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第14話 アロイス。

「あれ?」


アロイスは今しがたすれ違った二人連れを振り返る。


「いやだ、アロー。また違う女の子見てんの?今日は私とデートなんだからさあ」

ぐいっと連れの女に顔を挟まれて、思わず笑う。

「そんなことないよ。アンナが一番きれいだよ?」

そう言って顔をはさまれたままキスを落とす。

「もう!少し油断すると、いつもそうなんだからぁ。」


帝国劇場でオペラをこの女と見てから、遅めの夕食を摂る予定になっている。いいレストランを予約しておいたからって女が言っていた。その後は…ね?と言っていたから…どっかホテルでも取ってあるんだろう。


アロイスは東部の子爵家の息子だが、この手のお誘いが学生時代から後を絶たない。ありがたい話だ。

いいもの食わせてもらって、いいところに泊まって、欲しいものがあったら何でも買ってもらえる。今日着ているお出かけ用のスーツだって、この女が揃えてくれた。付き合いで行ったオペラはいまいちだったが。


アロイスは女と並んで歩きながら、さきほどすれ違った男のことを考えていた。

…学院時代に…一つ下で入学してきたくせに学年トップで、そのままブリアに留学したんだった。左足を引きずるように歩いていて、体育や剣術の授業は出ていなかった。あいつだな?なんていったっけ?


「…それでねぇ、このドレスを買う時に店員さんがぁ…」

女の話すどうでもいい話に相槌を打って笑いながら、アロイスはまだ考えていた。


金髪碧眼で…同じ年の女の子はもちろん、上級生にも人気だった。結構女の子に誘われていたけど、気にしていないようで、いつも図書館にいた。…確か…伯爵家の嫡男で…いつも一人で勉強していた。なんとなく、いけ好かない奴だった。足は悪いが、身分も十分、成績も見てくれもいい。なにより…俺の茶色の髪と違って、金髪は高位貴族の証みたいなもんだ。俺と遊ぶ女の子たちも、結婚相手には少しでもいい身分の奴を選ぶ。


それにしても……あいつ、あんな顔で笑うんだな。


たしか…アルバン、そう、そんな名前だった。

意外だったのは、連れていた女が地味過ぎだったことだ。綺麗な女だったが。


化粧はきちんとしていたが、たいしたアクセサリーもつけず、真っ黒のワンピース姿。こげ茶の髪は綺麗に結い上げられていて上品だったが…まあ、あいつらしい、そつのないご令嬢?いや…未亡人かも知れないな。年上っぽい。


…未亡人、か…。まだ付き合ったことないな。

そんなことを考えながら、アロイスはアンナに引っ張られて、街角を曲がる。



*****


父上が一度領地に帰って来いと言うので、アロイスは仕方なく夏に東部の自宅に帰った。

「お前がいつまでもふらふらしているとな、妹の、リシュエンヌの縁談にも差し支えるんだから、しっかりしてくれよ?」

いつものように父上にお説教を聞かされて、うんざりする。

「意中のお嬢さんはいるのか?お前ももう20歳になるんだから、結婚したらどうだ?いないのか?こちらで見つけていいのか?」

「……」


俺は…父上のお気に入りのお嬢さんを嫁にして、こんな片田舎で年老いていくのか…。

アロイスは窓の外に広がる刈り入れの始まった麦畑を眺めながら、ため息をつく。


「しっかりとしたお嬢さんを見つけて、領地の経営も携わってもらって…」

父上が話すことを上の空で聞き流す。俺はまだ、遊んで暮らしていたいな。なんなら…父上の言う通り、領地を嫁に任せて、俺は王都に暮らしてもいいか?


今まで付き合ってきた女たちとは違った、身持ちのいい女をさがして…あとは楽して暮らす。子供なんて一人ぐらい作っておけば納得するだろう。


アロイスは…自分のその考えが、とてもいいもののような気がした。


「そこまでおっしゃるなら、父上の御希望通りにいたしますよ?」

アロイスはいつものように、明るい笑顔で答えた。



***


「リシュエンヌ?」


アロイスは妹の部屋を開けてから、開けたドアをノックした。

「まあ、お兄様!帰っていらしたのね!」

「ああ。仕事が忙しくてね」


まあ、半分は嘘ではない。父上の命令で侯爵家に修行に出されている。こんな小さな子爵家の息子に、侯爵家で何か学ぶものがあるのか?とは思ったが、王都に残れるので仕事は続けている。リシュエンヌはしばらく見ないうちに随分と長くなった茶色の髪をカールさせて、可愛らしくなった。今…13歳か?


妹は新しい家庭教師と勉強をしていたところだったらしい。

すっと立ち上がった家庭教師が、腹の上で手を組んで、綺麗なお辞儀をしている。


「あ、お兄様、家庭教師のデボラ先生よ?何でもご存じなの。お勉強もお作法も教えてくださっているの。今度はダンスも習うのよ?」

リシュエンヌは新しい家庭教師が気に入っているようで、嬉しそうにそう言った。

「ああ…お世話になります。よろしく」


そう言って家庭教師を改めて見ると…黒のワンピースにこげ茶の髪…化粧はしていないのでそばかすが目立つ。この女…アルバンと居た女か?家庭教師だったんだ。



**


久しぶりに帰った俺のために、その夜はささやかな晩餐会になった。

妹の隣の席に座った家庭教師が、銀器の使い方を指導している。


当の本人の…デボラ先生の銀器の使い方は…今まで見てきた中で、一番きれいだった。


いつものように執事が奏でるバイオリンで、両親が踊る。

俺は…ほんの少しいたずら心で、デボラ先生を誘ってみた。


「それではリシュエンヌお嬢様、よく見ておいてくださいね。」

そう言って先生が俺の差し出した手に、そっと手を載せる。


踊りだして驚いたのは、上手だということと、不愛想な女だと思って見ていたが、踊っている間はうっすらと笑っていること。まあ…基本だが。もっと驚いたのは…踊り終わったら、元の無表情に戻ったことかな。

踊っている間は…表情ごと、なんというか、決り事、みたいな?


「先生お上手です!もう一曲お願いいします!」

リシュエンヌがアンコールをくれたが、

「いえ。決まったお相手以外は2曲以上は踊りません。覚えておいてくださいね?」

と、その女が表情も変えずに妹にそう言って教えていた。



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