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プロローグC:家族で最弱の私が魔術学園でやっていけるのかな?※彼女の家族は全員伝説級の英雄です

「メインシー、お主の負けじゃ」


 また勝てなかった。

 私は無様に大の字で仰向けに寝転び、おじいちゃんはあくびをしながら木刀を構えていた。


「突きに対しての切り返しまでは良かったが、上段に気を取られて足元がお留守じゃったな」


 全くもってその通りなのでぐうの音も出ない。


「ほれ、そろそろ家に戻って飯にしよう。ばあさんも待っとる」


「もう一回だけ!お願いします!!」


「負け続けても折れぬその意気やよし。一本だけじゃぞ」


 結局その後おばあちゃんが呼びに来るまで3本立ち会ったが、結果は同じだった。


「それで今日はどうだったの」


「もちろんわしの全勝よ」


「ううぅ、でも最後はちょっと惜しかった。おじいちゃんの剣が増えなければ届いていた」


「あんた、無限剣使ったの⁉」


 食卓を囲みながらおじいちゃんとの稽古の様子を話す。我が家のいつものやりとりだ。


「いやぁ、メインシーの剣閃が思いのほか鋭くてな。ありゃ公国の懐刀は超えとったな」


「私にもあの技教えて!どうやったら一本の剣で同時に斬撃を放てるの」


「いいぞいいぞ。お前さんなら王国に煉獄の剣魔ありと謳われたわしの剣技の全てを身に着けられるかもしれん」


「あはは、また言ってる。そんなすごい人だったらなんでこんな山奥で隠居してるの」


 おじいちゃんはよく昔の自慢話をするがあまりにスケールが違いすぎてもはや法螺話なのがばればれである。


「ちょっとあんた、メインシーをこれ以上強くするつもり?」


「なんじゃお前だってこのまえA級魔術を教えとったじゃないか」


「あれは威力こそ高いから威力分類でA級指定されているけど、せいぜい80層レベルだから大したことないわ」


「80層魔術は熟練レベルだろうが。深淵の魔女と呼ばれたお前の基準で考えるな」


「そんな厳つい二つ名なんて知らないわ」


「おじいちゃん、おふざけにおばあちゃんを巻き込んだら駄目だよ」


「ねー」


「んぐぐ。なんにせよメインシー、お主には素晴らしい才覚がある。もっと誇ってよいぞ」


「はいはい」


 すでに現役を引退して久しいであろうおじいちゃんにも勝てないのに、私がそんな強いわけがないと思うのだけど。おじいちゃんはいつも大げさに言う悪癖があるからなあ。


――――――――――


 翌日、今日はおばあちゃんに魔術を教わる日だ。

 見渡す限りの荒野の先に小さく見える岩山。あれでも高さ10メトルはあるはずだ。人里離れた私たちの家から更に奥まったところにあるこの場所まで来たのは周囲を気にせず魔術の練習をするためだ。


「それじゃあ、やってみな。どれだけ時間をかけてもいいから。まずいと思ったらすぐに引き返してくるんだよ」


 念を押すおばあちゃんにうなずいて私は魔術を発動させる準備に取り掛かる。

 意識を集中させ、世界と交信する。目を閉じ視覚を遮断する、耳を塞ぎ聴覚を遮断する、息を止め嗅覚を遮断する。実戦じゃ使えない方法だけど、肉体的な感覚を遮断することで、より世界の深淵へ潜ることができる。今、私の精神は肉体から解放され、世界の中に溶けている。より深く、深く潜りこれ以上は自我が保てないと感じたその階層で私は現実の私と繋がる。魔術は発動させようとしてはいけない。そこに作為があれば、深淵の理は逆流しない。

 私はただの媒介、深淵の理を現世に呼び込む扉でしかない。私の意識と肉体だけがこの深淵と現実世界を繋ぐ。じわり、と深淵の理不尽な秩序が私の体を起点に現実を侵食するのを感じた。

 ここだ。

無造作に溢れようとする深淵の混沌から私が望むものだけを取り出す。ここで初めてフィルターとしての作為が必要になる。ただし深淵との繋がりは断ってはいけない。意識は世界に溶かしたまま、作為する。詠唱とはそのためにある。そのために魔術師は無意識で唱えられるまで体に詠唱を覚えさせる。言葉には意味があり、意図があり、意識があるが、言葉を発する行為は無意識なのだ。


「始原の光よ!開闢の陽よ!世界が散るも、私は茲許へ。幾星霜の夜を超え、蒼穹に刹那の刻印を。顕現せよ、君臨せよ、羅針盤が示す先へ。無貌に形を、力に名を。疾くと在れギャラクティカ」


 私の眼前に1メトルを超える幾何学模様が現れ、圧倒的なエネルギーを持った白いエネルギーの塊————私が使用した魔術【ギャラクティカ】が飛んでいった。


 ビームのように突き進むエネルギーの塊は遠くに見える岩山にぶつかると派手に爆ぜ、心臓にドンと響く衝撃がここまで伝わってきた。岩山は跡形もなく小さなクレーターができていた。


「やった!できた!しかもすごい威力!おばあちゃんのよりよくできたんじゃない⁉」


 ここ数日失敗していた魔術なだけに少しばかり調子にのって言ってしまった私の台詞に、おばあちゃんは師としてカチンときたのか、なにも言わずに杖を掲げた。


「ギャラクティカ」


 おばあちゃんの目の前に10メトルを超える模様が現れ、さっきの私のものより圧倒的なエネルギーの塊が私の魔術より速く飛んでいき、私が作ったクレーターをさらに大きくした。


 詠唱を省略してこの威力、明らかに魔術師としての格が違う。

 同じ魔術でも使い手の技量でここまで変わるのか。


「あんたもより深淵に潜ればいつかは私を超えるさ。ただ調子に乗るにはまだまだだね」


「むう」


 せっかくの成功の喜びに一瞬で水を差されてしまったので、おばあちゃんの魔術を超えるべくもう一度世界の中に私を溶かした。


「ちょっ、メインシー。そんな勢いで潜ったら……」


 おばあちゃんが何か言っているのも聞こえないほど深みへ。

 どんどんと現実の感覚が薄くなり、まどろみのような感覚で、帰りのことも考えずに深く、より深く――――――――――――――――――――――――――。


どぷん、と現実の意識が途切れた。


 真っ暗な空間に私はいた。


――――――ほう、ここまで来てもまだ『私』などと自他の境界を保てるのか。


 頭の中に直接響くような、言葉かどうかも分からない何か。それでも意味が分かるという不思議な感覚だ。誰だろう、と意識が及んだ瞬間そこにいたものを認識できた。

 真っ暗な舞台で浮かび上がったのは老いたドラゴンだった。

 真っ黒な鱗に覆われこの暗闇の中では全容は見えない。それでもどこまでも大きく見えた。視界は全てが黒で、闇に溶けだしているような、もしくは暗闇を煮詰めて凝固させたようなどこまでも曖昧で確かな存在だった。


 意識を向ければ向けるほど、その存在を確かに認識できるようになっていき、大きさゆえに視界に収まってはいないが漠然とした輪郭は分かるようになってきた。


 例えば大海の深さに恐怖を覚えるように、悠久の時の長さに圧倒されるように、人は、否、この世のあらゆる者はドラゴンを畏怖する、とおばあちゃんからは聞いていたが私はなぜか怖くはなかった。翼をたたみ、猫のように前足を枕に顔を寝かせているそのドラゴンは寧ろどこか可愛らしささえ覚えた。


――――――ふむ、可愛らしいとは初めて抱かれた感想だな。ここまで生きてきてまだ未知の経験ができるとは思っていなかったぞ。汝、特異点か、あるいはこの世の理の外からきた存在か。


 私はメインシー。ドラゴンさんは?


――――――私は■■■■■■■だ。


 それまでクリアに伝わってきた情報が大事なところでぼやけた。


――――――まだ汝にはその権限がないようだ。


 私には名乗るほどの価値はないということだろうか。先ほどのおばあちゃんとの格の違いを思い出して改めて凹んでしまう。


――――――汝はヒト族だろう? 小さきものにしてはあり得ない権限をもっているように見えるが。


 慰めてくれなくてもいいよ。優しいんだね。


――――――優しい、優しいときたか。


 世界が揺れた。そう勘違いするほどにドラゴンさんは笑った。そもそもこの世界にはドラゴンさんしかいない。ドラゴンさんがカカと嗤えば、ともすれば世界が崩れそうになるのも道理に思えた。


――――――では優しさのついでに奴らへの悪戯も兼ねて、汝に力を授けよう。


 瞬間、私の右目に黒々としたドラゴンさんの尻尾が突き刺さった。現実世界なら致命傷のはずの光景だが、この世界ではなぜか私は一種の安息まで感じたまま自分の右目に刺さった尾を見ていた。あれ?おかしいな。目に刺さっているのだから見えるはずがないのに。

 痛みはない。ただ何か自分ではない何かが自分の中に侵入した感覚がある。その後何かが確かに私に刻まれた。


――――――いまだ自我を保つか。此度の特異点は格別だな。下手すれば存在が融解していたというのに。


危ないことしないでよ!

 ドラゴンさんの台詞にぎょっとして抗議した。尻尾は引き抜かれ右目には若干の異物感だけ残った。


――――――なに無事だったのだから問題あるまい。それよりもいつまでもここにいる方がまずいのではないか。


そうだ!私現実世界に戻らなきゃ。


――――――そこまでまだ意識が残っているなら戻るのも容易いはずだ。現実の自分の体の感覚に集中することだ。


 試してみると目の前のドラゴンさんの存在が薄くなった。

 それだけでなく真っ黒な視界が少しずつ光を取り戻していく。


――――――さらばだ、小さき特異点よ。汝が二度とここまで来ないことを祈っているぞ。


 薄れていく誰かの声を受信しながら意識が覚醒していくのを感じた。

 ザバン、と私は現実に戻ってきた。


 目の前には少し怒ったような、そしてそれ以上に心配して私の顔を覗くおばあちゃんがいた。

 私はおばあちゃんの膝枕に寝転んでいた。


「自分の名を言ってみな」


「メインシー」


「なにをしていたところだい?」


「私がせっかくいい気分だったのにおばあちゃんが台無しにしたところ」


 私が唇を尖らせてそう言うと、おばあちゃんはバツが悪そうに眼をそらしながら言った。


「加えてあんたが無茶したところさ」


 おばあちゃんはすぐに私に向き直った。


「なんであんな無茶したんだい」


 先ほどの後先考えない深淵への交信のことだろう。

 深淵に飛び込むことは魔術には必要なことだ。しかしその危険性についてはおばあちゃんからは耳にタコができてそのタコの耳にもイカができるくらいには聞かされていた。実際今回、無茶な探索をした私は…………あれ?どうしたんだっけ。何かに会った、何かが在った気がしたのだがよく思い出せない。


「メインシー」


 逸れていた思考が呼び戻された。私の名前を呼ぶおばあちゃんの顔には師としての厳しさだけでなく、家族としての心配が見て取れた。私は拾い子だ。おじいちゃんともおばあちゃんとも血の繋がりはない。山奥で隠居していたおじいちゃんおばあちゃんの家の前にある日、空から降ってきたかのように突然私がいたらしい。おそらく捨て子だったのだろう。それでも私は寂しさを感じたことはないし、今まで何不自由なく育ててもらってきた。面と向かっていうことはないけれどとても感謝している。


 そんなおばあちゃんにこんな顔をさせているのが申し訳なくて、言いたくない情けない言葉が漏れてしまう。


「だって、私、おじいちゃんの剣にもおばあちゃんの魔術にも勝てない」


 私ももう成人する。正確な年齢は分からないけどそんなにずれてはいないだろう。私ももう18歳なのだ。18歳といえばおじいちゃんはすでに剣士で身を立てていたらしいし、おばあちゃんも魔術師として一人前だったと聞いている。おそらく今よりも強かったに違いない。なのに同じ年になるというのに自分は全盛期など過ぎているであろう二人にも勝てない。18歳同士では比べるまでもないだろう。

 小さいころ剣を振ればおじいちゃんからは「才能がある、いつかわしを超える」と褒められた。それが嬉しくて本当にいつかおじいちゃんを超える剣を振って、もっとおじいちゃんを喜ばせたかった。

杖を振ればおばあちゃんからは「あんたはすごい、でも調子に乗ってはいけない」と窘められながらも誇らしげに頭を撫でられた。「あんたなら私がいけなかった深淵にも至れるかもしれない」と言われ、意味が分からないままそれを目指そうと思った。

しかし剣を振るほど、杖を振るほどおじいちゃんとおばあちゃんの遠さが分かるばかりでその間にある距離を埋められる気がしなかった。せっかく愛情をもって育ててくれたのに私はそれに見合う成果を返せていない。


 駄目だ。情けなくて涙が出そうになる。


 私の言葉に最初呆れたような顔をして、次に悩むような仕草をしていたおばあちゃんは、私の顔をみるとはっとして、私を起こして抱きしめた。


「馬鹿だねあんたは。あんたは十分強いよ。それに強くなくたってそれが何だっていうのさ」


 おばあちゃんの年の割にしっかりした体から伝わってくるぬくもりが毛布のように心地よい。


「あんたは一度世界を知るべきだね。学校に行きなさい」


 おばあちゃんがそう言ってからは早かった。おじいちゃんはおばあちゃんの尻に敷かれているため、おばあちゃんが我が家の最高意思決定機関なのだ。


 渋るおじいちゃんをなだめ、何やら手続きをするために街へいったかと思えば、トゥアル学園の入学試験申込を決めてきてしまった。

 私は急展開に戸惑いつつも、どこか新生活への憧れもあって流されるまま試験を受けに、生まれて初めて山奥の家を出るのであった。門出ではまだ受かるかも分からないのに、私が遠くへ行ってしまうことを確信しているようにおじいちゃん、おばあちゃんはしんみりしていた。別れを惜しむようにマジックアイテムやら教訓やらをどっさりともらった。そして今まで特に意識していなかったけど、これからは名乗ることもあるだろうとおじいちゃんとおばあちゃんの姓まで貰った。


メインシー・キャラクタル、おじいちゃんおばあちゃんにも勝てないへっぽこ魔術師ですが、精一杯頑張ります!

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