第2話 靴屋のおやじ。
「こんな店継いでやるもんか!つぶれっちまえ!」
そう言いながうちのバカ息子が走って出ていく。どうも根気が続かない。
出がけにお客さんとぶつかってしまったらしい。
靴屋の店主のジャンは、慌ててドアを開けて、客に謝る。
「大丈夫でしたか?すいませんね」
「…いえ」
今しがた開けたドアから入ってきたお嬢さんを見るとはなしに見る。
黒のワンピースは地味だが仕立てがいい。それに歩き方がすごく上品だ。貴族だな。そうジャンは思う。
「今日は…どうされましたか?」
「ああ、頼まれてきたのですが」
そう言ってそのお嬢さんが革靴を、持ってきた袋から取り出す。
黒の、ごくありきたりのパンプスだ。
「ああ、アンジェリーヌ様の靴ですね。踵が減ったんでしょう?お直ししますが、一週間ほどお預かりしてもよろしいですか?」
「……あの…名乗りませんでしたが、お分かりなんですね?」
「え?」
不思議そうに首をかしげるお嬢さまから靴を預かって、笑いながら説明する。
「ああ。この靴ですね?うちで作ったものですし、アンジェリーヌ様が足が疲れなくていいと気に入ってくださって、直しながら長く履いてくださっているんですよ。嬉しいですねぇ」
「……」
アンジェリーヌ様はきちんと手入れしてくれているから、皮も傷んでいない。仕事で使うので何足か同じ形のものと、踵の高さの違うものをうちで作っている。
ジャンはすりすりと皮を撫でながらそう言った。
「あの…こちらで私の靴も作ってもらってくるように、と言われまして」
そのお嬢様がそう言うので、足を採寸する許可を頂いて、店の椅子に座ってもらう。
今履いている靴も、十分すぎるほどいい靴だ。いわゆる高級靴店のオーダーメイドだ。光沢のある黒のパンプス。
お嬢様の素足をなるべく触らないように採寸する。
裸足の足を見せることを嫌がる貴族令嬢は多い。まあ、アンジェリーヌ様は気にしていなかったが…このお嬢さんも、いい靴を作るのにそれが必要なことを説明すると、採寸版に足を乗せてくれた。
「これはまた…随分とお母様に愛されてお育ちなんですね?」
綺麗な足だ。タコも、爪のゆがみもない。靴擦れも無論ない。俺が思った通り、いいところの貴族のお嬢さんだろう。なかなかお目に掛かれないほど綺麗な、足に合わない靴など履いたことのない足。
「……」
「成長とともに、知らず知らずのうちにサイズが合わなくなって靴擦れしたり、押されてタコのようになったり、赤くなったり…人によっては無理に小さい靴を履いて指が変形してしまう人もいるんですよ?お母様がよほど気を付けてくださったんですね?」
「……」
ジャンが足を採寸しながらそう言って、ふと、お嬢さんの顔を見ると…微笑んでいらした。なんというか…微笑んでいるのに感情がわからないような…。
「皮は何色がいいでしょうかね?今、若い女性の間では、この薄いピンクなどが…」
と、色見本を見せようとすると、
「いえ、黒で結構です。出来れば、艶消しの黒は…ございますか?」
形も無難な3センチヒール。艶消しの黒。
注文書にサインをお願いする。
”デボラ”
あれ?家名は書かないのかな?そう思ったがアンジェリーヌ様の紹介なら間違いがないだろうとジャンは思い直した。




