閑話:ある日のリル達
この話、投稿するの忘れてた……タイミング的には、ユキ達が協商連合に旅行に行っている頃です。
まあ、閑話だしセーフということで……。
ある日のこと。
ダンジョンの守りを任されたリルと配下のペット達は今、魔境の森の縄張りから出て、自分達に対し敵対的な魔物が棲息するエリアへと出て来ていた。
と言っても、その目的は縄張りの拡張ではない。
リルの娘、セツに、狩りの仕方を教えるためである。
ヒト種よりも圧倒的に成長の早いセツは、生まれた時から小型犬程のサイズがあったが、今では一般的な狼と同程度の大きさにまで成長している。
性格はまだまだ甘えん坊で、いっぱい身体を動かして遊ぶのが大好きな年頃だが、そろそろ狩りを教え始めても良いだろう身体の大きさになっているのだ。
野生では、早い段階から狩りを教え始める。まあ、ユキや皆に可愛がられているセツは、厳密には野生とは言えないような生活を送っているのだが。
なお、ポイントは、これがリルの判断ではなく、リル妻の判断である、という点だ。
今も、リルとセツ以外に配下四匹を連れているが、彼らが向かったエリアは魔境の森より外れているので、棲息している生物全匹をリル一匹で相手取れるような強さの魔物しかおらず、明らかに過剰戦力である。
リル妻は、「あのねぇ……」と呆れた顔で夫に対し苦笑しており、それから目を逸らすように住処を出て来たのが現状だ。
ユキの親バカが移ったのか。それとも親となると皆そうなってしまうのか。
これだけの戦力となると、大抵の魔物は気配を感じた瞬間に速攻で逃げていくのだが、そこは彼らも野生に生きる身。
ユキなどよりは余程気配を隠すのが上手いので、たとえ巨体のオロチでも、本気になればそうは見つからない。近付かれると流石に無理だが。
「クゥ」
「く、くぅ!」
教えた通りにやれば大丈夫だ。落ち着いてやりなさい、と話すリルに、セツは少し緊張しながらも、気合の入った様子で頷く。
狩りの獲物として、彼らが現在目を付けた魔物。
――『ホーンラビット』。
角の生えたウサギである。
ユキ達ならば気配を全開にするだけで気絶させることが可能な弱い魔物であり、イルーナ達でも魔法で倒せる強さしか持たないが、角があるため攻撃能力が存在する。
すばしっこく、油断していると反撃を受けるという意味で、初めての狩りの練習相手としては最適な相手である。
向こうはまだ、こちらには気付いていない。
リルは勿論、セツも気配を消して草木に隠れる練習はしているため、今のところは見つからないでいることに成功している。
ただ、問題はこの後だ。
セツは、緊張しながらも静かに、ジリジリと牙を突き立てられる位置まで距離を詰めていき――何かを感じ取ったかのように、ピク、とホーンラビットが食べていた草から顔を上げる。
気付かれたと判断したセツは、低く倒した体勢から、ビュンと矢のような速度で走り出した。
幼いと言えど、フェンリル。
普通の狼と同程度の肉体には成長しているため、最高速度もそこらの狼と同等、いや、それ以上のものがあるのだ。
敵が迫っていることを察した角ウサギは、逃げるのが間に合わないと悟ると、その自慢の一本角をセツへと向ける。
尖った先が自分に向けられ、一瞬セツは怖がって怯むが――もう、止まることは出来ない。
ええいままよと、そのまま突っ込んだ。
「くぅ――ガウッ!!」
フェンリルの血か。
セツが考えるよりも先に、本能が反応したようで、身体が勝手に動く。
直前で、一つステップを入れてフェイントを掛け、角ウサギが反応出来ない内に、横合いから噛み付いた。
その牙は、簡単に毛皮を貫き、首の肉を穿つ。
急所を貫かれた角ウサギは、ビクッと身体を跳ねさせ、少ししてぐったりと動かなくなり、目から光が失われた。
「くぅ……!」
狩りが成功したセツは、口に獲物を咥え、血を滴らせたまま、大喜びでリルの元まで戻る。
「クゥ、クゥウ」
リルもまた、初めての狩りを成功させた娘を労うように、血に塗れたその身体を舐める。
一緒に付いて来て、周囲をそれとなく警戒していたオロチ、ヤタ、ビャク、セイミの四匹も集まり、セツを褒めまくる。
嬉しくて、みんなに獲物を見せびらかしながらブンブンと尻尾を振りまくっていたセツは、「けどこの獲物、どうしよう?」とリルに問い掛ける。
「くぅ、くぅ?」
「クゥ」
初めてお前が奪った命だ。だからお前が、感謝して食べなさい。
そう言われ、セツは喜んでガツガツと角ウサギの肉を食べ始め……一言、呟く。
「……くぅ」
あんまり美味しくない、と。
その正直な感想に、リルは小さく笑う。
セツがいつも食べているのは、魔境の森に住む、魔力が豊富な獲物の肉である。それか、ユキが持ってきた味付けのされた美味い肉。
故に、魔力も弱く、血抜きもしていない素のままの肉は、もう全然美味しくなかったのだ。
「クゥ、クゥ」
気持ちは正直わかるので、リルはわがままだと怒らず、「味付け用の調味料はある。それで焼いて食べたら、きっと美味しく食べられる」と言って、娘のために焚き火を起こす。
ユキ達と暮らしてきた影響で、リルは相当に器用になっている。
火起こしなど簡単に出来るし、焼き肉などもユキの手を借りずに出来るし、故に簡単な調理なども行えるようになっているのだ。
セツが置いた角ウサギの肉に、リルはユキから与えられているダンジョン機能の権限を駆使して調味料を生み出すと、器用に口と前足を使って皮を剥ぎ、味付けを行い、魔法で火を点けて焼き始める。
ユキが許可しているため、ダンジョンにおいてユキの次に強い権限を有しているのが、リルだ。
レフィ達大人組も簡易権限は有しているが、ダンジョンのことは彼女らよりもリルの方が深く理解しており、言わば第二の魔王として、ユキがおらずともダンジョンを回せるだけの力があるのだ。
と言っても、リルは自身の主たるユキに無断でダンジョンを弄ったりなどは絶対にしないので、こういう時に何かしらのアイテムをDPカタログで生み出すくらいが使い道である。
「クゥ」
「くぅ……くぅ!」
焼けたぞ、というリルの言葉に、セツは恐る恐ると角ウサギの焼き肉に口を付け……ガツガツと食べ始める。
もはや完全な野生で自分達は暮らせないだろうな、なんてリルが苦笑している内に、あっという間にセツは食べ終わった。
「くぅ!」
「クゥ」
初めて獲物を狩り、そして美味しく食べることが出来て相当嬉しかったのか、「もっと狩りしたい!」と言うセツに、リルは頷く。
娘が有頂天になっていて、このまま次の狩りを行わせると少し危険があることに彼は気付いていたが、しかし注意はしなかった。
今ならば、痛い目を見ても自分達がフォローすることが出来る。怪我をするかもしれないが、死ぬことはない。
経験しなければ、わからないこともある。いや、むしろそうして痛い思いをした方が、百の知識より勝るというものである。
逆に、次も上手くいったならば、今日は成功体験だけを教えることにする。それはそれで、自信が付いて次に繋がるだろう。
ここ最近は、ダンジョンの管理以外では娘の教育方針のことばっかり考えていたので、抜かりはない。
そうして、配下四匹は再び周辺警戒に戻り、リルとセツの二人は次の獲物を探しに歩き出し――空から警戒していたヤタが「カァーッ!」と鳴き、リル達に警戒を促した。
少しして、リルもまたヤタが発見した敵の気配を感じ取る。
距離はまだ遠い。
向こうは全く気付いておらず、今ならば回避が可能だが……ちょうど良い。
「くぅ?」
「クゥ」
ヤタが鳴いたことにはセツも気付いていたので、「ヤタ、何だって?」と聞かれるも、「父さんの獲物が来た。良い機会だから、手本を見せよう」とだけ言い、娘を連れてその方向へと向かう。
接敵にはそう時間は掛からず、彼らは十分程進んだ先で、その姿を視認する。
ズシン、ズシン、と地響きを起こしながら、草木を掻き分け、現れる。
――サイクロプス。
一つ目の巨人。
ボロボロの腰ミノだけを身に着け、巨木を削りだしたかのような丸太の棍棒を片手に装備している。
ヒト型だが、凶暴で、他者と共存出来るだけの知能が存在しないため、完全に魔物として扱われている種族だ。
ただ、それでも野生に生きる者。
本来ならば、リル達に近付こうなどとは思わないはずだが、今はセツの狩りのために、彼らは完全に気配を消し去っていた。
だから、わからないのだ。実力差が。
「く、くぅ……」
「クゥ」
相手の巨大さと気配の強さに怯む娘に、ただ一言「見ていろ」とリルは言い、前に出る。
「ボアアアアアッ!!」
威嚇するような吠え声。
巨体から放たれる大音量に、ビリビリと空気が震え、セツは思わず耳を伏せ、尻尾を足の間に隠して後退りしてしまうが、反対にリルは涼しい顔である。
うるさいなぁ、とため息を吐く程度で、怯えない獲物に苛立ったのか、サイクロプスはドタドタと木々をなぎ倒して走りながら雄叫びを上げ、棍棒を振り上る。
両者の距離は縮まり、次の瞬間、射程に捉えた巨人が棍棒を振り下ろ――さなかった。
いつの間にかサイクロプスの懐に入り込んでいたリルが、その巨体を爪で三枚卸しにしたからである。
鎧袖一触。
恐らく、サイクロプスは何をされたのかすら理解出来なかっただろう。
気付かぬ間に息絶え、振り下ろすことさえ出来なかった棍棒が、千切れた腕ごとグルングルンと回って地面に落ち、一つ遅れて死を認識したサイクロプスの肉体がズゥン、と崩れ落ちた。
その圧倒的な結果に、目が追い付かなかったセツは一瞬唖然と固まり、だが敵が一撃で沈み、父が無傷で立っているという事実で、何が起こったのかを理解する。
「くぅ! くぅ!」
大興奮の様子でぴょんぴょん跳ねながら、「お父さんすごい!」と言うセツに、リルは頬を緩ませながら、鳴く。
「クゥ、クゥウ」
フェンリルの武器は、牙と爪。そして、速さだ。
相手よりも速ければ、こちらの攻撃を先に当てることが出来るし、相手の攻撃を避けることも出来る。
一手も二手も、先んじることが出来る。
速いことは、それだけで強いのだ。
だから、いっぱい遊んで、いっぱい身体を動かして、いっぱい食べて、肉体を発達させなさい。
少しずつ狩りは教えていくが、お前はまず、大きく成長することからだ。
「くぅ……?」
少し不安げに、「それで、お父さんみたいになれるかな……?」と見上げてくる娘を、リルは励ますようにペロペロと舐めてやりながら、言葉を返す。
「クゥ」
大丈夫だ。お前は、父さんと母さんの娘だ。必ず、強くなれる。
そして、お前の姉弟をしっかり守ってやりなさい。
お前のことは、父さん達が、必ず守ってやるから。
セツは、父を見る。
大きく、優しく、強い父。
彼女はしばらく押し黙って父を見た後、「……くぅ!」と元気良く鳴いて、頷く。
――セツの中に、確かな目標が生まれたのは、今日この日であった。




