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第15話 家庭教師のデボラ。

「なあ、リシュエンヌ?」

「なあに?お兄様?」


休日で授業がない妹が、お茶を飲んでいるところに同席したアロイスは、小さな声で聞いた。先生は母が侍女代わりに連れて出ているらしい。


「お前の先生って…」

そこまで言ったら、妹が俺に向かって右手を広げた。

「ダメよ!お兄様。先生には恋人がいるんだから!いつもお手紙が来るんだから!」


怒ったような呆れたような顔で、妹が俺に説明してくれた。

どうも…先生宛の郵便物が転送されて届くらしい。しかも、ブリア国から。


「先生はお友達だっておっしゃっているけど、あれは、恋人に決まっているわ。お手紙が届くと、次の日には先生が郵便を出しに行くもの。お兄様、あの方は真面目でいい方だわ。お兄様がお遊びになるような方じゃないのよ?」


変なフール語だな、と思いながら、黙って聞いていた。

ブリアね。相手は…アルバンか。ま、そうだろうな。


「まあ、先生がお義姉様になるんだと、私は嬉しいけど…お兄様にはもったいないわ。」


ずい分と好かれているんだな。

「ふうん。聞いてみただけだ。」


アロイスは何事もなかったかのように、お茶を飲んだ。



***


秋口に王都に珍しく出てきた父上が、いくつか釣り書きを持ってきた。

王都にある我が家のタウンハウスは、ほんの少し大きな家、位。通いの使用人が来てくれる。今より羽振りがよかった頃、ひいじいさんが建てたらしい。


「どうだ?」

可もなく、不可もなく?いや…不可??

面白そうなご令嬢はいない。うちの領地の近くの男爵家や子爵家あたりのお嬢さんだ。まあ…そうだろうな。

俺が釣り書きを見ている間、父上はちびちびとワインを飲んでいる。


「いやーしかし、リシュエンヌの家庭教師のデボラさんはすごいよね?今、あの子に領地運営の帳簿まで教えている。リシュエンヌはどこに嫁に行ってもいいくらいの仕上がりになりそうだ。」

そんなことを言って満足そうに笑っていた。


「ねえ、父上?」

「あ?良い子がいたか?」

「いえ…いっそ、デボラさんはどうでしょう?僕の嫁に。」

ぎょっとした顔で俺を見た父上。


「え?…いやいや、あの子は優秀だが、平民だぞ?お前より年上だし。」

「うーん。いい考えかと思ったんですけどね…。」

「うん、まあ…凄く優秀だけどな…一度…調べてみるか?」

「ぜひ。お願いします」


いや、俺としては…興味はあったが、惚れたわけではない。めんどくさそうな女だし、何を考えているのか今一つ分からないしな。ただ…あの、優秀なアルバン君が惚れている女、ってところがとても気になっただけだ。


俺はもっともらしく父上に頭を下げて、下げたまま、にんまりと笑った。



***


そんなことを父上に頼んだことさえ忘れていた頃、12月になって社交のためにうちの家族が領地から出てきた。デボラ先生は王都に家があるらしく、そちらに帰った。


「アロー、ちょっといいか?」

父上に呼ばれて、書斎に入る。

「何でしょう?父上」

黙って父上が差し出した分厚い書類。

「…デボラ先生は…ダメだな」

「?」

言っていることがよくわからなかったので、渡された書類をパラパラとめくる。


「お前はまだ小さかったから知らないだろうが…ちょっとしたスキャンダルだったんだ。今は誰も口にしないがな」


父の話は…なかなか驚くものだった。

歴史あるモーリス伯爵家が一時期、傾いた。家を立て直すために優秀だった長女は金持ちの20も上のロドリグ子爵家に売られるように嫁ぐ。次女は王城に働きに出た。それで…末の弟の体裁を何とか整えた。まあ…よくあることだ。


ロドリグ子爵はかなり女好きだったらしい。結婚は3度目だった。

完璧な優秀な長女は、嫁ぎ先で領地運営も手掛けていたらしい。やがて娘が生まれるが、娘だったということで激怒されることになる。クロディーヌという旦那に似たこげ茶の髪の女の子だった。余計に…旦那は家に寄り付かなくなる。他所にも女が何人かいた。


夫人は完璧に娘を躾け…いい婿でも取ろうと思ったんだろう。

が、妾に男児が産まれた。夫人はかなり絶望したらしい。そんな折、旦那が高級娼館で腹上死した。

その知らせが届くとすぐに夫人は…一人娘を道連れに、無理心中した。


「…げっ、胸糞悪い話ですね?」

「ああ。でも表向きは…ご家族そろって馬車の事故で死んだことになっている。跡を継いだその旦那の弟が世間体を気にしてそういうことにして、夫婦そろって一緒に葬式を出したんだ。死んだのは同じ日だったしな。まあ…話なんてのはどこからでも漏れるさ。」

「……」

まあ…ありそうな話だな。そう思いながらアロイスは聞いた。


「で?この話と、デボラ先生には何のつながりが?」


「ああ…その葬式の後、モーリス伯爵家から王城の侍女になった妹が、女の子を一人引き取った。こげ茶の髪の、モーリス家の緑の瞳を持った女の子だ。」


「え?」


「その女の子の背中はな…これ以上傷つけようがないほど…鞭の跡があったらしい。その子が母親に何かで殴られて切れた頭を診察していた医師が…吐きそうだったと言っていたらしい。」

「……」


ふううっと、父上がため息をつく。


「いい人なんだがな。貴族社会には戻らない方が幸せだと思う。結局、こんなふうに詮索されることになる。リシュエンヌがずっとデボラ先生がいいと言い出したから協会に申請したんだが駄目だった。あの先生が一年以上契約を伸ばさないのは…そういうこともあったのかもな。」


ぽんぽんっ、と俺の肩を叩いて、父上が酒でも飲むか?と聞いてきた。








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