魂が宿ってる!!さっきまで確かに魄動がない明らかな無魂症だったのに!!」


「ふふ、いったでしょ。この子は特別な子よ。絶対に元気な赤ちゃんよ」


「よがったぁ!よかったよぉ」


「もうあなたったら、泣きすぎよ」


 最初に目にしたのは涙で顔をくしゃくしゃにした男性とその姿を微笑みながら眺める女性。そして私は女性の腕に抱かれていた。

 なるほど、こうなるのね。実に面白いわ。

 私は生まれたばかりの赤ちゃんに転生したようだ。


「かわいい女の子だ。女の子だから名前は」


「エフィロインよ。私はエフィロイン」


 このときの両親の顔は、のちに私は二人のあほ面は度々みることになるのだけれども、とびきりだった。


 ――――あれから18年。

 私はここが前世から2000年も後の世界だということを知り、私の祖国が滅び、新たな国が建ち、滅びを何回か繰り返した末にできた国がここだということも知った。

 今は平和だ。間違っても明日敵国に攻められて命を脅かされる心配はなさそうだ。魔学(現代では魔術と呼ばれているようだ)を安心して探究できる時代である。


 ただ一つ問題があった。前世では国の中枢に特別扱いされていたため、研究費は割と好きに使えたし、魔導書も自由に読むことができた。しかし今生はただの町娘である私にそんなお金はないし、魔術の知識は前世よりも厳格に管理され、魔導書も超入門書のようなものしか流通していなかった。

 別に頭の中だけで完結する純粋理論魔術のような研究もあるので、そういった分野を扱ってもいいのだが、今の私は魔導陣に興味を惹かれている。この2000年で最も発展したのがこの魔導陣の分野だ。


 そこでまず私は今生でも好きに研究ができる立場を整えることにした。親との交渉で成人するまでは家にいることになったが、それはそれで今生で改めて魔術を覚えなおすこともできたし良しとする。親の言うことは聞くものだ。


 しかしもう私も18歳。前世と合わせたら……まあいいだろう。とにかく成人だ。


「という訳で、私は真理を探究するためにトゥアル学園へ入学します」


さっそく自分で言った期限から遅れてすみません。

来週は盆なので更新できないかもです。

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