第13話 紺色のドレス。
「昨日のお茶会ですが…」
「え?ええ。」
「あの方たちが、ロゼール様のお友達なのですか?」
翌日、授業の合間のお茶の時間に、先生が特に表情を変えずに私にそう質問して来た。昨日のお茶会で、先生は侍女と一緒に並んで立っていたので、他の人は侍女だと思うだろうなあ、と思って先生を見ていた。地味ですし。
「…そうです…。」
「そうですか」
「……」
先生は何事もなかったかのようにお茶を飲んでいらっしゃる。
先生に特にそれ以上聞かれなかったことが、逆に不安になって私は説明を始めてしまった。
「ほら…皆さん、私のことを心配して、いつもいいアドバイスを下さるんです。」
「……」
「それに…どこまで行っても社交界でのお付き合いもございますしね」
「……」
「皆さん、私がしっかりしないから、イライラなさって…」
「……」
「それに…エリーザ様は侯爵位のお嬢様ですしね…」
「……」
先生がお茶のカップをゆっくりとソーサーに戻す。
「わ…私がもっと、しっかりすれば…」
そう言いかけて、笑おうとして…涙がこぼれてしまった。
先生がそっと私の隣の椅子に座りなおして、手を握って…背中を撫でて下さった。
***
次のお茶会の時、先生の見立てで少し大人っぽい濃紺のデイドレスを着る。髪も結いあげてもらって、靴もリボンとかが付いていない地味目だが質の良いものを履いた。
鏡に映る私はシンプルだが、私的には気に入った。
それに…先生が…世の中に一人でも私の置かれている状況を理解してくださる人がいることが私は嬉しかった。今回も茶会を乗り切れそうな気がした。ほんの2時間だ。
「では、行ってまいりますね」
***
僕が学院のたまの休暇に家に帰るというと、友人のマリユスが面白がってついてきた。昔は良く遊びに来ていた。
「ロゼールちゃんも元気かな?」
そんなことを言いながらニマニマしている。こいつは姉がいるんだが、妹がいる僕を昔から羨ましがっていた。
屋敷に入ると…母親のいつものお茶会の日だと気が付いた。客に挨拶しろなんて言われると面倒なので、こそこそとマリユスを連れて部屋に向かおうと廊下を歩いていた。
「ロゼールお嬢さまのお兄様でいらっしゃいますか?」
廊下ですれ違いざまに、黒のワンピース姿の地味な女性に声を掛けられた。
「ああ。そうだが?」
「申し訳ございません。私、ロゼールお嬢さまの家庭教師を務めております、デボラと申します」
そう言って、スカートをつまんで綺麗なお辞儀をした。
「そうか。」
「本日、ロゼールお嬢さまはいつになく美しく装われました。一目ご覧になられませんか?」
そのまま通り過ぎようとした僕にその家庭教師がそんなことを言いだしたので、どうしようかと迷っていると、思ったよりマリユスが乗り気だった。僕らはそのデボラという家庭教師に案内されて、中庭のお茶会の覗ける生垣のこちら側に案内された。濃紺のドレスを着たほんの少し大人っぽく見えるロゼールがご令嬢方に囲まれている。一見、微笑ましい光景なのかと思ったら…。
「あなたねえ、そんな薄らぼんやりした髪色に濃紺のドレスなんて、地味すぎない?」
「そうよ。若い子なんだから、もっと明るい色を着なさいよ!何を言ってもダメなのねえ、あなたったら。」
「あらあ?この前、地味な色が似合うって言ったから?バカじゃないの?あははっ」
「……」
「しかも靴まで地味!あなたんところの侍女、クビにしたら?」
「そうねえ、髪型もいまいちだしねぇ…。侍女はクビよ、クビ!それとも、あなたの趣味だったりして?うふふふふっ。」
「……」
は?
頭に血が上った僕が生垣を越して出て行こうとしたら、それより早くマリユスが出て行った。あっけに取られて成り行きを見る。
「ああ!ロゼール!少し見ないうちになんて綺麗になったんだ!」
生垣から急に現れたマリユスにきゃあきゃあとご令嬢方が頬を染めて騒ぐ。
マリユスはエメ侯爵家。そこにいる、今の今僕の妹を侮辱していたエリーザとは同じ侯爵家でも格が違う。
背も高くて男の僕から言うのもなんだがいい男だ。しかもまだ決まった婚約者もいない。誰もが狙う優良株、って奴だ。
「おや、お嬢さま方、気が付かなくてすまなかった。あんまりロゼールが素敵だったから目に入らなかったのかな?ああ、ロゼールの髪は、金色に輝く小麦畑みたいだね。綺麗だ。」
髪をひとすくい取って、口づける。そう芝居がかったことを言って、にっこり笑ったマリユスが今度はロゼールの手を取ってその手に口づけている。…やり過ぎじゃないのか?
「ロゼール。僕に中庭を案内してくれる?」
「まあ、マリユス様」
ほっとしたような顔で、妹が笑っている。
ざまあ、だな。くくっ。僕は悔しがるご令嬢方を生垣のこちらから眺めた。




