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プロローグD:最年少S級魔術師は平和な学園で復讐劇を謳う

――――――――ディくん、あのね。私は…………。


遠い遠い記憶。既に彼女の声色は忘れた。

なのに最期のその瞬間のことだけは忘れることができない。


キラキラと光る術の残滓の中で感情をあふれさせた泣き笑いの顔を浮かべる彼女は、どこまでも幻想的で儚くて、俺は場違いにも綺麗だと思った。


 小さな世界の地獄のような日々の中で俺に優しくしてくれた彼女は、明るくて優しくて可憐で…………ただの女の子だったのに。


 俺の手には剣が握られ、その切っ先は目の前の彼女の胸を突き抜けていた。

 そう、俺がこの手で彼女を殺した―――――。


―――――――――――――――


「……………………。」


 久しぶりにあの夢をみた。感傷はない。必要なものは既に研ぎ澄まされ、不要なものは既に切り捨てた。

 夢見に意味などない。今回の仕事が久しぶりに俺の目的に近づけるものだったから、記憶が思い出されただけだ。


 無遠慮に部屋のドアがノックされた。この宿屋の店主だろう。用件も予想がつく。


「おい、1階の食堂にあんたの客が待ってるぞ」


「わかった、すぐに行く」


 約束の時間よりかなり早いが、急いで身支度をすませて部屋を後にする。

1階から朝食の匂いが流れている。食べる前にきちんと精査するが、匂いから毒物の危険はなさそうだ。


 食堂になっている1階に降りると、中央のテーブルで女中にちょっかいをかけている屈強な男達3人と端のテーブルで眠そうに頬杖をついている中年の男性1人がいた。中年男性の方が約束の相手だろう。

 彼もこちらにすぐに気付き席を立って手をあげた。


「おう、遠路はるばるありがとよ。あんたが今回対応してくれる魔術師かい?若ぇとは聞いてたが、成人もしてねえんじゃねえのか」


「18だ、すでに成人はしている」


「はっ。ふてぶてしいってのも聞いてた通りだな」


 こちらも一応仕事で来ているのだが、俺を見た瞬間子供の使いへの対応のような反応を返してきた彼にこちらが礼を尽くす義理もない。

 お互いに簡単に名乗り、テーブルを挟んで椅子に座った。そうしている間も中央のテーブルではずっと若い男連中が女中にちょっかいをかけていた。声もでかく耳障りではある。


「本題に入る前に、ちょっといいか?」


 中央のテーブルの様子に眉をひそめながら彼は切り出した。


「あんたの実力は聞いてるが、さすがにどうも信じきれねえ。今回の依頼は真正面の荒事だ。ちょっとすげえ魔術が使えたって、実戦で使えるかってのも別の話だろ?俺にあんたの実力を見せて、安心させてくれねえか?」


 そういって彼は中央の迷惑な男たちを目線で示した。連中をのしてしまえということだろう。


 かなり失礼な話だが、今回の依頼は俺の至上命題にも関わる。完全に私情だがここで依頼人にへそを曲げられても困る。しかし今の俺は所属組織の制服に身を包んでいる。面倒を起こして組織の責任を問われても面倒だ。

 俺は自分の軍服のようなデザインの制服の胸元をつまみその意図を伝える。


「大丈夫だ。これでもこの町でそれなりの地位にいるんだ。あのごろつきどもがどんな難癖つけてこようが、あんたの組織に迷惑はかけねえよ。最悪なにかあっても俺が責任を取る」


「分かった。本来追加依頼として交渉してもらうところだが今回はサービスだ。先ほどの責任の所在についての言質だけ念書を作成しておいてくれ」


 そう言って俺は席を立った。もっとも、確かに迷惑な連中だがいきなり殴りかかる程の悪党ではない。注意して穏便にことが済むならそれがいい。


「おいおい、ねぇちゃん。どうせ夜にはやることやってんだろ?」


「私は色を売ったことはありません!お断りです。食事をとらないなら出て行って下さい」


「はいはい、じゃあねぇちゃんの処女を注文だ」


「あんたたち、いい加減にっ」


「いいじゃねえか、娼館もまだ空いてねえし、今やりてえ気分なんだよ」


 先ほどからずっと似たような問答が続いている。女中も腰に手を回されているので下がろうにも下がれないのだ。


 男たちの装備は3人ともかなりの軽装で防具はレザーアーマーのみ、剣はでかい包丁のようなファルシオン。防具屋と武器屋で安物を一通り揃えたという程度だ。マジックアイテムの類の反応もない。先ほどからフェイクで魔術の発動時に発生する魔導陣を見せびらかしているが、感知もできていないので魔術師でもない。


 装備に統一感があるので傭兵団の可能性も考えたが、おおかた怪しい商人の用心棒をやっている町の喧嘩自慢といったところか。後腐れもなくてちょうどいい。


 最悪乱闘になってもこの程度の3人なら問題ないだろう。そう判断して、女中の腰に回されていた男の腕をつかみ、横から口を挟んだ。


「そこまで明確に断られているのだからその注文は品切れだろう。それ以上は店にも店にいる他の客にも迷惑だ」


「あ?誰だてめぇ」


腕を掴まれた男含めその場の人間の目線すべてこちらを向いた。男たちの特徴を踏まえてアゴヒゲとチョビヒゲとヒゲナシと呼ぼう。俺が腕を掴んだヒゲナシは俺の制服をみると少したじろいだが、丸腰であることや体格の違い、俺の若さを見て取るとすぐに侮りの表情を浮かべた。


「なんだぁ全国魔術協会(ゼンマキョー)のガキが、失せろ」


 そう言って再び女中に手を伸ばそうとしたので、掴んだ腕を少し強めに握った。


「いってぇな、てめぇなにしやがる」


 魔術師の運動能力は筋力のみに依存しない。詳しい原理は理解していないが、魔力の運用によって運動能力は向上する。しかし魔術は高等知識であり習得には長年の理論学習が必要だ。学習との兼ね合いで体を動かすことが得意ではない魔術師も多く、むしろ魔術を極めた高名な魔術師程その傾向は強い。「魔術師=肉弾戦に弱い」という図式は総じて間違いではない。


 ただしすべての魔術師がそうであるわけではない。


「この距離ならどんな魔術よりもコイツのが速いだろうが!」


 ヒゲナシは予想以上に頭に血が上るのが早いタイプだったようで、反対の腕で殴り掛かってきた。流石に剣を抜かない程度の良識はあるらしい。


 腕は大振りで隙だらけ、体重も載っていない腕力任せの拳だ。くらっても問題ない。ここは念のため殴られておこう。責任問題にはならないよう依頼人が動くとのことだが、通せる筋は通しておいた方がいい。


 鈍い音が響いた。


「お客さんっ!大丈夫ですか⁉」


 解放されたときに逃げておけばいいものを女中が心配の声を上げる。こうしてみると二十歳程度に見える。いい年したごついおっさんが3人でからむのは質が悪い。


 殴られた頬を手の甲で拭う。


「問題ないです。それよりも先に手を出したのはこいつらだってことを覚えておいてください」


 俺を殴ったヒゲナシのあごの先を狙って拳を振るう。全く反応できていないヒゲナシのあごに綺麗に決まった。男は糸が切れたようにその場に倒れる。

 経験的に気を失わせるには顎が一番いい。百発百中ではないが今回は意識を失わせることに成功した。


「なっ、てめぇなにしやがる」


 驚くことにチョビヒゲは剣を抜いた。連れのアゴヒゲがなだめるが完全に頭に血が上っている。

ファルシオンは小回りが利くので店内でも振り回せる。面倒だ。


 倒れているヒゲナシを2人目の男に投げつけてみた。


「うおっ」


 意外と仲間意識はあるらしく、剣先をそらして仲間を受け止めた隙に距離を詰めてこめかみに蹴りを放つ。チョビヒゲも運よく気絶した。


「ははっ史上最年少天才S級魔術師は喧嘩も伊達じゃないってか。痺れるねえ」


 いらぬ喧伝をする依頼主に軽く苛立ちを覚えるも無視して最後の1人をにらむ。


「あんたも剣をぬいてかかってくるか?」


 アゴヒゲは両手を挙げて降参の意を示した。


「こいつら連れて失せろ」


 素直にアゴヒゲは男2人を引きずって店を出た。


「あの!ありがとうございました」


 遠ざかる男たちの背中に舌を出していた女性は、男たちの姿が見えなくなるとこちらに向き直り深々と礼をした。


「いえ、礼はあちらの依頼人に」


 そう言って指し示した店の隅のテーブルでは、依頼人が呆れた顔でこちらを見ていた。


「あんた女の子には敬語なんだな」


「礼儀は尽くされた範囲で返す主義だ。それよりも念書はできたか?」


「この短時間で書き上げてたら俺は文官として引っ張りだこだな」


 そういって依頼人は首をすくめた。後で書類は確実に用意させよう。


「にしても、魔法使いってのはガリ勉貧弱野郎だと思ってたぜ」


階層(レベル)ばかり気にしている頭でっかちな統一魔術連盟(トーマレン)の奴らと一緒にするな。全国魔術協会(ゼンマキョー)の威力分類は実用に根差した指標で魔術師の階級も実戦能力が重視されている。加えて言うと魔術師と魔法使いも別物だ」


「はっ。素人にとっちゃ全部一緒さ。とにかくあんたが魔術を使わなくても十分強いってことは分かったよ。これで魔術もS級ってんだから期待させてもらうぜ」


「ああ」


 あの程度のごろつきを退治しただけで実力を測った気でいる依頼人に、魔術師の何たるかを説いても無駄だろう。ましてや統一魔術連盟と全国魔術協会の成り立ちや思想の違いをだ。信頼を得たのならなんでもいい。


 そうしてようやく今回の依頼内容の確認の話ができた。

 依頼というのは、この町でここ半年ぐらい相次いでいる不審な失踪事件についてのもの。それだけなら衛兵の仕事だが、調査を進めるうちによく分からない謎の痕跡を見つけた。失踪者が出始めた頃に海辺に大きな円を基調とする幾何学模様が現れたらしい。初めその幾何学用で区切られた空間の中は真っ暗で何も見えなかったが次第に光ったり水と砂がたまったり、草が生えたりと不気味な変遷を辿っているらしい。その魔術的意味の解釈と犯人の捜索、場合によっては捕縛が全魔協まで受けた依頼だ。


「とまあ依頼内容とことの経緯はそんなところだ」


「創世記だな」


「は?」


「メサイア教における聖典の一つだ。この世の成り立ちが説かれている。神は1日目に光を、2日目に天を、3日目に大地を、4日目に海を、5日目に天体を、6日目に植物を、7日目に動物を、8日目に御身に似せた人を作り、9日目に作られた世界をじっくりと眺められた。そして10日目に満足気にお休みになられた。」


「それが何の関係があるんだ?メサイア教っていったら魔術禁止のやつだろ、山脈の向こうで流行ってるとは聞くが、ここいらじゃ専ら恵みと慈愛のヨルガイア様の信仰だからな。メサイア教ってのは何の神様なんだい」


「全能の唯一神だ。こっちのように多神教ではない」


「ゼフィア様しかいないってことかい? 馬鹿なことを考えるもんだね。じゃあポシェーギル様の呼ぶ無慈悲な嵐もヨルガイア様の慈愛に満ちた豊穣もどこからきたんだい」


 ゼフィアは天空を司る最高神、ポシェーギルは大海の男神、ヨルガイアは大地の女神だ。そもそも神の捉え方が異なるこの地方でメサイア教の世界観を語っても仕方がない。


「話を戻すぞ。メサイア教の宗派には異端の過激派が存在する。聖典に記載のある生命の樹【セフィロト】と関連付けしたタロットを用いた魔術体系を持つそいつらは黄金の明星団と名乗っている」


「ん?知らん単語が多くて分からんがメサイア教は魔術禁止だろ?なんで魔術体系をもっているんだ?」


「だから異端なんだ。とにかく黄金の明星団は独自の解釈から自分たちの魔術体系を進化させ、宇宙万物を解析することこそが神に与えられた至上命題だと狂信している」


「ええっと、それで何の話だ?」


「今回の被害者の名前、性別、年齢、その他諸々の魔術的に意味ある記号を黄金の明星団の魔術体系に照らし合わせた解釈で読み解くと被害者の失踪した順に光、天、大地、海、天体、植物、動物となる」


「おい、それって」


「だから言っただろう、創世記だと」


 依頼人に黄金の明星団の魔術体系とそれをもとに何をどう解釈して先ほどの結論になったかを説明してやる。この町でそれなりの立場にいるだけあってエリートなのだろう、こちらの説明をすらすらと理解してしまった。ただし、考えの前提知識についてはこちらが教えた内容を呑み込むしかないので半信半疑といったところだが。


「それじゃあ失踪者は」


「おそらく魔術的な記号として既に使用されている」


「使用って、おい」


「悪い、十中八九死亡している」


「…………そうか。メサイア教ってのはとんでもねえな」


「黄金の明星団は神聖シャレム共和国でもテロ組織扱いされている。メサイア教にとっても奴らはとんでもない相手だ」


 神聖シャレム共和国は依頼人が言うところの山脈の向こうにある国だ。


「あんた、神官でもないのに詳しいのな」


「共和国の人間ならこの程度のことは子供でも分かる」


「でもあんたゼンマキョーの人間だろ?魔術師ってのは神学にも精通しているもんなのかい」


「俺は共和国出身だからな」


「は?! 神聖シャレム共和国はメサイア教が国教で、メサイア教は魔術が禁止なんだろ」


「ああ、だから俺は逃げてきたんだ」


思わず自嘲気味に笑ってしまうと依頼人は口をつぐんだ。


「話を戻すぞ。犯人が誰でなぜこんなことをしているかは分からなくても、話のタネが分かれば犯人が次に何をするかは読める」


「つまり?」


「今夜、犯人はその陣の元に現れるぞ」



 日も沈みかけ、魔導灯の白い光が点灯した。

 俺は海辺近くの掘っ立て小屋を借りて、おそらく今夜ことが起こるであろう現場に張り込んでいた。小屋の窓から何も変わらぬ海の様子を見続け、あたりは魔導灯以外と星の光のみの暗闇となった。くるとすればそろそろだ。


ジリッと不穏な魔力の流れを感じた。


「―――っ!」


 窓から身を投げ出した瞬間、今まで身を潜めていた小屋が爆発した。もともとボロボロだったが小屋は完全に木端微塵だ。間一髪で外に逃げられてよかった。


「仕留め損ねてんじゃねえか」


「あ?こいつ宿屋にいたガキじゃねえか。昼間のお礼もできるってもんだ」


 気づけば武装した男たちに囲まれていた。こいつらは宿屋にいた3人組か?先ほどの爆発はスクロールを手に持っているヒゲナシが放ったのだろう。おそらく第3層魔術ラプチャラだ。スクロールは魔術師があらかじめ魔術を封じておき、破けば誰でも魔術を放てるマジックアイテムだ。この程度の魔術でわざわざスクロールを使ったということはやはりこいつらに魔術師はいない。


「昼は油断したが、囲んで1対3なら魔術師様もどうしようもないだろ?あぁん?」


 意識を整え、魔術発動に移る。ここに魔術師はいないようなので高階層(レベル)の魔術は使わなくていいだろう。


「ファイラ」


第1層魔術ファイラ。魔術師が最も初めに習う、指先に火を灯す魔術だ。本来の威力分類ではF級。しかし俺は系統分類でいうところの火炎系の魔術への適性が高く、すべての火炎系魔術を任意の威力で操作できる。そして発動した魔術の制御についてもかなりの自由度がある。


本来種火か、小さな灯にしかならないファイラによる炎が2メトル以上燃え上がる。やがて炎は4足の獣を象る。明らかに通常のファイラとは様相が違うが、この威力と操作性の自由度が俺の火炎系への適性である。


そしてファイラ程度の魔術なら俺は同時に10まで発動できる。

俺の周囲に炎で形作られたライオン10頭が燃え上がる。


「お前、一匹焱獅子の群(Burned Pride)か⁉」


誰だそいつは。

 別に形はなんでもよいのだが、造形としてイメージが容易い獣の火炎を多用している間に巷で変な名前を付けられたらしい。


「行け」


 炎の獣を1匹は手元に残し、残り9匹を1人に3匹ずつ嗾ける。確かに3対1だったな。


 数手もかからず3人を制圧する。

 こいつらがまともな情報を持っているとは思えないが尋問しないわけにはいかない。


 炎の獅子に押さえつけられている3人の元へ寄ろうとした瞬間、蛇がまとわりつくような気色の悪い魔力を感じて、反射的に焱獅子を差し向ける。


「小アルカナ、聖杯(ハート)の1(エース) 神の雫」


 俺からすればそれは第48層、B級魔術のフリークアクワなのだが、とにかく結果としておこったことは水の壁が現れ、俺の差し向けた獅子が水の壁に当たり、一瞬で立ち消えた。


統一魔術連盟(トーマレン)階層(レベル)を絶対視する理由の一つがこれだ。魔術同士がぶつかったとき、威力分類に関わらず階層(レベル)の高い魔術が打ち勝つ。


「いきなり物騒なひとですね。私が魔術師でなければ死んでいますよ」


 そいつの胸元には薔薇を模した幾何学模様と逆さ十字、黄金の明星団のシンボルである。

見つけた!


「ファイラ」


 口ではそういいつつ、発動したのは第50層魔術テラファイラ。ただし威力を押さえて先ほどの焱獅子と同じ大きさで向かわせる。


「小アルカナ、聖杯(ハート)の1(エース) 神の雫」


 それは階層分類で48層、こっちは50層。


「なっ」


 先ほど簡単に消し去った焱獅子が水の壁を容易く食い破り襲い掛かる。捕縛がベストだが殺しても構わない。死体がうたう情報でも十分だ。


「刃言【バベル】」


 しかし焱獅子はまさに魔法のように消えさった。


 それは、魔術ではない。魔術とは技術だ。深淵の理を借り、人の身でそれを組み立て、この世界へ顕現させるルールとテクニックに則った純然たる叡智の塊なのだ。

魔法は違う。すべての理を無視して、捻じ曲げて、自分の法を絶対とする外道。だからこそ魔法なのだ。


 即ち、魔法は全ての魔術に優越する。

 たとえどれだけ矮小な魔法であっても、魔法の前にすべての魔術は負ける。目の前の現象の通りである。


 相手が魔法使いと分かった今、どれだけ高階層(レベル)の魔術を使えても無意味だ。即座に次の手を打とうと背中に手を伸ばそうとした。


「地に伏せろ」


 しかしそれは叶わなかった。相手が謎の発音をすると圧倒的圧力が身を襲い、地べたに這いつくばり指一本動かせなくなったからだ。


 その魔法を行使した張本人はうなだれていた。


「ああああああああああ!使ってしまいました、やってしまいました。神よお許しください。ああああああああっ!儀式進行中になぜ私は魔法をっ!!」


 神父服に身を包み、膝立ちで祈りを絶叫する姿は狂信者のそれだ。

そうだ、こいつらは狂っている。魔法などという外道を歩んでいる人間がまともなわけがない。


「神の御業をなぞりその神秘へ至らんとする試みは、あさましき私の生への執着によって失敗してしまいました。ああ神よ、なぜ私にこのような試練をお与えになるのか!私だって平素に御身のために死ねるかと問われれば、口で答える前に死んで応えられるのです!それがどうして!」


「嘆く前に罪悪感はないのか」


 あまりに聞くに堪えられず、わずかに動く口を動かした。時間を稼ぐ必要もある。


「そうですね、今回の実験のために貴重な魔鉱石と宝石を大量に使い潰してしまいました。主からの授かりものを使った実験を失敗してしまったことを懺悔します」


「殺した相手には何もないのか」


「人間は十数人しか使っていませんよ?さして貴重な材料でもないし、魔鉱石や宝石に比べれば惜しくないですね」


 こいつらは本当に。

 いや分かっていたことだ。それよりも既に拘束は解除できた。相手は俺が魔法から抜けられるとは思っていないようで隙だらけだ。俺は跳ね起きて、飛び掛かった。


「なぜ動ける⁉とまれ!おい、とまれ!くそっ」


 もう口は挟まない。ただ黙って殴る。慌てた相手の懐からタロットカードが宙を舞った。次の瞬間物理法則を無視して相手の体が飛ぶ。


「跳べ!」


 こいつ、俺に効かないとみて自分に魔法をかけたか。距離をとった狂信者は散らばっているタロットカードから1枚引き、言った。


「おや、逆位置の悪魔ですか。あなたとはまた縁があるかもしれませんね。それでは」


 そうしてあっさりと逃げられた。実は最初の拘束を受けた時点で俺は右足を痛めている。こんな状況では追いつけない。


「……くそ」


 燃えるような憎悪は邪魔だ。悪態一つにとどめろ。それよりもやるべきことをする。散らばった遺留品から情報をさぐる。すっかり伸びている男どもよりも本人の荷物の方がよっぽど雄弁だ。


 そうしてそれを見つけだ。

 やっと、やっとだ。

 やっと奴らへの手がかりらしい手がかりを見つけた。


 それはトゥアル学園の校章だった。それにどれだけの意味があるのかは分からない。だが今まで何の成果もなかった旅路を意地だけで歩いてきた自分にとっては、それは初めての目的へ至るヒントであった。確実に俺の至上命題はそこに繋がっている。俺はトゥアル学園へ潜入することを決意する。


 うめき声が聞こえて振り返ると男の一人が意識を取り戻していた。おもむろに近づき襟元を掴んで無理やり目を合わせる。


「お前の生きる意味はなんだ?」


 男は意味が分かっていないのか、もごもごと要領を得ない返事をした。


「そうか、今この瞬間からお前が生きる意味は俺の伝書鳩になることだ」


 そういって火の玉を男の口に放り込む。


「俺の命令に背けば今呑み込んだ炎が腹を食い破りお前を焼き殺す。俺の指示に従っているうちは眠らせといてやるし、命令を完遂させたあかつきには解除してやる」


 もっともあまり期待はしていない。こんな使い捨てのチンピラから教団の身元が割れることなどない。ただこれから俺は学園に潜入して市井に出づらくなるので適当に使える駒が欲しかったのだ。


「お前の依頼主を探し出して伝えろ。地獄の底からディダーク・プロタゴニストがお前を殺しに戻ったと」

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